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マリナーズ時代のイチローが毎朝カレーを食べていた脳科学的な理由

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どんなにツイッターが炎上しても「10キロ走る」

私自身が一日のうちで大事にしているルーティーンは、10キロ走ることです。

どんなに仕事で行き詰まっても、どんなにツイッターが炎上しても、10キロ走ることで、気持ちが全く変わってきます。

作家の方では、午前中に仕事をして、午後はもうやらない、という人が多いようです。

例えば、本を書くことはとても時間がかかる仕事です。

長い期間仕事を続けなくてはならないので、フルマラソンを完走するのにペース配分を考えるのと同じで、仕事の時間配分をする。だから作家でも、芸術家でも、学者でも、仕事のルーティーンがはっきり決まってくる場合が多いのです。

哲学者イマニュエル・カントは、毎日規則正しい暮らしをしていて、決まった時間に散歩をしていたそうです。

あまりにもその時間や経路が正確だったために、彼の暮らしたドイツ・ケーニヒスベルクの街の人は、「カント先生が通ったから、お茶の時間ね」などと、彼を時計代わりにしていたといいます。

難しいことを乗り越えるときに、ルーティーンがあると、心を楽にしてくれます。それを着々とやっていけば、緊張の重苦しい時間が着々と過ぎていくのです。

トップアスリートは「無意識の声」に耳を傾ける

他には無意識を整えるのに、どんなことが有効でしょうか。

脳には、体の末端から上がってくるボトムアップの情報プロセスと、意識が体に伝えようとするトップダウンの情報プロセスの両方があります。

ボトムアップのプロセスは、その日の調子とかスランプとか、自分にどうしても与えられてしまう条件のようなものです。他方、トップダウンのプロセスは、ボトムアップのその報告を聞いて、意識的にそれをコントロールしようとするプロセスです。

トップアスリートは、毎日意識が、自分の調子を無意識のほうに聞いて、その答えによって、その日どういう練習を自分に課すか決めているところがあります。無意識の答えによっては、練習を早めに切り上げることもあるようです。

私はアスリートではありませんが、毎日10キロを走る身として、そう決めてはいるものの、その日の気温などの条件、体調によって、今日は暑いから早朝に5キロ、夕方5キロにしてみよう、とか、今日はこれだけの仕事をどうしても終わらせなければならないから、10キロ走る時間がとれないけれど、全く走れないよりましだから3キロでもいいから走ってこよう、とか、意識が無意識と対話をしています。

朝日の中で芝生の上をランニングする人の足
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BrianAJackson

無意識のセットアップには「対話」が大切

無意識を良い状態にセットアップするのには、普段から意識と無意識とがよく対話していることが大切です。自分の無意識がどういう性質を持っていて、どういうことを課すとどういう反応をするのか、確かめていくことで、無意識を上手く整えることができるようになっていくのです。

先の「ルーティーン」というのも、意識が無意識と対話していった結果、自分は毎日このメニューでいくのがいいと、決まっていったはずです。実際、自分と対話ができる能力がある人は、優れた成績を残すことが多いのです。

私は、さまざまな人に相談を受ける機会があるのですが、自分の無意識を把握できていない人、無意識の言いなりになっている人、そして逆に、意識が無意識を抑え込もうとしている人というように、無意識と意識とがしっかり対話ができていない人が多いと感じます。

例えば「こうあるべし」という意識が強すぎて、体のほうが「いや、それは無理でしょう」と言っているのに、それでも続けて、体に無理が溜まって体調を崩してしまう。結局成し遂げられない、という人がいます。

また体に好き放題させるだけで意志がなく、どこにも向かっていくことができないような人がいます。

「こうあるべし」という思いの危険性

どうしても何か成し遂げるためには、意識が「あっちのほうへ向かおう」「これを成し遂げよう」と方向を指し示さねばなりません。

茂木健一郎『緊張を味方につける脳科学』(河出新書)
茂木健一郎『緊張を味方につける脳科学』(河出新書)

しかし全く無意識の意見を聞かないで、「こうあるべし」とだけ言っていても叶うことではありません。また「こうあるべし」という思いの強すぎる人は、自分の無意識だけではなく、それを他人にも押しつける傾向があります。

よく親が子供に「こうしなさい」「ああしなさい」と言っていて、子供の様子を本当に見ていたらそれは無理だとわかるのに、させ続けて、子供の成長を止めてしまっている場面を見ます。

また会社の上司が部下に、部下の状況や体調を無視した命令を出し続けて、結局チームワークが上手くいかなくなって、仕事の効率が上がらない、ということもあります。

トップアスリートは、いくらメダルを取るために全速力で走ろうと決めても、部下である自分の体がそう簡単には言うことを聞いてくれない、と身に染みてわかっている人たちです。だからムチャなことは言わないで、対話を重ねて、無意識を整えていくのです。

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茂木 健一郎(もぎ・けんいちろう)
脳科学者
1962年東京都生まれ。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学理学部、法学部を卒業後、同大学院理学系研究科物理学専攻課程を修了。博士(理学)。「クオリア(意識における主観的な質感)」をキーワードとして、脳と心の関係を探求し続けている。『脳と仮想』(新潮社)で第4回小林秀雄賞受賞、『今、ここからすべての場所へ』(筑摩書房)で第12回桑原武夫学芸賞受賞。
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(脳科学者 茂木 健一郎)

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