「アジア系を憎むのはやめて」が大きなトレンドに
3月下旬、テニスチャンピオンの大坂なおみ選手のあるツイートが全米でニュースになった。
「もし人々がバブル・ティーやアニメ、モチ、スシ、マッチャと同じくらいアジア系の人を愛しているなら……その文化から生まれたものに恩恵を受けたり楽しんでいるのに、それを作り出した人々を攻撃したり卑下するなんておかしい」
今アメリカで深刻な社会問題になっている、アジア系住民へのヘイトクライムに抗議するメッセージだ。
ニューヨーク・タイムズスクエアで行われたアジア系差別に対する抗議デモ=2021年4月4日 - 筆者撮影
同じように錦織圭選手もATP(男子プロテニス協会)のトッププレーヤーと共に、公式な抗議コメントを出した。
さらにBTSやサンドラ・オーといったアジア系セレブ、ジェイソン・ウー、フィリップ・リムなどのトップデザイナー、アメリカのトップ企業までがこぞって#stopasianhate(アジア系を憎むのはやめて)のハッシュタグと共に、抗議の声明を出している。
アジア系へのヘイトは今、アメリカを揺るがしかねない大きな問題になっているが、その背景にはアジア系に対する深刻な人種偏見や差別がある。
ヘイトクライム件数は前年比の1.5倍に
アジア圏と太平洋地域をルーツにもつアメリカ人へのヘイトクライムを防ぐための団体「Stop AAPI Hate」によると、2020年にパンデミックが始まってから今年2月までにまとめたヘイトクライムとみられる事象(人種に由来する憎しみが原因の嫌がらせから暴力犯罪まで)は3800件と報告されている。この数は1年前の1.5倍に上る。
ニューヨークだけでも、殴られたり刺されたりといったアジア系へのヘイトクライムと特定できる犯罪が今年になって33件起き、すでに昨年を上回っている。街の中心部で白昼、60代の女性が突然襲いかかってきた男性に殴る蹴るの暴行を受け大けがを負う事件も起きたばかりだ。アトランタでは3月、アジア系女性6人を含む8人が射殺される銃撃もあった。
人種にまつわるヘイトクライムは、たいてい犯人から差別的な言葉がぶつけられる。「中国に帰れ」「ここはお前の居場所ではない」「お前らはウイルスだ」こうしたヘイトクライムが急増した最大の理由は、トランプ前大統領がコロナウイルスのことを「チャイナウイルス」と言い続けたことにあるとされている。
アメリカはコロナ死者が55万5000人を超えた。多くの人が失業で苦しんでいて、その怒りの矛先が筆者のようなアジア系に向いている。多くのアメリカ人には中国系も日系も区別がつかないし、どちらでもいいと思っている人も少なくない。
こうしたアジア系アメリカ人への差別偏見は今に始まったことではない。筆者は今回、日系2世の女性に話を聞くことができた。彼らの体験を知れば、なぜ今アメリカでアジア系へのヘイトクライムがこれほど増えているのかが見えてくる。
「ジャップ」呼ばわり、生卵を投げつけられ…
雲井利佳さんは、アジア系女性として嫌がらせを受けてきた1人だ。昨年のパンデミック初期はマスクをして地下鉄に乗っていると、周りの乗客が避けるように席を変えたという。「あまりに露骨な行為にとても驚いたし、悲しかった」と振り返る。
そして今では、アトランタの銃撃事件以降眠れない夜が続いている。幼少の頃から差別を我慢して生きてきたが、事件をきっかけに怒りと悲しみが溢(あふ)れ出した感じがする、周りにも同じようなアジア系が多いと話す。
ニューヨークの隣のニュージャージー州で、白人の中にアジア人が数人という環境で育った彼女の子供時代は、差別・偏見が日常茶飯事だった。常にジャップ、チンク、グークと差別用語を投げつけられ、歴史の時間に真珠湾攻撃、原爆を習えばそれをネタにいじめられたという。学校では先生に言っても相手にされず、耐えるしかなかった。
家には理由なく生卵が投げつけられ、黙って掃除する親の姿を見て悲しかった記憶がある。一時は「なぜアメリカなんかに来たんだ?」と親に怒りをぶつけたこともある。しかし大人になる頃には差別もなくなり、いじめられなくなるだろう、そう思って耐えた。
黒人とは違った「見下し、笑う」差別
アジア系であるということだけで受ける差別の歴史は、19世紀に起きた中国系移民、続いて日系移民に対する排斥運動にさかのぼる。アメリカ人の職を奪うという理由で激しい抵抗に遭い、暴力の犠牲になったり殺されたりしたアジア系移民も少なくない。
さらに日本やベトナムとの戦争もあり、アジア系は常に憎むべき敵というレッテルを貼られ続けることになる。1964年の公民権法で人種差別が違法になってもそれは変わらなかった。
筆者撮影
アジア系に対しては、普段はフレンドリーに接していながら、何かのきっかけで職業差別や女性蔑視など、自分より劣っている者を見下し、笑い、または無視するといったカジュアルな差別が起こることが多い。それがじわじわとアメリカ社会の底流に流れ続けている。
生まれ育った国でよそ者扱いされるつらさ
大人になった利佳さんは、子供の頃のような嫌がらせを受けることはなくなったが、新たな偏見に晒(さら)されることになる。最もつらいのは初対面の相手に“Where are you from”(出身はどこですか?)と聞かれることだ。「ニュージャージー出身です」と答えると、相手は腑に落ちない顔をする。なぜなら彼らは、彼女の親または先祖がアジアから来たという言葉を聞きたいからだ。
これも私を含めアジア系だったら誰もが常に経験することで、言葉の裏には「あなたをまだアメリカ人として認めていないよ。あなたは私たちとは違う、あちら側の人間なんだよ」という感情、無意識の差別が見え隠れする。
存在を認めない、無視される差別は人格否定にもつながる。多くのアジア系が生まれた国でよそ者として扱われるトラウマを共有している。ニューヨークを拠点とするファッションデザイナーのジェイソン・ウーは、ミシェル・オバマ夫人のドレスをデザインしたほどの有名デザイナーだが、その彼が最近のインタビューで「この年になってようやくアジア系としての自分に自信が持てるようになった」と語っているほどだ。
しかしこうした差別やトラウマもこれまで大きな問題にならなかったのは、波風立てたくないアジア系が黙って耐え続けたからだ。
筆者撮影