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『ノマドランド』クロエ・ジャオ監督、ジャーナリズム精神で社会に寄り添う映画づくり「人間って本当に面白い」

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2020年11月、カリフォルニア州南西部オーハイの自宅近くで米ローリングストーン誌の撮影に応じるクロエ・ジャオ監督。(Photo by Nolwen Cifuentes for Rolling Stone)

英国アカデミー賞授賞式で、アジア系女性監督としては初めて監督賞を受賞したクロエ・ジャオ。現在公開中の映画『ノマドランド』は作品賞も受賞した。幼少期を過ごした北京からロンドン、そしてアメリカの心の故郷の奥深くーー。クロエ・ジャオがハリウッドにたどり着くまでの道のりは長いものだった。

2020年11月7日、カリフォルニア州南西部のオーハイの町に垂れ込めていた雲の間から光が差し込んだ。クロエ・ジャオの顔がほころぶ。予定では、マーベルの新作映画『エターナルズ(原題)』のポストプロダクションのため、部屋にこもって鬱陶しい天気の土曜日をやり過ごすつもりだった。だが、ジョー・バイデンが5日間(それとも数世紀?)の悪夢の大統領選挙を制したというニュースが舞い込んだ直後に太陽の光が降り注ぐと、ジャオは予定を変更した。お気に入りのイタリア料理店からピザとティラミスを注文して祝祭だ。乳糖不耐症は、この際忘れよう。

「どういうわけか、太陽が顔を出したんです。それに、外は最高の天気。だから、今日は二度と口にしないと自分に誓った食べ物をめいっぱいオーダーして、お日様を満喫するつもりです」と、ジャオは楽しそうに言った。

お祝いムードは長く続かなかった。バイデン勝利が人々にもたらした高揚感は、トランプ支持者の否認主義と激しい暴動に取って代わり、新型コロナも猛威を振るい続けた。いまも続く深刻な感染状況にともない、『エターナルズ』の公開のみならず(現時点では11月6日に全米公開予定)、長編3作目であり、アカデミー賞最有力候補との呼び声が高い『ノマドランド』の公開も延期になった。もともとは2020年12月に公開予定だった同作は、ようやく2月に日の目を見る。2月19日に全米での劇場と定額制動画配信サービスのHuluで公開されるのだ(日本公開は3月26日)。

38歳のジャオにとっては長い道のりだった。2018年秋をスタートに、彼女は同時進行で取り組んでいた『エターナルズ』と『ノマドランド』に2年間のほとんどを捧げてきた。同年9月に『エターナルズ』の監督としてマーベル・スタジオに抜擢されてまもなく、ジャオは4カ月にわたるゲリラ的な『ノマドランド』の制作に身を投じた。同作は、車上生活を送りながら、生きるために季節ごとに場所を点々とする労働者階級の高齢者たちを描いた、観る人の心を揺さぶるアメリカの物語だ。息をのむほど美しいアメリカ西部の風景とグローバル経済から取り残された男女の繊細な描写が特徴的な同作、フランシス・マクドーマンドとデヴィッド・ストラザーン以外はすべて本物の車上生活者を配役し、現在のカルチャーを見つめた唯一無二の鋭い分析であると同時に、解毒剤のような作品だ。

「ビタミン剤のようなものね」とマクドーマンドは『ノマドランド』についてこのように述べた。「この状況下で人々の共感的な本質がにじみ出てきた。だって、誰もが社会をひどく必要としているから。私たちは、つながりに飢えているの。映画を観た人たちは、カタルシスのような作用があったと言ってくれた。『ノマドランド』は”自分”というちっぽけな世界から人々をひっぱり出し、世界では何が起きているのだろう? という問いを投げかけてくれたわ」

『ノマドランド』では、政府の取り組みとそこからこぼれ落ちてしまった人たちの痛々しい交差が主に描かれているものの、政治とは一切無関係だ。ジャオは登場人物たちを尊重しすぎるあまり、彼らをひとつの意見を象徴するアバター的な存在へと陥れるようなマネはしない。重要なのは彼らの物語であり、どの政党に投票するか? は問われていないのだ。彼らの生活は苦しく、政府の支援を必要としている。そんな彼らは、リベラル派なのだろうか? 彼らは高齢者で白人だ。だからトランプ支持者なのだろうか? 『ノマドランド』は、こうした問いには一切触れないし、観ている人もそんなことはまったく考えないだろう。

クロエ・ジャオ監督(Photo by (C) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.)

この中立さこそがジャオ作品の特徴だ。彼女の作品は、見過ごされてきた人々に徹底してフォーカスする一方、政治的な計略を押し付けるようなことはしない。(2015年の長編デビュー作『Songs My Brothers Taught Me(原題)』と複数の賞に輝いた2017年の『ザ・ライダー』の両作は、サウスダコタ州の先住民居留地・パインリッジ・リザベーションで暮らすラコタ族の人たちが主人公だった。)アーロン・ソーキン監督とはタイプが異なるのだ。実生活では左寄りであることを隠さないものの、映画監督としては、私たちに別の人間の世界をスクリーン越しに紹介することを唯一の目的としているようだ。ジャオが見せてくれる世界では、あらゆるディテールが極めて緻密に描かれているため、観る側は登場人物たちと同じ空気を吸い、同じリズムで呼吸しているような感覚を覚える。ジャオの映画は、人間の鼓動のように感じられるのだ。

「自分なりの政治的見解は持っています。とても強い見解を」とジャオは言う。「でも、自分の見解が正しいんだと他の人たちを説得させるのは、物語の語り手としては違うんじゃないかと思っています。ディナーの席は別として。ある世界とそこで暮らす人たちに惹かれると、その人たちをできるだけ忠実かつ誠実に表現できる体験を作り上げることに興味がわきます」

ジャオがこれまで手がけた限られた予算のインディペンデント映画においてそれは、映画の主人公にふさわしい、興味深い対象が見つかるまでコミュニティに溶け込むことを意味する。ジャオはバーに入り浸ったり、地元のイベントに顔を出したりするだけでなく、ガソリンスタンドなどでも人々と談笑しては、映画の題材となる真に迫る物語を探す。

『Songs My Brothers Taught Me』の制作中、ジャオの視線はブレイディ・ジャンドローという若いカウボーイに注がれた。彼女は、ジャンドローがロデオで落馬して重傷を負ったあとも定期的に彼の様子を見に行った。ジャンドローが主人公ブレイディ・ブラックバーンとして登場する『ザ・ライダー』は、ジャンドローの痛ましい再生と、二度と馬に乗ることはできないかもしれないという後遺症の現実と向き合う姿から生まれた作品である。主人公の家族を演じたのは、ジャンドローの本物の家族だ。それだけでなく、ジャンドローの友人も落馬によって半身不随となった主人公の友人レイン本人として登場する。同作の脚本は、彼らの人生を逐一再現したものではないが、彼らの個性を生かしながら、各々が体験した重要なディテールを取り上げている。

「基本的にはジャーナリストね」と、マクドーマンドはジャオについてこのように語る。「キャスティングでは、私がいままで出会った人たちのことを聞かせてほしいと言われたわ。彼女は質問し、あなたの物語に触れ、こうしたものからキャラクターを作り出す。そうすることで彼女のストーリーテリングに奥深さが生まれる。こうした物語を同じ深鍋に入れることで何か素晴らしいものが生まれるかもしれない、という化学反応を信じているの」

『ノマドランド』主演でありプロデューサーのフランシス・マクドーマンドとクロエ・ジャオ監督(Photo by (C) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.)

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