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激震が破壊した理想郷、あなたは知っていますか?熊本地震5年 学生語り部、最後の「語り」

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私には、語る資格はあるのか。

経験してもいない地震のこと。
住んだこともない「理想郷」のこと。

葛藤しながら、それでも語り部を続けた4年間で、見えたものとは。
学生生活最後の「語り」に、彼女はすべてを込める。

本人提供

3月19日、熊本県・南阿蘇村。
開通したばかりの「新阿蘇大橋」は、多くの観光客でにぎわっていた。

橋のたもとにある展望台目当てに、乗用車が次々と駐車場に流れ込んでいく。
だが、その軽自動車だけは付近をすり抜け、あっという間に橋の先へと走り去った。

撮影:塩畑大輔

目指していたのは、黒川地区の「新栄荘」。
菜の花畑の真ん中に建つアパートの軒先で、そわそわと管理人の女性が待っている。

軽自動車はその駐車場に入って停まった。助手席から、ひとりの女性が姿を現す。
鮮やかなブルーの晴れ着をまとっている。灰色の雲が低く垂れ込める山の景色が、一瞬でパッと明るくなったような気がした。

撮影:塩畑大輔

「ただいま」

少し気恥ずかしそうに、晴れ着の女性は言った。

「おかえり。とても素敵ね」

管理人の女性はそう言って、静かに涙を流した。

撮影:塩畑大輔


ここに住んだことがないのに


走り去る軽自動車に、管理人の女性、竹原伊都子さんはずっと手を振っていた。

「本当に、立派になって。最初は引っ込み思案で、人前で話せないほどだったのに」

しみじみと言う。

「あの子は黒川地区に住んだことがないんです。なのにここを『ふるさとだから、また来るね』と言ってくれました」

撮影:塩畑大輔

思い出して瞼の裏が熱くなったのか。
ぐっと目頭をおさえてから、語気を強めて言う。

「あの子はきっと、素晴らしい社会人になります。黒川のみんなが保証します」

大学生として最後の「語り」


晴れ着姿の女性の名は、辻琴音さん。
東海大農学部の4年生で、この日が大学の卒業式だった。

着付けをしたのも、卒業式の会場も、熊本市内。
だが、どうしても竹原さんに晴れ姿をみせたかった。往復2時間、滞在わずか10分。そのために、軽自動車を飛ばした。

「本当に大事な人なので。私たちの活動を、ずっと応援してくれていました」

撮影:塩畑大輔

辻さんは在学中、有志による団体「阿蘇の灯」で代表を務めていた。
2016年に起きた熊本地震の被害を伝える「語り部」活動をするグループだ。

すでにサークルは「代替わり」をしていて、久しく自分で語り部をすることはなかった。
だが今回、全国の読者向けに、特別に語ってくれることになった。

大学生として、最後の「語り」。
辻さんはしばらく目を閉じると、ゆっくりと話し始めた。

おしゃれ好きの男子学生は…


まず、学生村の「目印」に、辻さんは聞き手をいざなう。


黒川地区の入り口には、大きな看板が1つあります。
南阿蘇村の中心部からのびる道沿いに、まどかというカレー屋さんがあって、そこを左に曲がってちょっと進んだところ、右に曲がる角のところです。その看板には案内図が描かれていて、学生向けのアパートがたくさん載っている。それぞれに番号がついていて、60番近くまであります。

看板を中心にだいたい徒歩10分以内の付近が、かつて「学生村」と言われていた黒川地区です。どこからでも、高台のほうに、塔や校舎が見える。それが東海大農学部のキャンパス。約1000人が在学していて、そのうち800人くらいが学生村には住んでいました。みんな歩いて登校していました。

黒川地区の人口はだいたい1000人。そのうちの800人前後ですから、本当に住んでいる大半が学生だったんです。


2年前、地元出身の女優・芋生悠さんを案内した時のひとコマ(撮影:LINE NEWS編集部)

そして辻さんは、ひとりの男子学生のことを語りだす。


2016年の熊本地震には、前震と本震がありました。

その本震、4月16日未明の地震が、東海大と黒川地区を直撃しました。学生も犠牲になったので、語り部活動では亡くなられた現場も回りながら、当時のことを語らせていただいています。今回は写真を使って、現地の様子をお伝えしますね。

