記事

「給与の電子マネー払いはどうせ普及しない」金融のプロがそう考える3つの理由

1/2

給与を電子マネーなどで支払う「デジタル給与払い」の実用化に向けて、政府が法整備を進めつつある。実用化された際、どんな影響があるのか。東洋大学国際学部の野崎浩成教授は「地銀にマイナスの影響があると言われているが、そもそもデジタル給与払いが普及するとは考えづらい」という――。

銀行本社ビル
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/olaser

アメリカなどで活用されている「ペイロールカード」とは

給与の支払いは、労働基準法24条が定める「賃金支払いの五原則」により、①通貨(現金)で、②直接労働者に、③全額を、④毎月1回以上、⑤一定期日を定めて、支払うこととされています。給与を「①通貨(現金)」ではなく、「資金移動業者」が提供する電子マネーなどで支払う「デジタル給与払い」にするためには、法改正が必要です。

本件については、厚生労働省の労働政策審議会労働条件分科会で今年に入って既に3回にわたって議論されてきました。この分科会の資料によれば、雇用主が抱える資金移動業者のアカウント(例えば電子マネーの法人名義口座)から従業員のアカウントへ賃金相当額が移動するパターンや、アメリカなどで活用されている「ペイロールカード」の導入などが示されています。

ペイロールカードとは、会社が賃金を支払う目的で従業員に与えるプリペイドカードで、ビザカードやマスターカードなどの国際ブランドが付いていることで、汎用(はんよう)性が確保されたものです。資金移動業者のアカウントとペイロールカードを連動させれば、最初の例と同様の効果が得られるわけです。

給与デジタル払いで銀行が受ける影響

「デジタル給与払い」については、政府が導入に向けた法整備を進めつつあることから、さまざまなメディアが大きく報じられました。それは「給与受け取り口座」という銀行の強みが失われる恐れがあるからでしょう。特に影響を受けるといわれているのが地銀です。

まず、事実関係を整理しましょう。現在、国内銀行に預けられている個人預金は預金全体の60%を占めています(日本銀行統計)。一方で、国内貸し出しのうち住宅ローン等の個人向けは28%となっています(同統計)。預金の源泉となる給与については、今年2月末現在の雇用者数は5,983万人(自営業者等を含めた就業者数は6,646万人)が対象となります。多くは民間事業者から給与を受け取っていますが、今後公務員の給与もデジタル払いが実施されるとすれば、日本の人口の半分の給与の受け取り方を選択する余地が生ずる可能性があるということです。

メイン口座の顧客は銀行に大きな収益をもたらす

給与の受け取り口座は銀行にとって特別な意味を持ちます。銀行は伝統的に「個人メイン口座」の獲得に力を入れています。メイン口座とは、その名の通り日常的な銀行取引においてメインに利用する口座のことです。メイン口座になる最も大きな要因となるのが、給与が振り込まれる受け取り口座です。

メインに利用する銀行口座を変えるには煩雑な手続きが生じるため、一度受け皿として指定された口座は長期間にわたってメイン口座となります。すると結婚や住宅購入、退職金、相続などのライフタイム・イベントのたびに、メイン口座の銀行に相談することになります。このため、メイン口座の顧客がもたらす銀行収益は一般的に非メイン口座を有する顧客の数倍から数十倍と言われています。

地銀が主とする個人取引は、デジタル化の影響を大きく受ける

また、蛇足ではありますが、銀行が重視する推進項目には「年金受け取り口座」もあります。定期的にキャッシュフローが発生するため、銀行取引の接点が常態化するためです。

国がデジタル化を推進しているわけですから、将来的に年金の受け取りもデジタル払いとなるかもしれません。今後も「デジタル世代」が次の高齢世代を形成することを展望すれば、さまざまな資金移動のデジタル化が銀行と個人顧客との接点を消滅させていく可能性はあります。つまり給与の受け取りを顧客接点とする銀行のリテール金融モデルの転換を迫る潜在性をはらんでいると考えるべきでしょう。

スマートフォンで金融アプリを使用
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JGalione

とりわけ、地銀などの地域金融機関の影響は無視できません。個人や中小企業などの「ミドル・リテール顧客」は、フィンテックを始めとするデジタリゼーションの波を受けやすいからです。

一方、メガバンクは大企業や資本市場を相手にするホールセールバンキングが中心のため、デジタリゼーションはコスト削減につながり、むしろ追い風です。

「デジタル給与払いが地銀壊滅に直結する」という考え方は短絡的

また、地銀の収益構造は、小口預金を貸し出し等で運用することで得られる「資金利益」への依存が高いのが現状です。2020年3月期における本業の収入を表す「業務粗利益」に占める資金利益の割合の差は歴然で、地銀が88%に対し大手行は44%と半分になっています(図表1)。この業務粗利益から営業経費を差し引いた本業の利益が「実質業務純益」ですが、地銀の実質業務純益はマイナス金利などの影響もあり、この10年間で3分の1を失っています(図表2)。

「業務粗利益」に占める資金利益の割合
出所=全国銀行協会統計をもとに筆者

実質業務純益
出所=全国銀行協会統計をもとに筆者

ただし、デジタル給与払いがただちに普及し、地銀壊滅に直結すると短絡的に考えてはいけません。中長期的に地銀の拠って立つ顧客基盤に風穴を空ける潜在性を踏まえながらも、冷静に影響を考える必要があります。

あわせて読みたい

「給料」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    ついに訪れた「PayPay手数料有料化」の激震!コンビニのサバイバル戦略

    文春オンライン

    05月12日 08:27

  2. 2

    【読書感想】禍いの科学 正義が愚行に変わるとき

    fujipon

    05月12日 10:15

  3. 3

    私がオリンピックを開催するためには、緊急事態宣言を7月上旬まで延長すべきと思う理由

    宇佐美典也

    05月12日 12:00

  4. 4

    ソフトバンクG孫正義さん、AI革命に熱意「10兆円でも満足しない」

    Ledge.ai

    05月12日 21:37

  5. 5

    「人と違うことは個性だ」差別と戦い続けたプロサッカー選手・鈴木武蔵が見る日本

    清水駿貴

    05月11日 08:06

  6. 6

    「従軍慰安婦」というフェイク用語をばら撒いた朝日新聞の罪は重い

    PRESIDENT Online

    05月12日 11:30

  7. 7

    コロナおさまらない日本 風邪でも休まないビジネスマンとザルの水際対策

    中村ゆきつぐ

    05月12日 08:30

  8. 8

    かって1000万部の読売がNYタイムズに抜かれた!

    島田範正

    05月12日 16:30

  9. 9

    茨城県境町の殺人事件 デマ情報に基づく誹謗中傷が被疑者の同姓男性のもとへ

    岸慶太

    05月12日 14:46

  10. 10

    現時点での民間企業テレワーク状況公表に反対。まず官公庁・大臣、そして国会議員の実情を公表すべき

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    05月12日 08:13

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。