記事

オバマ大統領の中東・北アフリカ演説が示す大胆な政策指針 - 渡部 恒雄

オバマ政権の中東・南西アジア・北アフリカ政策を取り囲む環境は、この数カ月めまぐるしく動いている。チュニジアに端を発した中東と北アフリカ諸国における民主化や反戦不運動を求める連鎖は「アラブの春」と呼ばれ、エジプトの政権交代、リビア空爆と目まぐるしく動き、バーレーンやシリアなどにも波及しており、地域全体を混迷させている。米国の立場も、チュニジア、エジプト、リビアなどでは、反体制派を積極的に指示する方向に舵を切ったが、バーレーンやシリアなどでは、さらなる混乱が、地域バランス、原油価格や中東和平などに大きく影響するケースでは反対派の支援に慎重な姿勢を見せるなど、微妙な対応を迫られている。しかも、そのような状況下で、5月1日にはオバマ大統領は、2001年9月11日の米国での同時多発テロの首謀者であるオサマビンラディンを捕捉・殺害する作戦を遂行した。これにより、オバマ政権とパキスタン政府との関係は緊張含みである。

 オバマ政権の外交目標の一つである中東和平交渉の推進も大きく揺らいでいる。パレスチナ自治政府において、対立してきたファタハとハマスが和解をして、統一の自治政府を目指すという方向を打ち出した。これは、ハマスをテロリスト集団として批判してきた米国やイスラエルにとっては、和平交渉のハードルをさらに上げることになった。

 このような難しい状況にありながら、5月19日に国務省で行われた中東・北アフリカ政策へのオバマ大統領演説では、オバマ政権はストレートな難局の解決へ政策方向性を示した。この政策演説への賛否はあるが、これまでの米国の中東政策の歴史を知る者にとっては、かなり思い切った姿勢を示しているといっていいだろう。

大きな反発を招いた中東和平交渉の大胆な提案



 まず、これまでの米国の中東政策の中心命題の一つは、イスラエルの安全保障と同盟関係の維持であった。イスラエルは建国当初から米国との関係が深く、ユダヤ系アメリカ人の国内政治への影響力の強さもあるからだ。したがって、パレスチナ自治政府との交渉においても、歴代の米国政権は、イスラエルの主張に大きく挑戦することはほとんどなかった。今回のオバマ演説でも、「これまでの歴史と共通価値に根差したイスラエルとの友好関係」に基づき、「米国のイスラエルの安全保障へのコミットメントは揺るぎがない」と確認をしている。また、国際舞台でのイスラエルへの批判に対しても、ともに立ち向かう、と述べた。ここまでは、特に、露骨なイスラエル寄りの姿勢が国際的に批判された前ブッシュ政権とあまり変わらない。
 
 しかし、オバマ大統領は、「友情ゆえに、真実をイスラエルに告げることは重要だ」とし、「パレスチナとの現状の維持は持続可能ではないし、自国の平和を永続させるためにも、イスラエルも、自ら大胆に政策を転換すべきだ」と述べている。そして大統領は、「イスラエルとパレスチナ自治政府との国境は、二国家の共存が相互に合意できる1967年以前の国境を元に交渉すべきだ」と述べた。(1)
 
 1967年の第3次中東戦争で、イスラエルはヨルダン川西岸地区と東エルサレム,エジプト領ガザ地区とシナイ半島,シリア領ゴラン高原を占領した。その後、1973年の第4次中東戦争が勃発し、イスラエルは後半巻き返したが、アラブ諸国は緒戦で優位に立ち、戦力の近代化の成果をみせた。1978年のキャンプデービッド合意において、イスラエルはシナイ半島をエジプトに返還したが、ヨルダン川西岸、ガザ地区、ゴラン高原、東エルサレムの領有を主張している。オバマ演説の示す1967年以前の国境というのは、東エルサレム、ヨルダン川西岸地区、ガザ地区、ゴラン高原における、イスラエルの譲歩を求める内容といえる。
 
 これはイスラエル、特に保守派にとっては受け入れにくいものだ。オバマ演説の翌日の20日、ホワイトハウスでイスラエルのネタニエフ首相がオバマ大統領との会談を行ったが、オバマ大統領の提案を拒絶し、記者会見で「空想に基づく和平は、中東の現実という岩礁によって打ち砕かれる」と述べ、極めて冷たい会見となった。

 ただし、オバマ大統領は、イスラエル側にだけ厳しい態度をとっているわけではない。19日の演説の中で、オバマ大統領は、ファタハとハマスというパレスチナで二つの敵対する集団が和解に合意したことについても、「ハマスというイスラエルの生存権を認めていない相手と交渉することはできないというイスラエルの疑問は正当だ」として、ハマスとファタハに譲歩を求めている。実際、オバマ演説はかなりイスラエルに厳しい内容にもかかわらず、パレスチナ側からも大きな反発を受けている。特にオバマ大統領は、イスラエルを「ユダヤ人のホームランド」と呼んだことが反発を受けているようだ。オバマ演説では、パレスチナ難民問題にはあえて踏み込まなかったが、間接的には パレスチナ難民のイスラエルへ帰還する権利を否定することを意味すると理解されているからだ。(2)
 
 オバマ大統領が1967年より前の国境線を基に交渉という姿勢は、これまで歴代の大統領は正式には提案してこなかったことで、イスラエルにはかなりのショック療法だったといえる。ただし正式ではないが、1967年の前の国境線に戻るという交渉の仕方については、ブッシュ前大統領をはじめ、これまでそれなりに議論されていることであり、保守派リクードのネタニエフ首相はともかく、イスラエル全体が反発しているわけでもない。  
 
