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ドイツのネットワーク執行法で変わったことと変わらないこと――違法なコンテンツの排除はネット上の発言をどう変えたか - 穂鷹知美 / 異文化間コミュニケーション

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削除だけでは不十分なものへの対応

この法律によって苦情の対象となったコンテンツで、違法なものの削除は容易になったものの、違法なコンテンツを発信した人をつきとめ捜査することは、SNS事業者が発信者の情報の引き渡しに消極的なため、依然、非常に困難な状況です。

しかし、極右勢力による政治家や社会的マイノリティなどへのヘイトスピーチや脅迫の被害が後をたたず、これらの犯行がSNSと密接に関わっているという危機感もあり、与党案をもとに2020年6月に「極右主義とヘイトクライムに対抗する法」を新たに成立させました。この法律では、SNS事業者は加罰の対象となる内容を単に消去するのでなく、連邦刑事庁に報告することが課せられ、重要な犯罪に関しては、違法なコンテンツに関わる人の氏名や住所、銀行口座情報やIP アドレスなど、詳細にわたる個人情報を迅速に引き渡すことも義務づけられました。

この法律は、その後7月に連邦憲法裁判所に違憲(どんな場合にどんなデータを入 手できるかという規定が明確でないという理由)とみなされ、再び国会にもどされましたが、その後若干の修正をほどこされ、今年4月3日から施行されています。

新興ソーシャルメディア

ネットワーク執行法対象外のソーシャルメディアの存在が、政府の報告でも憂慮されていましたが、新興ソーシャルメディアがどのような状況にあるのか、テレグラム Telegramを例にもうすこし具体的にみてみます。

テレグラムは2006年にVK (Vkontakte)を設立したロシア人ドゥーロフPawel Durow が、2103年に設立したメッセンジャー・サービスですが、今日、公開のチャットやチャンネル Channels と呼ばれる機能も併せ持っており、事実上、メッセンジャーというよりむしろフェイスブックと共通点が多いと認識されています(Laufe, Fällt Telegram, Netzpolitik, 2021)。昨年4月に毎月の利用者数が4億人でしたが、今年1月には5億人になるまで利用者数が急増しており、ドイツではメッセンジャー・サービスを定期的に利用する人の13%がテレグラムを使用しているとされます。

テレグラムが利用規約として定めているのは、スパムを送らない、公開されているチャンネルで暴力をよびかけない、子供のポルノコンテンツを広めない、という3点のみで、制約が少ない自由な発言空間となっており、陰謀論者や極右などの過激思想をもつ人を惹きつける状況になっています。昨年からは、テレグラム上の過激なコンテンツが特に目立つようになり、社会で注目されることが多くなりました。このため「デジタル・サービス法」では、ゲームプラットフォームなどとともに、テレグラムを含むメッセンジャーも規制対象とされる予定です。

とはいえ、ヘイトスピーチや偽情報の新たな発信拠点という視点からみると死角に入りがちな、テレグラムの違う側面にも留意すべきでしょう。テレグラムの設立者ドゥーロフはロシアでの過去の苦い体験から、テレグラムが体制に干渉されない自由なコミュニケーションの場として機能することをとりわけ重視しています。例えば、ベラルーシでは独裁政権の圧力に屈せず、利用者データの引き渡しを拒否し、反政府勢力がこれまで制約を受けないコミュニケーション環境を提供してきました。体制側が発信する偽情報に対しても強い関心をもち、前回のベラルーシ大統領選挙直後には、人々の抗議行動に関し政権側が発信した偽のニュースの削除にドゥーロフ自身も関わったといわれます。

SNSには当地の政治体制とは無関係に、人々の声を組み上げて、政治的コミュニケーションを活性化させる独自のメカニズムがあります。このため「プラットフォームが主流メディアのように機能していたのなら、Black Lives Matter、アラブの春やほかは、これほどうねりにならなかっただろう」(Zucker, Wer entscheidet, 2021)(ニューヨーク市立大学院大学准教授ジャービスJeff Jarvis の言)と言われるように、今日の社会においてマスメディアに代替されえない重要な役割を担っていることも確かです。