看板からカレー屋さんの方向に少し戻ると、ひとりの男子学生が亡くなったアパート跡があります。今は取り壊されて、機材や資材が置かれた広場になっていますが、亡くなった場所だけは空けられていて、いつもお花がたむけられています。

彼はそのアパートの1階に住んでいました。おしゃれ好きで知られていて、その部屋に入ると、玄関にお気に入りの靴がズラリと、キレイに並べられていたそうです。

本震が起きて、アパートは1階部分がつぶれてしまいました。彼は玄関の付近で亡くなっていたそうです。なんとか逃げ出そうとしたのでしょうか。


学生村"知らない"世代


とても詳細に、ディテールを語る。

報道などにおいては、犠牲者は「1人」というように、数字で表されてしまう。
だが、彼女の語りの中では姿かたちを伴う、現実的な存在として浮かび上がってくる。

地震以前の東海大農学部。雪が積もったキャンパスに笑顔がはじける(提供:阿蘇の灯)

「でも、私も実は、この方に会ったことがあるわけじゃないんです」

ポツリと言う。
語り部の活動を4年間続けてきた辻さんだが、大学入学は地震の1年後。つまり地震当時の学生村のことを知らない世代なのだ。

「地震の原因になった断層は、東海大の校舎の真下を通っていました。危険な場所だということで、私が入学した時にはすでに農学部は熊本市内に移転していたんです」

東海大農学部の敷地内で、地表に露出した断層。強い揺れを生み、奥に見える校舎を破壊した(撮影:塩畑大輔)


「そこにいた」と言えずに


生々しく、辻さんの語りは続く。


その男子学生が亡くなったアパートには地震当日、「阿蘇の灯」の先輩がいました。
代表も務められた林風笑(かざえ)さんです。

アパートの2階には、風笑さんの親友が住んでいました。
黒川地区は2日前の前震の際にも、強い揺れに襲われていた。だから「怖いから一緒にいよう」となって、風笑さんは親友のお部屋に泊まっていたそうです。

本震は午前1時過ぎのことでした。
2人とも眠っていたけど、ありえないほどの揺れに驚いて目覚めた。揺れがおさまって、外はどうなっているのかと確認したら、2階のはずが目の前に地面があった。とんでもないことが起きたと、その瞬間悟ったそうです。


共同通信社


風笑さんは当時2年生でした。なんとか外に出ると、すでに3、4年生が大家さんと一緒に、他の学生の安否確認や救助活動を始めていたそうです。1階部分からは「助けて」という声も聞こえたといいます。

風笑さんはのちに語り部団体の代表として、そこで亡くなった男子学生さんのご両親ともかかわることになります。でも、自分が助かっていることが後ろめたく思えて、あの晩自分が同じアパートにいたことはずっとご両親に言えなかったそうです。


止まらない涙。「語る資格はあるのか」


「私もご両親とは、交流を持っています」

辻さんはそう言うと、語りだしてから初めて言葉に詰まった。

「今、あらためて思うのですが、自分の大事な家族を亡くしたのに、私たちを応援してくれる姿を見ていると…なんというか、表現のしようがない気持ちになるんですよね」

風笑さんは、同じアパートにいたことを、ご両親には打ち明けられなかった。
それとは違う「後ろめたさ」が、辻さんにはあった。学生村の様子も知らない自分の活動は、ご両親に支援してもらう価値があるのだろうか。

大学を卒業する林風笑さんと、それを見送る辻さん(2019年=本人提供)

「地震も体験していなければ、学生村のことも知らない。なのに、語る資格はあるのか。語り部団体に入ってから、ずっと悩んできたことでした」

体験したからこその生々しい語りで、先輩たちは聞く人をグッと引き付けていた。
団体に入った当初の自分には、それができなかった。先輩と同じ内容を語っても、言葉が上滑りしているような気がした。

伝わらない。伝わるわけがない。
そう思って、語りの途中で泣きだしてしまったこともあった。やむなく、後を受けて語りだした先輩の話に、聴衆があっさりと聞き入りだす。

その様子を見て、また泣けてきた。

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