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超金融緩和で支えたマネー市場に「アメリカ景気回復」という皮肉なリスク - 滝田洋一

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3月29日、野村ホールディングスは米子会社と顧客の取引で約2200億円の損害が生じる可能性を発表した。日米欧の国際金融のプロたちが総掛かりでコロナ禍対応の超積極財政と超金融緩和のセットで経済を支える中、株式・債券市場の水面下では米中対立、米景気回復がもたらす金利上昇、そしてサウジアラビアによる原油市場の価格操作といった火種が燻り続けている。

 ブロック取引(証券会社との間の大量取引)による嵐のような売りが、3月26日の米国株市場を揺さぶった。引き金はゴールドマン・サックスによる大口売り、モルガン・スタンレーなどが後を追った。大手投資会社のアルケゴス・キャピタル・マネジメントが先週、保有株の下落で打撃を被り、ゴールドマンを通じて105億ドル(約1兆1500億円)もの株式を投げ売りしたという。

 そんななか週明けの3月29日、野村ホールディングスが米国の顧客との取引で巨額損失が生じる可能性を発表した。3月26日の市場混乱が引き金で、野村からその顧客に対する請求額は26日時点の市場価格ベースで約20億ドル(約2200億円)にのぼる。

 野村はヘッジファンドに対して金融サービスを提供するプライムブローカレッジと呼ばれる業務のアクセルを踏んでいた。アルケゴスに対しても融資などの形で関与していただけに、巨額損失を出したとしても不思議ない。それにしてもアルケゴスの保有していた百度(バイドウ)など中国銘柄に対する売り背景には、米中対立によりこれら中国企業が米証券取引所で上場停止となる可能性が指摘されている。

 売りの火砕流に飲み込まれたアルケゴス保有銘柄には、バイアコムCBSやディスカバリーなど人気だった米メディア銘柄もある。2008年9月のリーマン・ショックの前にも、ゴールドマンはウォール街の大手金融機関のなかで早くからまとまった株式の売りに出ていた。今回もゴールドマンのブロック取引の大量売りは気になるところ。市場変調の兆しなのだろうか?

「異次元緩和」がなければ過去8年は「ゼロ成長・ゼロインフレ」

 今回の騒動の背景にあるのは、「証拠金債務(マージン・デット)」つまり株式を購入するための借り入れの積み上がりである。つまり、①投資家がある株を100買い、それを担保に50の資金を借り同額の株を買う、②そして、それを担保に25の株を買う、③さらに、それを担保に12.5の株を買う……。これを続けると、投資家は結局は元手の2倍まで株を買える。株価が上昇すれば、担保価値が上がるので、さらに借り入れができる。逆に、株価が下がれば、担保価値が下がって追証(追加担保)の差し入れが必要となる。

 この証拠金債務は今年2月には前年同月比で50%も急増している。最高値圏にある米国株は、総額8000億ドル(約88兆円)に達する証拠金取引の上に築かれた「カードの家」である。株価の上昇には乗り遅れたくないが、いったん空中の楼閣から足元を見ると借金の山に目がくらむ。米国の投資家たちは今、そんな心境にある。

 良い話と悪い話、どちらから聞きたい? バブルのリスクを承知で株式を買い上げている投資家の気休め材料があるとしたら、主要国の政策担当者に手慣れた面々がそろっていることだろう。2021年は国際金融のプロたちが要職を担う、一種の「惑星直列」が生じている。1枚の写真から始めよう。

黒田東彦日銀総裁、ジャネット・イエレンFRB議長(現、米財務長官)、マリオ・ドラギECB総裁(現、イタリア首相)。2017年8月、ジャクソンホールでの金融当局者会合で筆者撮影

 17年8月、米ワイオミング州のジャクソンホールで開いた恒例の金融当局者の会合である。会合は秘密会だが、コーヒーブレーク時に当時のジャネット・イエレンFRB(米連邦準備理事会)議長、マリオ・ドラギECB(欧州中央銀行)総裁、黒田東彦日銀総裁の3人が談笑する姿を報道陣にアピールしたのだ。スマホで撮影したその時の写真だ。