法律専門家ミュラー-ノイホーフJost Müller-Neuhofは、「ある人たちにとって憎悪や嘘と思われるまさにそのことが、ほかの人たちにとっては言論の自由」(Müller-Neuhof, Twitter, 2021)というジレンマがいつもあると言います。哲学者 Philipp Hübl は、「右翼がネット上の言論の自由を、左翼が社会的弱者の保護を重視する傾向がある」ドイツにおいて、「言論の自由と社会的弱者の保護、この二つの原理をネット上で同等に重視、尊重することはできない」(Die Macht der Sprache, Spiegel-Gespräch, 2021)とします。

言論の自由の保証と違法なコンテンツの排除、そのどちらを優先するか。この古くて新しい問題は、ネットワーク執行法が3年たった現在にいたっても、SNSにおいて旬な問題でありつづけています。

おわりにかえて 「変わらない」を変えられるか

これまでの内容を振り返りながら、改めて考えてみます。ネットワーク執行法の運用から3年余りたち、偽情報やヘイトスピーチをめぐる全般の状況や、それらの社会に与える影響力は変わったのでしょうか。

答えを急ぐ前に「変わった」部分と「変わらない」部分の両方がある、そのことを認識することがまず重要でしょう。確かに、主要なSNS上では、問題となるような提示が非常に難しくなりました。それは大きな変化であり、この当然の帰結として、それらのSNS上では少なくともヘイトスピーチや偽情報の影響力が減ったことも、特筆すべき変化としてあげられます。他方、ソーシャルメディアでのヘイトスピーチや偽情報の発信自体は減ってはおらず、違法なコンテンツの発信は別のソーシャルメディアに乗り換えられて続いています。このような「変わらない」継続性もまた事実です。

ところでジャービスJeff Jarvisは、「ツイッターを修正したり消去することで、すべてがうまくいくと思うのはナイーブだ。」「批判する人たちの多くは、ヘイトスピーチやほかの有害な内容をなくすために、SNSはルール下においたほうがいいという。SNSは中立でなくてはならないとか、アルゴリズムは有害だ、などという。そのように議論する人たちは、市民は単なる愚かな羊の群れのように思っている」(Gordana, Idioten, 2020)という発言もしています。

ジャービスのこの挑発的な言葉をあてはめて、現在のドイツの状況を叙述してみるとどうなるでしょうか。ネットワーク執行法やそれを支持する人々は、「愚かな羊の群れ」のような人が、「愚か」な行いをしないようにコントロールすることが不可欠と考えている、という構図になるでしょう。そうなると、「愚かな羊の群れ」のように見なされた人たちは、どう反応するでしょう。自分が正しいと思うコンテンツが「愚か」だと烙印をおされ、排除されるとき、その人たちの不満は自然に浄化されるのでしょうか。

自分のコンテンツが消去されたり、偽情報の可能性があるという警告ラベルがつけられると、それに納得するより、むしろ不満を強く感じる人が多いと言われます。これがSNSが「エリート」や「お上」のいいなりになって、情報操作している「証拠」であるとし、自己の主張が正しいのだと、逆に強く確信するようになるケースも少なくありません(Müller, Warnen, 2019)。

現在のドイツでは、とりわけ極右勢力の周辺で、このような「愚か」さのレッテル貼りと、それへの抵抗というせめぎ合いが起きているようにみえます。極右勢力は自分の意見を制御しようと仕向ける「政府」や「社会」、またそのような考えを流布したり擁護するマスメディアやSNS事業者にも不信感を募らせ、その不満を規制の少ないソーシャルメディアで発散しています。そして、それがバーチャルなものにとどまらず、現実の暴力行為にまでエスカレートすることも少なくありません。

これに対する政府の姿勢はどうでしょう。さらに強硬な措置で、極右の暴走の沈静化につ とめる意思を固め、2020年6月には「極右主義とヘイトクライムに対抗する法」を可決させました。

このような状況はしかし、政治的コミュニケーションという視点から眺めると、決して建設的にはみえません。特定の意見をもつ人からコミュニケーション手段を奪ったり、排除することだけでは、さらなる対立の材料はあっても、対立を緩和する材料がなにもないようにみえるためです。

