記事

安楽死を選んだ人が「立派」と褒められる社会で生きたいか

1/2

どのように最期を迎えるか。医療費の増加が問題になる中で、終末医療にかかるコストを削るべきだという意見もある。だが生物学者の池田清彦氏は「財源を根拠に安楽死を制度化することは、確実に優生学的な思想へつながっていく。同調圧力の強い日本では、意に反して安楽死を選ばされるケースも出てくるかもしれない」という――。

※本稿は、池田清彦『「現代優生学」の脅威』(インターナショナル新書)の一部を再編集したものです。

終末期医療※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sittithat tangwitthayaphum

「役に立つ」という言葉が切り捨てるもの

2019年1月、ある文芸誌に掲載された対談記事が、大きな反響を呼びました。安楽死をテーマにした小説『平成くん、さようなら』(文藝春秋)で芥川賞候補となった社会学者の古市憲寿氏と、メディアアーティストで筑波大学准教授でもある落合陽一氏が行った「シリーズ『平成考』1 『平成』が終わり、『魔法元年』が始まる」という対談です。

〈このままだと社会保障制度が崩壊しかねないから、後期高齢者の医療費を二割負担にしようという政策もある〉と落合氏が述べたところ、古市氏が〈財務省の友だち〉と検討した話として、〈特にお金がかかっている終末期医療の最後の一カ月を削ればいい〉と切り出したのです。

死亡1カ月前にかかる医療費は国民医療費の3.5%

【落合】背に腹はかえられないから削ろうという動きは出てますよね。実際に、このままだと社会保障制度が崩壊しかねないから、後期高齢者の医療費を二割負担にしようという政策もある。議員さんや官僚の方々とよく話しているのは、今の後期高齢者にそれを納得させるのは難しくても、これから後期高齢者になる層――今の六十五歳から七十四歳の層――にどれだけ納得していただけるかが一つのキーになるんじゃないか、と。今の長期政権であればそれが実現できるんじゃないかと思うんですよね。

【古市】財務省の友だちと、社会保障費について細かく検討したことがあるんだけど、別に高齢者の医療費を全部削る必要はないらしい。お金がかかっているのは終末期医療、特に最後の一カ月。だから、高齢者に「十年早く死んでくれ」と言うわけじゃなくて、「最後の一カ月間の延命治療はやめませんか?」と提案すればいい。胃ろうを作ったり、ベッドでただ眠ったり、その一カ月は必要ないんじゃないですか、と。

(落合陽一×古市憲寿「『平成』が終わり、『魔法元年』が始まる」『文學界』2019年1月号)

古市氏が「必要ないんじゃないですか」と言う終末期医療ですが、実際に死亡前1カ月にかかる費用は、医療経済研究機構が2000年に発表した報告書では、国民医療費の3.5%程度です。胃ろうやその他の延命治療をするかどうかは、本人や家族の自己決定権に属しているので、他人がとやかく言うべきことではありません。

重症患者に寄り添う家族※写真はイメージです - 写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz

人は経済合理性を最大化するために生きているわけではない

そもそも「死ぬ1カ月前」というのは死んだ後で初めてわかる結果論であって、死ぬ前にはわかりません。終末期医療の自己決定権はなるべく認めたくないにもかかわらず、「死の自己決定権」は認めようというのは、経済合理性だけを考えているからです。人は経済合理性を最大化するために、生きているわけではありません。

「議員さんや官僚の方々とよく話している」「財務省の友だち」などという、彼らの言葉の端々から感じられるのはエリート意識です。もっといえば「選民意識」すら感じられます。社会の中枢に近い場所にいる自分たちが、凡百の市民の「本音」をすくい取って政策として実現させようとしているのだという優越感が、社会保障費や終末期医療への雑な現状認識を招いているのかもしれません。

社会に蔓延している「本音」

のちに落合氏は「介護にまつわるコスト課題(職員のサポート)と、終末期医療にまつわるコスト課題を、対談形式なので同列に語ってしまった」ことや、「終末期医療に関してコストや医療費負担の知識が不足していたため、校正でも気が付かなかった」ことを訂正し、反省の言葉をウェブサイトに投稿しています。

池田清彦『「現代優生学」の脅威』(インターナショナル新書)
池田清彦『「現代優生学」の脅威』(インターナショナル新書)

落合氏に「命の選別をする意図はなかった」というのは、おそらくその通りなのでしょう。ここで本当に問題なのは、彼らの思想よりも社会に蔓延している「本音」のほうです。

近年、政治家や知識人、識者とみなされる人たちから、以前なら退けられていたような極論が、さも「合理的で現実的な解」であるかのような言葉で言い換えられる状況が見受けられます。たとえば、麻生太郎副総理兼財務相は2013年1月に行われた社会保障制度改革国民会議で、終末期医療について、「私は少なくともそういう必要はないと遺書を書いている」とし、「いいかげんに死にたいと思っても『生きられますから』と生かされたらかなわない。さっさと死ねるようにしてもらわないと」などと語りました。

麻生副総理はさらに、「政府の金で(高額医療を)やってもらっていると思うとますます寝覚めが悪い」とも述べています。その後、記者会見で「私見で、一般論ではない」と釈明し、「適当でない面もあった」と文書で発言を撤回しました。

こうした発言は、かつてであれば社会的に大バッシングされてもおかしくはありませんでした。しかし、このような極端な主張に対しても、「よくぞ言ってくれた」と言わんばかりに、擁護や賛同の声が上がるといった風潮が、社会全体に広がっています。

確かに現在の日本の医療費は年間40兆円を超えていて、持続可能性が危ぶまれているのは確かです。社会保障給付費の9割を占める年金・医療費・介護費が、現役世代の負担になっているのも間違いありません。しかし、財源を根拠に「安楽死」を制度化することは、確実に優生学的な思想へつながっていくでしょう。

あわせて読みたい

「安楽死」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    ユニクロの柳井氏への批判が胡散臭い 人権問題だからではなく嫌中だから 技能実習生問題にみる国内の人権問題

    猪野 亨

    04月11日 08:53

  2. 2

    なぜ、日本は韓国よりも貧しくなったのか - 原田 泰 (名古屋商科大学ビジネススクール教授)

    WEDGE Infinity

    04月10日 08:56

  3. 3

    朝日新聞と厚労省へ ここまで対策すれば送別会やっていいですよという具体例

    中村ゆきつぐ

    04月10日 10:17

  4. 4

    連綿と続く「ワクチン忌避」の歴史と課題。なぜ日本はワクチン競争で敗北したのか

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    04月11日 08:26

  5. 5

    スーパークレイジー君の「当選無効」は大いなる陰謀か、妥当な判断か

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    04月10日 08:20

  6. 6

    まん延防止措置が誤った形で使われている

    大串博志

    04月11日 08:22

  7. 7

    補選与党完敗 文在寅レイムダック化

    NEXT MEDIA "Japan In-depth"

    04月10日 11:57

  8. 8

    24枚ににじむ小室圭さんの“悔しさ”  ネガティブなイメージは払拭されるのか

    文春オンライン

    04月10日 13:56

  9. 9

    「日本で働くから英語は要らない…」これからノーチャンスになる人の根本的勘違い

    PRESIDENT Online

    04月10日 11:43

  10. 10

    【ウォルマート】、戦友マクドナルドと決別!コロナ禍でそれぞれの成長ベクトルが乖離?

    後藤文俊

    04月10日 09:11

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。