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医療事故調問題の本質2: 問題の核心は医師法21条ではなく刑法211条

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この文章は月刊「集中」12月号から転載しました。

小松 秀樹
2012年12月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

医療事故調をめぐる議論はなぜ出てきたのか

1999年の横浜市立大学病院事件、都立広尾病院事件以後、2008年8月の大野病院事件判決まで、多くの医療事故が刑事事件として扱われた(1)。

広尾病院事件の報道を受けて、厚労省が医師法21条の解釈を変更した。医師法21条は「医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定している。そもそも、故意犯罪の発見を容易にするための規定だった。1949年、厚生省医務局長通知で「死亡診断書は診療中の患者が死亡した場合に交付されるもの」であり、「死体検案書は、診療中の患者以外の者が死亡した場合に、死後その死体を検案して交付されるもの」として、診療関連死は医師法21条の届出対象ではないと判断していた。

2000年、厚生省の国立病院部政策医療課が、リスクマネージメントマニュアル作成指針に「医療過誤によって死亡又は傷害が発生した場合又はその疑いがある場合には、施設長は、速やかに所轄警察署に届出を行う」と記載し、医師法21条の解釈を変更した。これによって届出が増加した。

警察は届出を犯罪者の自首と同様に捉えた。警察は、その性質上、届出があると犯罪を立証しようと努力する。2000年以後、厚労省の指針にしたがって届出を行なった多くの病院が、警察の乱暴な捜査を受けることになった。しかも、刑法211条業務上過失致死傷罪は、医療との相性が良く、簡単に構成要件該当性(予見義務違反、結果回避義務違反)を言い立てることができる。現在の医師法21条問題の発端は、報道に過剰反応した行政官の判断ミスに起因している。あろうことか、厚労省は自らの判断ミスを、権限強化につなげようとした。

当時、刑事事件の破壊力に多くの医師がおののき、医療事故調の設立を訴えた。私もその一人だった(『医療崩壊 立ち去り型サボタージュとは何か』(朝日新聞社)。これは極めて危険な間違いだった。医師の恐怖に乗じて、厚労省が医療事故調の設立に動いた。その後の厚労省の動きからは、権限強化が狙いだったと推測される。

医療事故調が行政処分に連動されると、医療は行政による統制下に置かれることになる。現在、医師に対する行政処分は医道審議会で決定されている。かつて、行政処分は、刑事処分が確定した医師に限定されていた。処分の根拠を司法に求めていたのである。医道審議会は、処分1件当たり、5分程度の審議だけで、事務局原案をそのまま認めてきた。2004年、慈恵医大青戸病院事件で刑事罰が確定していない医師に処分を拡大した。長年の願望をメディアの暴走に乗じて実現した。同時に、医道審議会が報道の影響を受けやすいことを示した。

2010年1月、厚労省は、東京女子医大事件の冤罪被害者である佐藤一樹医師に対し、行政処分を前提に、「弁明の聴取」を行おうとした(2)

佐藤医師は東京女子医大事故調査委員会の報告書をきっかけに、90日間逮捕勾留され、7年間、刑事被告人の立場を強いられた。刑事裁判を抱えつつ、多くのメディアを代理人なしの個人訴訟で訴えた。佐藤医師を被告とする刑事裁判の控訴審は佐藤医師の主張に沿った判断を示した。検察は上告を断念した。

佐藤医師は、東京女子医大と東間紘東京女子医大事故調査委員会委員長を、名誉毀損で訴え、実質勝訴の和解を勝ち取った。大学側から「衷心より謝罪する」との文言を引き出した。日本の医療を崩壊から救った最大の功労者である。

その佐藤医師に対し、外部からの圧力に応じる形で、当時の医政局杉野剛医事課長が、医師資質向上対策室の反対を押し切って、処分を強行しようとしていると伝わってきた。7年に及ぶ裁判での審理を無視して、事件の報道を背景に簡単な手続きで行政処分を実施しようとしたと理解される。幸い、有志の言論活動によって「弁明の聴取」は未遂に終わった。「弁明の聴取」事件は、行政処分が恣意的で危険であることを広く知らしめた。

「弁明の聴取」事件の3年前、2007年4月、厚労省の「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」が発足した。「医療事故調」設立のための検討会である。当時座長を務めた前田雅英氏は刑法学者である。私との2007年8月14日の読売新聞紙上での議論では、医療事故調を、「法的責任追及に活用」すべきと主張した。法的には問題ある主張だったが、彼は正直だったと思う。厚労省の意図を正確に伝えた。2007年から2008年にかけて大々的に検討されたが、反対が多かったため議論が一旦終息した。

この間、警察は乱暴な捜査と科学に対する理解不足によって、社会の信頼を大きく損ねた。白鳥陽一警部は、東京女子医大事件、慈恵医大青戸病院事件などいくつもの大きな医療事件を担当し、医療機関捜査の第一人者とされたが、品川美容外科事件で捜査情報を漏らしたとして逮捕された。品川美容外科には複数の元警察官が就職していた。白鳥警部は、三宿病院事件の捜査中、「これから病院も患者とのトラブルなどで大変なことも多いだろうし、警察が介入することも多くなるだろうから、対策として警察のOBを雇ったらどうか。そうしている病院もたくさんあって喜んでもらっている。今、適当な人がいるが、年俸600万円でどうか」と病院側に持ちかけた(3)。女性看護師を連夜、酒席に呼びだすようなこともあった。就職斡旋を断った院長に対し、書類送検や記者発表などで、報復 とも思える対応をした。元院長は、「人間の優れて自律的な機能が、ある職業集団から失われつつあるとしか思えないとき、適正な行動を担保するものは『他人の目・世間の目』しかない(4)」として、捜査の全過程の可視化を訴えた。