メディア不信についての著書で林は、「ドイツではとくに「統合Intergration」という言葉が移民・難民政策にも使われてきた。しかし、ならば台頭する右翼を社会にどう「統合」していくのだろうか」(林、メディア不信、224頁)と問いかけています。

林が言う、ドイツの政治コミュニケーションにおいて「統合」されるような状況、極右や右翼勢力が、自分たちの発言が無視されていないと認識するような状況をいかに作り出していくのか。このことについて、ドイツは法的規制措置とは別に、今後真剣に考えていかなくてはならないのではないかと思います。

参考文献

・神足祐太郎「ドイツのSNS法―インターネット上の違法なコンテンツ対策―」『外国の立法』278(2018.12)49−61頁。

https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_11202127_po_02780003.pdf?contentNo=1

・鈴木秀美「ドイツのSNS対策法と表現の自由」『メディア・コミュニケーション』2018年No.68、抜粋、1−12頁。

・林香里『メディア不信 何が問われているのか』岩波書店、2017年

・Bericht der Bundesregierung zur Evaluierung des Gesetzes zur Verbesserung der Rechtsdurchsetzung in sozialen Netzwerken(Netzwerkdurchsetzungsgesetz –NetzDG) (2021年3月23日閲覧)

https://www.bmjv.de/SharedDocs/Downloads/DE/News/PM/090920_Evaluierungsbericht_NetzDG.pdf?__blob=publicationFile

・Bundesministerium der Justitz und für Verbraucherschutz (BMJV), Weiterentwicklung des Netzwerkdurchsetzungsgesetzes, Stand: 1. April 2020

https://www.bmjv.de/SharedDocs/Artikel/DE/2020/040120_NetzDG.html

・Deutscher Bundestag Drucksache 19/26749 19. Wahlperiode 17.02.2021. Antwort der Bundesregierung auf die Kleine Anfrage der Abgeordneten Dr. Jürgen Martens, Stephan Thomae, Grigorios Aggelidis, weiterer Abgeordneter und der Fraktion der FDP– Drucksache 19/26398 –  Maßnahmen zur Bekämpfung des Rechtsextremismus und der Hasskriminalität – Effektivität des Netzwerkdurchsetzungsgesetzes

https://dip21.bundestag.de/dip21/btd/19/267/1926749.pdf

・Die Macht der Sprache, Spiegel-Gespräch im Livestream, 8. Februar 2021 um 20 Uhr

https://www.spiegel-live.de/events/die-macht-der-sprache/

・European Commission, Tackling online disinformation, 16 March 2021.

https://ec.europa.eu/digital-single-market/en/tackling-online-disinformation

・Facebook, NetzDG Transparenzbericht, Januar 2021

https://about.fb.com/de/wp-content/uploads/sites/10/2021/01/Facebook-NetzDG-Transparenzbericht-Januar-2021.pdf

・FSM beginnt Arbeit als Selbstkontrolle nach NetzDG. Plattformen können schwierige Fälle an ein unabhängiges Expertengremium zur Überprüfung geben, Presse Portal, 03.03.2020 – 10:01

https://www.presseportal.de/pm/66501/4536021

・Gesetz zur Verbesserung der Rechtsdurchsetzung in sozialen Netzwerken (Netzwerkdurchsetzungsgesetz – NetzDG) vom 1. September 2017

https://www.bmjv.de/SharedDocs/Gesetzgebungsverfahren/Dokumente/BGBl_NetzDG.pdf;jsessionid=FE33E020DD230B588A9005DAFBC8272F.1_cid297?__blob=publicationFile&v=2

・Google, Transparenzbericht, YouTube, Entfernungen von Inhalten nach dem Netzwerkdurchsetzungsgesetz(2021年3月23日閲覧)

https://transparencyreport.google.com/netzdg/youtube?hl=de

・Klaus, Julia, Datenauswertung zu Telegram – Im Tunnel der Verschwörer, ZDF, 30.01.2021 11:54 Uhr

https://www.zdf.de/nachrichten/digitales/corona-telegram-rechtsextreme-verschwoerungstheorie-100.html

・Laufe, Daniel, Fällt Telegram wirklich nicht unter das NetzDG?, Hasskriminalität, Netzpolitik, 04.02.2021 um 19:27 Uhr

https://netzpolitik.org/2021/hasskriminalitaet-faellt-telegram-wirklich-nicht-unter-das-netzdg/

