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『日本が自滅する日』2 利権財政の御三家−特別会計、財投、補助金

石井鉱基さんは、第一章で利権財政を支える財政について詳細を論じている。財政というのは、利権を生み出す基になる金を作り出す仕組みで、単純化して言えば国に入ってくる金をそのまま使えば不正流用になるので、それが分からないようなカラクリを作って、実際には利権として既得権益者の懐に入っているのに、いかにも公的に使われるように偽装する仕組みになっている。

利権財政はいわば裏の顔で、表の顔の一般会計は税金と借金(国際)で金が入ってくる仕組みになっている。これが公金であることはわかりやすい。公金であるからにはそれを払う人間がすべて納得するような使い方をする必要があり、誰もがその金の流れに注目している。だが裏の財政はどこから金が入ってどこに流れていくかがわかりにくくほとんど情報が明らかになっていない。だから利権に流れていってもそれを指摘する人がいなくなり、既得権益にとってはしたい放題のおいしいものになる。

裏の財政である特別会計にはどのような金が入ってくるのか。一つには特定財源と呼ばれる税金がある。所得税や消費税のような一般的な用途を持つ税金ではなく、使用目的が制限される道路特定財源のような揮発油税や地方道路税のようなものだ。これらはそれを払う自動車の保有者に還元されるのであるから何となくそれが正しいように感じてしまう。だがその特定財源が本当に特定の目的の下に合理的に使われていればいいが、単に利権所有者に流れるだけであるなら、本来その税金によって利益を享受できる人にその利益が回らなくなる。

特別会計の問題として石井さんは次のようなものを指摘している。

「特会は財投と同様、基本的に各省庁が予算編成権を持っているので、省庁の自由裁量で事業予算を決めることが出来る。そのため、特会を持っている省庁は、お手盛りで予算をふくらまそうとするのである。」

特会の予算は省益によって使い道が恣意的に決められている。官僚が国民の側を向いて公正にその使い方を考えているならば、省益が国益と重なることもあるだろうが、今までの省益の歴史を見る限りではそのようなことはほとんどない。国益に反していても省益を優先してきたという内部告発には事欠かない。(宮本政於さんの『お役所の掟』など)国を無視して省益を優先させればそれが破綻することは目に見えている。特会は原理的にそのような破滅の可能性をはらんでいる。

特会の金の使い方についても国会で議論されるならば国民の監視の下にその公正さが議論されるだろう。だがそれは行われていなくて、使い道に対しては各省庁が自分たちで決めるという。ここに利権が存在する余地が生まれ自らの利益のために恣意的に使い道が選ばれることになる。

特別会計には一般会計からも金が回ってくる。それは一般会計の半分以上だ。一般会計で使い道が議論されればまだまともな議論も生まれるだろうが、特別会計に回してしまえば議論はそこで途切れてしまう。また一般会計からは補助金もたくさん支出している。一般会計もまともに議論されるのはほとんどないわけだ。公務員の給料を下げることくらいしかまともな議論はないのかもしれない。そういえば「予算委員会」で予算の内容を議論しているのをきいたことがないような気もする。

特別会計には財政投融資からも金が回ってくる。入ってくる金については膨大な金額がそこに回ってくる仕組みができあがっている。

これらの特別会計に入ってきた金は、特殊法人や公益法人などの政府系企業にばらまかれ、それがまた循環する仕組みが作られている。国債を保有している特殊法人の数も膨大なものになり、そこでは単に金が回る仕組みだけが作られている。しかしそもそも政府系企業には、まともな市場で淘汰されると言うことがないため、儲けなどなくても金だけが回ってくるので、垂れ流される金をただ食いつぶすだけの企業も多い。これではこの循環がいつかは財政破綻を見せるのは論理的には当たり前だ。

このデタラメぶりが改められない仕組みの一つに決算がないと言うことがあって、石井さんが指摘している。不正や無駄は正しい決算によって洗い出されるのだがそれが行われていない。これはまともな決算をすれば不正もあからさまに出てきてしまうので出来ないのだと僕は思う。単なるサボタージュではなく、不正を隠すための仕組みに過ぎない。

石井さんの次の指摘を理解して動ける国会議員こそが選ばれなければならない。数字は平成12年当時のものである。

「ご承知のように、予算委員会ではもっぱらスキャンダル追求が主で、予算そのものについての具体的な議論は少ない。

 これには様々な要因があるが、根本は我が国の財政制度に問題があるのだ。我が国の財政制度は行政権力による“事業”展開の体系として各省庁が所管する「特別会計」を軸に構成される。その中で歳出については大半が「補助金」であり、それは行政権限による配分の形で決められる。

 年間予算260兆円のうち「一般予算」として提出されるのは80兆円であり、それも大半は「特別会計」に繰り入れられ各省庁による箇所付けに付されるため、予算は事実上、決して憲法の定めるように国会で決められているとは言えないのである。

 国会で決めるのは単に抽象的な「予算」に過ぎない。「予算」支出の中身は省庁(官僚)が与党の指示や族議員の意向などを考慮して決めるのである。

 この節で示したような我が国の全体予算の総額については、私が指摘するまで国会で議論されたことすらほとんどないのである。もっぱら予算と言えば「一般会計」で論議されてきた。