 ジャクソンホールの三銃士とその仲間たちが今ほど政策のカジ取りの前面に出ている時はない。ジャクソンホール・プット(市場の安定役)である。

「長短金利操作の誘導目標を変更するつもりはない」。21年3月5日の衆議院財務金融委員会で、黒田日銀総裁はそう明言し、日本の長期金利上昇に歯止めをかけた。折しもジェローム・パウエル議長が米長期金利の急上昇をけん制し切れなかった後だっただけに、世界的な金融市場の動揺連鎖を日本で食い止めたともいえる。

 そして3月19日の日銀金融政策決定会合。日銀は上場投資信託(ETF)購入と長期金利誘導の微調整を決めた。株式のETFについては、年6兆円という購入のメドを取り払った。株高局面は購入を見送り、市場の混乱時に積極的に買う姿勢を明確にしたのである。

 長期金利の変動幅は0.05%ほど広げたが、これは金利が大幅に上昇する場面での「連続指し値オペ制度」と合わせ技だ。連続は無制限に切れ目なく、指し値は固定金利、オペは購入のこと。つまり国債を固定金利で無制限で買い入れる措置を連続して行うものだ。

 ともに金融緩和の長期化に備えた決定。黒田総裁の残りの任期2年もいわゆる異次元緩和を続けるメッセージといえよう。実は13年4月に黒田日銀が異次元緩和に踏み切ってこの方、この異形の金融政策が独りで日本経済を支えてきた。今の局面でハシゴは外せない。

 日銀の試算によれば、異次元緩和による実質成長率の押し上げ効果は年平均0.9~1.3%、消費者物価押し上げ効果は同0.6~0.7%だった。これを実際の日本経済と比べると、黒田緩和抜きでは、ゼロ成長、ゼロインフレだったことが判明する。

 アベノミクスの成長戦略とは何だったのかと批判する向きもあろうし、2回にわたる消費税増税が成長戦略に水を差したとの指摘もあろう。ここではその当否には立ち入らない。有効求人倍率、物価上昇率、米長期金利をもとにはじいた自然体の長期金利が1%程度となるところを、日銀は国債の大量購入で長期金利はほぼゼロ%に押し下げた。差し引き1%分、金融を緩めたとだけ記しておこう。

 この金利低下で景気を支えたのだが、日銀の分析によれば、その波及経路は企業などの資金調達コストの低下による分が33%、株価による分が36%、為替による分が20%である。黒田日銀が株式や為替など金融市場への働きかけを重視してきたことが理解できるだろう。これが「黒田プット」である。

欧州でも長期金利安定はメインテーマ

 さて写真で向かって右のドラギ氏。19年10月末までECBの総裁を務めた後、21年2月には母国イタリアの首相となった。「ユーロを守るためには何でもやる」。欧州政府債務危機のさなかの12年、ECB総裁だったドラギ氏はそう宣言し、14年にはマイナス金利政策を導入した。

 今またコロナ禍で経済が土俵際に立つイタリアの首相に引っ張り出され、欧州連合(EU)から救済資金を導入するための人的担保となった。現金なもので、ドラギ氏の首相就任を機にイタリア国債のリスクプレミアム(危険性の上乗せ分)が解消し、ドイツ国債との利回り格差が縮小した。「ドラギ・プット」である。

 そこまでならEU域内の話にとどまるが、今年21年はイタリアが主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の議長国である。G20サミットは21年10月にローマで開くが、コロナ禍で傷ついた世界経済の立て直しには、ドラギ氏の国際金融人脈をフルに動員するほかない。

 その筆頭格はECBでドラギ氏の後任総裁になったクリスティーヌ・ラガルド氏だろう。ラガルド氏は前国際通貨基金(IMF)専務理事。世界経済と国際金融の火消し役を務め、ドラギ氏とはツーカーである。ラガルド氏は「国債利回りを注視している」と述べ、コロナ禍で苦しい欧州の長期金利の安定維持に腐心した。有言実行。3月11日のECB理事会では資産購入のペースを速めることを決め、利回り上昇のけん制に動いた。

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