・Merkel sieht Twitter-Sperre kritisch. Account von Trump, Tagesschau, Stand: 11.01.2021 17:16 Uhr

https://www.tagesschau.de/inland/merkel-trump-twitter-103.html

・Mijuk Gordana, «Idioten bleiben Idioten, mit oder ohne die Tweets von Tumpf». Der Internet-Vordenker Jeff Jarvis sagt, das Problem seien Fox News and ungeblidete weisse Männer – nicht die sozialen Netzwerke wie Twitter und Facebook. Interview: Gordana Mijuk. In: NZZ am Sonntag, 31.5.2020, S.3.

・Müller, Philipp, Warnen oder Löschen: Wie sollen Plattformen mit Falschmeldungen verfahren?, Bundeszentrale für politische Bildung, 2.5.2019.

https://www.bpb.de/gesellschaft/digitales/digitale-desinformation/290481/wie-sollen-plattformen-mit-falschmeldungen-verfahren

・Müller-Neuhof, Jost, Merkels Twitter-Kritik: Die Regierung ist Teil des Problems, msn, nachrichten, 11.01.2021

https://www.msn.com/de-de/nachrichten/other/merkels-twitter-kritik-die-regierung-ist-teil-des-problems/ar-BB1cEOly

・Pekel, Charlotte, Moderationsberichte. Unter dem Netzwerkdurchsetzungsgesetz sind nicht alle gleich, Netzpolitik, 06.08.2020 um 14:56 Uhr

https://netzpolitik.org/2020/moderationsberichte-unter-dem-netzwerkdurchsetzungsgesetz-sind-nicht-alle-gleich/

・Rudl, Tomas, NetzDG-Novelle. Fairer Löschen bei Facebook und Twitter, Netzpolitik, 06.01.2021 um 17:43 Uhr 

https://netzpolitik.org/2021/netzdg-novelle-fairer-loeschen-bei-facebook-und-twitter/

・Twtter, Transparence Germany(2021年3月23日閲覧)

https://transparency.twitter.com/en/reports/countries/de.html

・YouTube-Community-Richtlinien und ihre Anwendung (2021年3月18日閲覧)

https://transparencyreport.google.com/youtube-policy/removals?hl=de&content_by_flag=period:2020Q2;exclude_automated:all&lu=total_comments_removed&videos_by_views=period:2020Q3&videos_by_reason=period:2020Q2&total_removed_videos=period:2020Q3;exclude_automated:all&comments_removal_reason=period:2020Q3&total_comments_removed=period:2020Q4

・Vollmer, Jan, Radikalisierung auf Telegram: Nazis, Waffen, Drogen und Attila Hildman, tcn.de, digital pionier, 21.08.2020, 07:43 Uhr •

https://t3n.de/news/radikalisierung-telegram-nazis-1312724/

・Zucker, Alain, Wer entscheidet hier eignetlich? Facebook und Twitter haben Trumpf und seine Anhänger verbannt – das sorgt für Unbehagen. Neue Regeln sollen es richten. In: NZZ am Sonntag, 17.1.2021, S.5.

知のネットワーク – S Y N O D O S –

穂鷹知美(ほたか・ともみ)
異文化間コミュニケーション
ドイツ学術交流会(DAAD)留学生としてドイツ、ライプツィヒ大学留学。学習院大学人文科学研究科博士後期課程修了、博士(史学)。日本学術振興会特別研究員(環境文化史)を経て、2006年から、スイス、ヴィンタートゥーア市 Winterthur 在住。地域ボランティアとメディア分析をしながら、ヨーロッパ(特にドイツ語圏)をスイスで定点観測中。日本ネット輸出入協会海外コラムニスト。主著『都市と緑:近代ドイツの緑化文化』(2004年、山川出版社)、「ヨーロッパにおけるシェアリングエコノミーのこれまでの展開と今後の展望」『季刊 個人金融』2020年夏号、「「密」回避を目的とするヨーロッパ都市での暫定的なシェアード・ストリートの設定」(ソトノバ sotonoba.place、2020年8月)

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