 しかし、「一般会計」はまさに“大本営発表”以外の何ものでもなく、実際の国の会計とは全く異なるものである。

 このような“カモフラージュ(迷彩)”された「一般会計」を重要な予算として示すのは国民に対する欺瞞であるし、これを真に受ける議員も議員である。」 石井鉱基さんは、第一章で利権財政を支える財政について詳細を論じている。財政というのは、利権を生み出す基になる金を作り出す仕組みで、単純化して言えば国に入ってくる金をそのまま使えば不正流用になるので、それが分からないようなカラクリを作って、実際には利権として既得権益者の懐に入っているのに、いかにも公的に使われるように偽装する仕組みになっている。

利権財政はいわば裏の顔で、表の顔の一般会計は税金と借金(国際)で金が入ってくる仕組みになっている。これが公金であることはわかりやすい。公金であるからにはそれを払う人間がすべて納得するような使い方をする必要があり、誰もがその金の流れに注目している。だが裏の財政はどこから金が入ってどこに流れていくかがわかりにくくほとんど情報が明らかになっていない。だから利権に流れていってもそれを指摘する人がいなくなり、既得権益にとってはしたい放題のおいしいものになる。

裏の財政である特別会計にはどのような金が入ってくるのか。一つには特定財源と呼ばれる税金がある。所得税や消費税のような一般的な用途を持つ税金ではなく、使用目的が制限される道路特定財源のような揮発油税や地方道路税のようなものだ。これらはそれを払う自動車の保有者に還元されるのであるから何となくそれが正しいように感じてしまう。だがその特定財源が本当に特定の目的の下に合理的に使われていればいいが、単に利権所有者に流れるだけであるなら、本来その税金によって利益を享受できる人にその利益が回らなくなる。

特別会計の問題として石井さんは次のようなものを指摘している。

「特会は財投と同様、基本的に各省庁が予算編成権を持っているので、省庁の自由裁量で事業予算を決めることが出来る。そのため、特会を持っている省庁は、お手盛りで予算をふくらまそうとするのである。」

特会の予算は省益によって使い道が恣意的に決められている。官僚が国民の側を向いて公正にその使い方を考えているならば、省益が国益と重なることもあるだろうが、今までの省益の歴史を見る限りではそのようなことはほとんどない。国益に反していても省益を優先してきたという内部告発には事欠かない。(宮本政於さんの『お役所の掟』など)国を無視して省益を優先させればそれが破綻することは目に見えている。特会は原理的にそのような破滅の可能性をはらんでいる。

特会の金の使い方についても国会で議論されるならば国民の監視の下にその公正さが議論されるだろう。だがそれは行われていなくて、使い道に対しては各省庁が自分たちで決めるという。ここに利権が存在する余地が生まれ自らの利益のために恣意的に使い道が選ばれることになる。

特別会計には一般会計からも金が回ってくる。それは一般会計の半分以上だ。一般会計で使い道が議論されればまだまともな議論も生まれるだろうが、特別会計に回してしまえば議論はそこで途切れてしまう。また一般会計からは補助金もたくさん支出している。一般会計もまともに議論されるのはほとんどないわけだ。公務員の給料を下げることくらいしかまともな議論はないのかもしれない。そういえば「予算委員会」で予算の内容を議論しているのをきいたことがないような気もする。

特別会計には財政投融資からも金が回ってくる。入ってくる金については膨大な金額がそこに回ってくる仕組みができあがっている。

これらの特別会計に入ってきた金は、特殊法人や公益法人などの政府系企業にばらまかれ、それがまた循環する仕組みが作られている。国債を保有している特殊法人の数も膨大なものになり、そこでは単に金が回る仕組みだけが作られている。しかしそもそも政府系企業には、まともな市場で淘汰されると言うことがないため、儲けなどなくても金だけが回ってくるので、垂れ流される金をただ食いつぶすだけの企業も多い。これではこの循環がいつかは財政破綻を見せるのは論理的には当たり前だ。

このデタラメぶりが改められない仕組みの一つに決算がないと言うことがあって、石井さんが指摘している。不正や無駄は正しい決算によって洗い出されるのだがそれが行われていない。これはまともな決算をすれば不正もあからさまに出てきてしまうので出来ないのだと僕は思う。単なるサボタージュではなく、不正を隠すための仕組みに過ぎない。

石井さんの次の指摘を理解して動ける国会議員こそが選ばれなければならない。数字は平成12年当時のものである。

「ご承知のように、予算委員会ではもっぱらスキャンダル追求が主で、予算そのものについての具体的な議論は少ない。

 これには様々な要因があるが、根本は我が国の財政制度に問題があるのだ。我が国の財政制度は行政権力による“事業”展開の体系として各省庁が所管する「特別会計」を軸に構成される。その中で歳出については大半が「補助金」であり、それは行政権限による配分の形で決められる。

 年間予算260兆円のうち「一般予算」として提出されるのは80兆円であり、それも大半は「特別会計」に繰り入れられ各省庁による箇所付けに付されるため、予算は事実上、決して憲法の定めるように国会で決められているとは言えないのである。

 国会で決めるのは単に抽象的な「予算」に過ぎない。「予算」支出の中身は省庁(官僚)が与党の指示や族議員の意向などを考慮して決めるのである。

 この節で示したような我が国の全体予算の総額については、私が指摘するまで国会で議論されたことすらほとんどないのである。もっぱら予算と言えば「一般会計」で論議されてきた。

 しかし、「一般会計」はまさに“大本営発表”以外の何ものでもなく、実際の国の会計とは全く異なるものである。

 このような“カモフラージュ(迷彩)”された「一般会計」を重要な予算として示すのは国民に対する欺瞞であるし、これを真に受ける議員も議員である。」

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