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デフォルト回避と米外交の国際的信用の危機([特別投稿]浅野貴昭氏/東京財団研究員)

債務残高上限の引き上げをめぐり迷走していた米国政治は、瀬戸際の妥協によって2011年 財政管理法(Budget Control Act of 2011)を8月2日に成立させ、史上初の米国債デフォルトという事態を回避した。党派対立の構造と財政問題は、今後の米国外交の枠組みを規定し、対外コミットメントを大きく制約する可能性もあることから、この度の合意内容と今後の展望について概観したい。

債務上限問題と財政管理法



財政管理法は、政府債務残高の上限引き上げと財政の再建を企図したものである。オバマ大統領と議会指導者が民主・共和両党内の右派・左派を脅し、なだめすかして合意を取りまとめ、多くの造反者を出しながらも法案を可決。債務不履行は何とか回避した。債務上限問題と財政問題を切り離すことによって、財政再建論議の仕切り直しをしたと見ることもできるが、財政再建の具体論については、おそらく来年以降の歳出委員会等の議論に委ねられるため、これは実質的な先送りであり、米国政治の問題解決能力が著しく低下しているという見立てに今のところ誰も異論がない所以だ。

 政府債務残高の上限に関する現在の仕組みが確立するまでは、パナマ運河建設や米西戦争などの経費調達は、議会が手法や条件を詳細に決めていた。1939 年、ルーズベルト政権下において、債務管理にあたっての財務省の裁量範囲を広げ、議会が上限を承認する現在の仕組みに落ち着いた。以後、1940年から 91回にわたり、債務上限に変更を加える法案が可決されており、今回の財政管理法は実に92回目の変更である(1)。

 最低でも2.1兆ドルの引き上げ枠を確保したオバマ大統領は、債務上限問題に再び悩まされることなく、来年の大統領選に臨むことができる。緊縮財政を掲げる「茶会党(ティー・パーティー)」が昨年の中間選挙を通じて議会に一勢力を形成していなければ、92回目の債務上限変更がここまで政治化されることはなかっただろうが、茶会党の躍進は国のあり方に対する米国民の懸念の反映であり、それが新しい政治環境を形作っていくことは事実として受け止めなくてはならない。

 財政管理法では、債務上限引き上げを上回る規模の財政赤字対策が二段階にわたって講じられることとなった。第一段階は、今後10年間にわたる9170億ドル(裁量的経費)の財政赤字削減である。ただし、これは現在の水準から9170億ドルの財政赤字が削減されることを意味しない。あくまで、現在の政策が継続されることを前提に予測される財政水準(ベースライン推計)に対する削減幅を表現しているに過ぎない(2)。また、イラク・アフガン戦費関連は削減の対象外だ。

 歳出削減の第二段階を担うのが、超党派の「特別委員会」による検討作業だ。12名の連邦議員からなる特別委員会が、さらなる歳出削減案(1.2〜1.5 兆ドル規模、義務的経費を含む)を検討し、11月23日までに法案化を目指す。各党6名、計12名の委員は議会指導者によって指名済みで、9月には初会合開催の予定だ。党派対立の厳しさもさることながら、既に議会日程が厳しく、果たして実質的な検討が進むのかと多くの識者が懸念を抱いている。物事を決めずに先送りしたいときは超党派委員会を立ち上げるのが手だ、というシニカルな見方さえある。

国防予算への影響



 特別委員会や議会が期日までに歳出削減に合意できない、或いは削減幅が不十分である場合には、1.2兆ドル(裁量的・義務的経費の双方)の強制的な一律歳出削減プロセスが始動する。こうなると政治の街、ワシントンは議会休会中であるにもかかわらず俄然、活気を増してくる。ロビイストは、クライアントである企業や各種利益団体が歳出削減によって不利益を被ることのないよう対応を検討中で、利益団体、企業、ロビイストをも巻き込んだ予算防衛戦がこれから展開されようとしている。

 特に裁量的経費の57%を占める外交・安全保障関連予算(歳出権限ベース)の扱いは、義務的経費の削減や税制改革と並んで、今後の焦点の一つとなるだろう。歳出削減の第一段階で、同予算は10年間にわたり4200億ドルが削減される予定になっており(3)、すでに来年度についても政府要求額より360億ドル少ない6800億ドルに額が抑えられている。歳出削減の第二段階については特別委員会の議論を待つほかないが、削減案がまとまらなくても、強制的な一律削減がその後に控えており、その場合、国防関連では9年間にわたり国防総省の予算を中心に4900億ドル弱が削減されるとの推計がある(4)。

 多くの議員にとって、国防予算は地元経済を支える重要な財源の一つであり、叶うことであれば削減は最低限にとどめたい。特別委員会としても幅広い支持を得るために、国防予算削減には慎重に臨むであろうが、そのためには年金や失業手当などの各種給付金制度や税制の改革と向き合う必要があり、厳しい党派間対立は避けられそうにない。

国際的信用の毀損



 厳しい党派対立の余波は、すでに米国外交にも影響を及ぼしつつある。まず今般の債務上限問題をめぐる米国政治の混迷を受け、オバマ政権は中国から財政規律を維持するよう説教される立場に追いやられてしまった。今年2月に発効した戦略核兵器削減条約(新START)の批准プロセスにおいても、上院で展開された民主・共和党間の対立構図が米国の対外信用を危ういものにした。また、米韓FTAを含む3つの自由貿易協定が、署名後4年以上経った今も批准されることなく店ざらしになっていることも、米国の対外信用を傷つけている。法の支配に基づき、安定したガバナンス体制を確立している先進国としての米国の信用と影響力が削がれることは、自由で、開かれた、ルールに基づく国際秩序を実現していく上で、大きな障害となる。

 この上に、国内外における丁寧な調整作業を欠いたまま、米国の外交・安全保障関連の予算が削減され、その対外軍事プレゼンスが無原則に縮小していくような事態となれば、日本をはじめとする東アジア諸国は大きく自らの国防体制を再検討する必要が出てくる。アフガン撤退完了を目前にして、オバマ政権は 9/11同時多発テロ以降、拡大してきた国防体制の見直し作業を既に開始している。財政管理法の成立が、党派間の信頼構築の第一歩となるのか、米国の対外関与政策をどのような方向に導いていくのか、米国政治の今後の動向が注目される。

以上

(1)米予算管理局 2012年度予算案 Historical Tables(2011年2月)
(2)ベースライン推計については、安井明彦氏による論考が詳しい。東京財団 現代アメリカ プロジェクト『アメリカNOW 第77号/第78号:「ベースライン」で読み解く米国の財政問題』(2011年8月11日・12日)
(3)あくまでベースライン推計に対する削減額である点に留意。
米予算管理局長ブログ(2011年8月)
http://www.whitehouse.gov/blog/2011/08/04/security-spending-deficit-agreement
(4)Center for Strategic Budgetary Assessments “Defense Funding in the Budget Control Act of 2011”(2011年8月)

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