 5月22日に、オバマ大統領は、米国政治に大きな影響力を持ち、全米でも指折りのユダヤ系圧力団体であるAIPAC(米国・イスラエル公共問題委員会)で演説を行い、その内容を説明した。オバマ大統領は、1967年以前の国境という提案の意味は、1967年6月4日に存在したものとは異なる国境線を、イスラエルとパレスチナが交渉するという意味だと述べた。第三次中東戦争でイスラエルが軍事行動を起こした日が6月5日で、これにより、ヨルダン川西岸、ガザ地区、東エルサレムを獲得している。オバマの意図は、必ずしも、イスラエルが、これらの地域のすべてを譲歩する必要はないというメッセージとなり、AIPACのメンバーは、オバマ演説に拍手を送り、安心して帰途についたと報じられている。(3)
 
 オバマ大統領が、22日のAIPAC演説で19日の国務省演説より多少、表現を弱めた訳は、国内政治を意識していてのことだろう。この点、オバマ大統領自身がAIPAC演説で率直に語っている。国務省演説での「オバマ政権の主張がここ2・3日の大論争になっているのは私も承知している」として会場の笑いを誘った上で、「来年に再選を控えた米国大統領が行うもっとも楽な方法は私もよく知っている」としながらも、「現在の中東情勢は交渉の遅れを許されない状況にあり、真の友人だからこそオープンに正直に話しあうべきで、これはネタニエフ首相にも伝えたし、それを皆さんとも共有したい」と語った。(4)
 
 ユダヤ系の政党支持は歴史的に民主党が強く、オバマ大統領も、2008年の大統領選では80%のユダヤ票を獲得している。したがって、選挙を睨めば大きなリスクといえるが、それでも信念を貫いている姿勢は立派なことだ。その背景には、共和党の対抗馬に強敵が出現していないことや、ビンラディン捕捉・殺害作戦のリーダーシップによる信頼性と支持率の上昇など、オバマ大統領自身が上げた政治得点にも助けられていると考えられる。

「アラブの民主化」を前面支援



 さて、19日のオバマ大統領の国務省での中東・北アフリカ演説のもう一つの大きな目玉は、地域の政権の民主化支援を大きく打ち出したことだ。これまでは、中東における米国の政策は、イスラエルと和平を結び、米国との軍事協力を推進してきたエジプト、サウジアラビア、バーレーン、ヨルダンなどのアラブ国家のとの良好な関係維持がひとつの柱であり、これらの国家は独裁国家であったが、中東地域のバランスを米国優位に進めることや、エネルギー供給の確保ということも考慮し、国内の非民主的な体制や人権の侵害などをあえて批判することは避けてきた。しかし、オバマ演説は、「アラブの春」のさきがけになったチュニジアで自殺した青年の例は、中東・北アフリカ地域全域にわたる事例であり、市民の尊厳と否定する独裁政府を批判した。そして、政府と反政府デモが衝突しているバーレーンについても、「バーレーンは米国がその安全保障に深くコミットしてきたパートナーだし、イランが混乱を利用しようとしているのは認識しているが、政府と反政府勢力が対話を持つことしか問題の解決と前進はない」と、オバマ大統領は主張している。
 
 おそらく、この民主化支援にしても、米国の中東での重要なパートナーであり、重要な産油国であるサウジアラビアを混乱にさらしてまで、民主化支援を行うようなことはできないだろうし、先に見たAIPACでの妥協のように、それなりの現実姿勢も示すだろう。しかし、オバマ大統領が、国務省演説で、明確に中東での民主化支援と普遍的な人権の擁護を主張したことは、歴史的にも国際関係的にも、大胆なものであったといえるだろう。この演説は、同時通訳でアラビア語とペルシャ語に通訳されて地域に発信されている。

 このように、オバマ大統領は、きわめて難しい状況にある中東・北アフリカ情勢についても、民主化支援という米国の建国以来の基本姿勢は崩さず、同時に柔軟な政治性も見せて、難局を乗り切ろうとしているようだ。中東和平も、先送りよりは、事態を前に進めようという意思が、伝わってくる。「アラブの春」も、「中東和平」も、現実は予断を許さないほど複雑ではあるが、すくなくともオバマ演説で示された米国のポジション取りは、かなり戦略的かつ現実的なものに思われる。
 
(1)“Remarks by the President on the Middle East and North Africa” at State Department, Washington, D.C. May 19, 2011.
(2)”Palestinians have problems with Obama’s Mideast speech, too-especially over ‘Jewish state’ By Associated Press, May, 23 2011, The Washington Post Website
(3)“Obama seeks to reassure Israel on Mideast policy in speech at AIPAC conference” May, 23, 2011 The Washington Post
(4)“Remarks by the President at the AIPAC Policy Conference 2011” at Walter E. Washington Convention Center, May 22, 2011

トピックス

ランキング

  1. 1

    宮崎美子の才色兼備ビキニに脱帽

    片岡 英彦

  2. 2

    見直し当然?野党ヒアリング紛糾

    BLOGOS しらべる部

  3. 3

    「官邸TV監視」赤旗スクープ称賛

    BLOGOS しらべる部

  4. 4

    社民党分裂 背景に立民の左傾化

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

  5. 5

    ブラタモリに失望 忘れられた志

    メディアゴン

  6. 6

    田原氏 野党は安易な反対やめよ

    たかまつなな

  7. 7

    小沢一郎氏は共産党の用心棒役か

    赤松正雄

  8. 8

    岡村隆史が結婚「素敵な方です」

    ABEMA TIMES

  9. 9

    安倍前首相の嫉妬が菅首相脅威に

    文春オンライン

  10. 10

    ほんこん 政治的発言をする理由

    マイナビニュース

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。