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3.11から変わらず「事実より意見」 SNSでの議論が党派性にからめとられる理由

2011年3月11日の東日本大震災、福島第一原発事故はいくつかの未来を先取っていたのではないか、と考えてきた。さしあたり、理由は二つある。第一に、科学的な議論が政治的な態度表明と結びつき、陰謀論や極論が横行すること。第二に「事実」よりも「意見」ばかりが重視され、議論が党派性の表明になっていくことだ。

福島第一原発では廃炉作業が続く Getty Images

それはいつから起きたのか。かつて「日経サイエンス」(『別冊日経サイエンス 心と行動の科学』「SNSが加速するタコツボ社会」)で、当時のツイッターのビッグデータ分析の取材レポートを掲載したことがある。早稲田大学准教授の田中幹人さん、そして研究員の吉永大祐さん(肩書きはいずれも当時)の研究を取材したものだ。

分析のポイントは、福島第一原発事故という未曾有の大事故直後、ツイッターが科学者を中心として、現実を直視しようとする「議論の空間」になっていたことだ。ところが、議論の中心を担っていた科学者たちは、急速にその影響力を失い、科学を懐疑的、あるいは陰謀論的に見る人々に取って代わられていった。

政府懐疑派にも届いていた放射性物質の測定データ

ファクトで検証しよう。原発事故が発生した2011年3月、「福島」という語を含むツイートは、およそ360万件に達している(前掲レポートより)。原発事故で何もかもが混乱していたこの時期に、ツイッターでの議論の中心にいたのは、物理学者の早野龍五さん―当時は東京大学教授―だった。早野さんは初期からツイッター上で放射性物質の測定データを伝え続けていた科学者の一人だ。

早野さんがツイッターの中心に位置していたのは、マスメディアの公式アカウントやインフルエンサーとなったジャーナリストたちが、彼の情報に関連する発信をしていたためだ。その発信は、マスメディアのアカウントを介して、政府の発表や科学者の主張に懐疑的で、「日本の放射能汚染はもっとひどいものになる」と予想するNGOや左派系ジャーナリストらを多く含んだ「懐疑派」クラスターにまで届いていた。

当初は「東日本大震災はアメリカが起こしたもの」といった陰謀論を主張するアカウントや、地震予知ができるといった非科学的な言説をばらまくインフルエンサーもいるにはいたが、彼らの主張は周縁に位置していた。災害直後にデマや陰謀論は広まると言われているが、ここまでの大事故になると、その影響は一部にとどまっていたことがわかった。

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安倍政権の支持・不支持と結びついた原発への態度

1年後、議論の中心になったのは、福島は放射性物質によって汚染されている」という考えを喧伝し、「脱原発」を主張するインフルエンサーらを中心とする懐疑派のクラスター、そして「政府と科学者が一体となり、放射性物質による被害を隠蔽している」といった陰謀論だ。この時点で、中心に科学者はいなくなっている。

2つのクラスターを結ぶ位置にいたのは、福島県は放射性物質で汚染されているとして、そこで農業を続ける人に対する数々の暴言があり、炎上を招いた(後に謝罪し、誤りだったと認めている)人物である。

2011年から3年が過ぎると、福島の汚染は軽度と主張する人々と安倍政権支持層が結びつき「福島の復興を応援しない左派、反原発運動はおかしい」というクラスターが生まれ、「福島に隠された真実がある」と主張する人々は「原発再稼働を進める」安倍政権不支持と結びついてクラスター化し、ツイッター上の議論はさらに複雑なものになっていく。

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これだけ書くと、絶望的な結果である。新型コロナウイルス問題でも、SNSで始まった科学的な議論が、いつのまにか「政治」に絡め取られていくという現状を目の当たりにしてきた。その原点は福島第一原発事故のインターネット空間にあったとも言えるだろう。では、何も可能性がなかったのか。

私は、実は当時のSNSにはもう一つの可能性も宿っていたと考えている。

事実を超え、党派制を帯びる「意見」の罠

契機になったのは、早野さんと一緒に『「科学的」は武器になる―世界を生き抜くための思考法―』(新潮社、2021年)という本を作ったことだ。当時を振り返る中で、早野さんの発信の特徴は、—これは私の言葉でまとめているが—「事実を記すこと」に徹したこと、そして「科学的」であろうとした点にあると思うに至った。

事実は、「意見」とは違う。自分は「こう思う」で終わらせずに、調べなければいけない。早野さんは発表されたデータをグラフにして公開し、さらに福島の子供たちの内部被曝は少ないだろう、という仮説を立てるだけでなく、実際に現地で調べ、細かい検証を重ねてきた。これはまぎれもない事実だ。

2021年、「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」は福島県民の被曝線量を再推計し、福島県民に被曝の影響によるがんが今後も増加する可能性は低い、という評価を公表した。

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当時、被曝について散々デマを飛ばし、福島県の農家を「人殺し」と罵り、福島の子どもに健康被害があったと興奮気味に発信し、さらに謎のサプリメントや健康食品の売りつけに加担したり、有名外紙記者の発言を捏造して不安を煽ったりした科学者やジャーナリストがそれなりの支持を集めていた。

彼らはいまだに国連科学委の結果をまったく受け入れていないようだ。背景には、彼らの発信がしばしば強い党派性を帯びた「意見」として、他の政治的なイシューと結びついていたことがある。そうなると、「事実」は自分の意見にとって都合のいいものだけが採用される。多くの事実が積み重なってからも、自分がどこで間違っていたかを検証し、謝罪した人はほとんどいない。

「科学的」とはなんだろうか。早野さんが『波』(2021年3月号、新潮社)の対談でこんなことを語っている。

《小学校や中学校の段階から絶対の正解があって、それ以外は×なのかもしれないと思ってしまうということですね。それはまったく科学的ではありません。僕が科学者の世界から、「世間」に出て、多くの人が勘違いしていると思ったことでもありますが、科学というのは正解を教えてくれるようなものではないのです。

科学的なプロセスを経て発表された大発見であっても、今は参照されない発見もあります。科学が間違っていたことも過去にもたくさんあり、検証や発展の過程で、修正されてきました。虚心坦懐に検証を繰り返すことそのものが、科学的な思考のプロセスです。》

コロナ禍でも混同される科学と政治の議論 10年前の教訓は生かされるのか

「プロの科学者」のように厳密でないにしても、「科学的な思考」は社会の中にも確かに存在している。ビジネスの世界やメディアの世界にも通じるが、社会にはすぐにわかるような「正解」は存在しない。大事になってくるのはまずは「事実」だ。事実を積み重ねることが、「意見」を超えて広く届く力を持っていること。これが2011年3月、ツイッターに現れた可能性だった。

その可能性を支えていたのが、大手メディアであったことも忘れてはいけない。危機の時ほど、「意見」よりも「事実」が大切になってくるからこそ、早野さんとメディアの発信が中心にあった。

Getty Images

専門家が「事実」を超えて、「意見」を期待され、それに応えようと「意見」や政策の提言まで踏み込む人々が出てきてしまったこと、それをメディアがこぞって取り上げたことで、科学と政治の議論はあっさりと混同されていった。それが新型コロナ禍で起きていることだ。このままいけば、科学的な議論は党派性に絡め取られて都合の良い見方を互いの陣営で繰り返すことになる。

もう一つの可能性は、すでに歴史となった10年前にあった。教訓を活用するのか、このまま党派性に絡めた議論を続けていくのか。私は前者に賭けたいのだが……。

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