医師法21条の死体の検案とは

司法も多くを学んだ。東京女子医大事件、杏林大学割り箸事件、そして何より大野病院事件の判決は、医療裁判を落ち着いたものにするのに役立った。

大野病院事件の判決は、副次的に、医師法21条(異状死体の届出)について分かりやすい判断を示した。「本件患者の死亡という結果は、癒着胎盤という疾病を原因とする、過失なき診療行為をもってしても避けられなかった結果と言わざるを得ないから、本件が、医師法21条にいう異状がある場合に該当するということはできない」とした。過失があったと判断しなければ届け出る必要はないことになる。

医師法21条問題については、都立広尾病院事件の当時の院長を被告とした裁判において本格的に議論され、すでに最高裁で判断が下されている。

東京女子医大事件の佐藤一樹医師は、2012年9月15日、日本医学ジャーナリスト協会の公開シンポジウム「医療事故報道を検証する」で、都立広尾病院事件の判決内容とメディアの誤報道について発表した(5)。

佐藤医師は、医師法21条は「異状死体」の届出についての法律であって、「異状死」の届出についての法律ではないと釘を刺す。最高裁判決が、東京高裁判決を支持して、「医師法21条にいう死体の『検案』とは、医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい、当該死体が自己の診療していた患者のものであるか否かを問わない」としたことを取り上げ、文字通り死体の外表を検査することが死体の「検案」であるとする主張を展開した。外表に異状がない場合に届出義務が発生しないとすれば、医療関連死の大半は届出の対象外になり、医師法21条が医療を壊すことにはならない。

都立広尾病院事件とは、看護師が、ヘパリンと間違えて消毒液であるヒビテンを静脈注射したため、1999年2月11日、午前10時44分に患者が死亡した事件である。裁判の争点の一つが医師法21条異状死体届出義務だった。

以下、東京高裁判決に沿って事件を再現する。主治医は、患者の死亡時に、看護師が消毒液を注射したこと、その直後に死亡したことを認識していた。院長は関係者と協議の上、一旦、警察に届け出ると決めたものの、東京都衛生局病院事業部から「これまで都立病院から警察に事故の届出を出したことがないし、詳しい事情も分からないから、今からすぐに職員を病院の方に行かせる」との連絡を受け、最終結論は病院事業部職員との協議の上決めることになった。病院部副参事が「これまで都立病院では届出をしたことがない。職員を売るようなことはできない、衛生局としては消極的に解釈している」旨発言したため、警察への届出をしないまま、遺族の承諾を得て病理解剖を行うことになった。病院から警察に届け出たのは、死亡後11日目の2月22日だった。

2月12日午後1時、病理解剖開始。右手前腕の数本の皮静脈の走行に沿って、幅5~6ミリ前後の赤褐色の皮膚斑が視認された。主治医は、前腕の皮膚斑を見て、驚いた様子であり、皮膚斑をポラロイドカメラで撮影した。解剖を執刀した病理医は、院長らに対し、薬物の誤投与によって死亡したことは間違いないと確信を持って判断できる旨報告した。高裁判決は、「異状性の認識については、誤薬の可能性につきE医師(蘇生に当たった当直医師)から説明を受けたことは、上記事実関係のとおりであるが、心臓マッサージ中にA(死亡した患者)の右腕の色素沈着にD医師(主治医)が気付いていたとの点については、以下に述べるとおり証明が十分であるとはいえない」としている。その上で、「同人は警察官調書謄本(当審検察官請求証拠番号4)においては、右手静脈の色素沈着につい ては、病理解剖の外表検査のとき初めて気付いた旨供述し、原審公判及び当審公判においても同旨の供述をしていること、L医師(病理医)の原審証言には、上記1のとおりこれに沿う内容の証言があることなどに照らすと、D医師は、当時、右腕の異状に明確に気付いていなかったのではないかとの疑いが残る。以上によれば、同日午前10時44分ころの時点のみで、D医師がAの死体を検案して異状を認めたものと認定することはできず、この点において原判決には事実誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。」

東京地裁は、主治医が、患者の死亡時には経過の異状性を認識し、心臓マッサージをしている間に外表の異状、すなわち、右腕に色素沈着があることを認識していたので、10時44分に届出義務が生じたと判断した。しかし、東京高裁は、死亡時には、経過の異状性を認識していたが、外表の異状を認識していなかったので、死亡時の10時44分に届出義務は生じず、皮膚斑を明確に認識した病理解剖時に届出義務が発生したと判断した。事実誤認を理由に東京地裁判決を破棄したが、あらためて元院長を有罪とした。最高裁は東京高裁判決を支持し、元院長の上告を棄却した。

最高裁判決、東京高裁判決を語句通り解釈すると、死体の検案に経過の異状の認識は含まれず、外表検査だけを意味することになる。

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