自堕落でハッピーな日々を送る「カエルのペペ」がネットで人気に
『フィールズ・グッド・マン(FEELS GOOD MAN)』という映画(*1)を見てきた。この作品は、カエルの「ペペ」というキャラクターと、その作者が辿った数奇な運命を描くドキュメンタリー映画である。
ペペはアーティストであるマット・フューリー氏の漫画に登場するキャラクターだ。漫画の中で彼は気の合う仲間と少し自堕落でハッピーな毎日を過ごしている。ペペはマットの分身ともいえるキャラで、彼を取り巻くキャラクターたちも彼の友人をイメージして作られている。
そんな漫画をインターネットで公開してしばらくすると、筋トレ自慢マッチョマンたちがペペの「feels good man(気持ちいいぜ)」というセリフを使って自分たちの筋肉を公開するようになった。
ペペはネットで徐々に有名になっていった。そしてアメリカの匿名掲示板「4chan」において、孤独で寂しい自分を表すアイコンに変化して人気に。しかし孤独で寂しいペペは、やがてリア充に対する怒りを表明し始めた。

ヘイトシンボルになってしまった「カエルのペペ」
そんなペペに目を付けたのが、当時大統領候補だったドナルド・トランプの選挙陣営だった。トランプが大統領選への出馬を表明すると、ネットではトランプに扮したペペが描かれ、拡散されるようになった。トランプ陣営は選挙戦略としてペペを利用し、保守的なネット民たちに対して、「自分はキミたちの味方だ」と示したのである。結果、ペペはトランプの白人至上主義的スタンスの下で、人種差別主義者たちのアイコンとして利用されるに至った。
こうした流れの中でペペはアメリカのユダヤ人団体、名誉毀損防止同盟によって「ヘイトシンボル」として認定されてしまう。これによりペペは正規ルートでのキャラクターとしての商品価値を失ってしまったのである。
しかし、作者の意図を無視したペペはネット中にも現実にも溢れ続けた。そして2016年のアメリカ大統領選挙でトランプは勝利。ペペを政治利用した人たちは、春を謳歌することになる。
作者でも対抗するのが難しい「キャラクターの乗っ取り」
その後マットは、ペペからなんとかヘイトの意味合いを無くそうと努力するが実らず、最終的には自分のキャラクターの葬式を漫画に描くことになってしまう。しかし、オリジナルのペペが死んでも、複製されたネットミーム(編注:ネット上でコミュニケーションの媒介として使用される模倣的な表現のこと)としてのペペは決して死ぬことはない。ここに完全なる「キャラクターの乗っ取り」が成立してしまったのである。
さて、映画自体はトランプ政権下で終わるが、ご存じの通り2020年の大統領選でトランプは敗れる。トランプ支持者はトランプの敗北を「バイデンの不正選挙」というネット上のデマで覆す活動を続けるが、現実に不正選挙は認められることはなく、2020年12月の選挙人投票でバイデンの勝利は確定した。
だが、2021年1月6日。選挙に勝利したバイデンを連邦議会が次期大統領として正式に認定しようとしたところに、トランプ支持者たちがなだれ込み、一時的に連邦議会議事堂を占拠するという、アメリカの民主主義を揺るがす連邦議会襲撃事件が発生するのである。
キャラクターを利用してネタ的に本音を発信するネット民たち
映画を見ていて気づくのは、ペペというキャラクターを無断盗用して自分たちにとって都合の良い話ばかりする人たちがやっていることの異様な軽さと、それによって引き起こされることの異様な重さの落差が激しすぎるという点である。
2014年にカリフォルニア州で起きた銃乱射事件(*2)で、当時22才だった犯人・エリオット・ロジャーは犯行前に動画で犯行理由を「女性にモテず、不公平であること」と語っていた。この事件をきっかけに、「非モテ」のアメリカ版ともいうべき「インセル」の存在が日本でも知られるようになった。当時、この犯行理由を知った彼と同じ立場の男性たちは、彼を「仲間」として祭り上げ、銃を乱射するペペのイラストをネット上で拡散していた。
彼らはペペというキャラクターに、自分たちのほの暗い「本音」を乗せて発信をしている。しかし、いざそれが本音かと問われたときには「それはカエルのキャラに乗せたジョークに過ぎないのだから本気に取るなよ」という、日本でいえば「ネタにマジレス乙!」という逃げ道を確保している。
こうして彼らはカエルのキャラクターのイラストを描いたり拡散したりするだけで、容易に他者に対する見下しや嘲笑、そして差別といった悪意を平気で表明する術を得たのである。こうしたある種のムードが、連邦議会襲撃事件に加担していた人たちや、それを見たはずのトランプ支持者たちが、今なお自分たちが引き起こした事態を正面から認識していない「軽さ」にも繋がっていることはいうまでもない。

憂鬱な日々を送る人々がトランプに求めた「えこひいき」
また、4chanの中でペペが愛好されていた頃は、ネット民たちの「リア充への妬み」が同調性の依り代だったはずである。
ところが「リア充」への妬みや嫉みから救済を求めた先が、結果として家族を持った大富豪というリア充の頂点のような存在である「ドナルド・トランプ」だったというのはいささか奇妙に感じないだろうか。
しかしこの原因はハッキリしている。
彼らは「公平な社会のシステム」において、自らの人間としての評価が極めて低く、査定の外に追いやられていると感じている。つまり彼らは恋人や家族を得ることを望みながら「公平な評価として、自分だったら自分を恋愛対象に選ばない」と感じているのである。その公平な評価が覆されるのは唯一「個人が自分をえこひいきしてくれる場合」である。彼らはそのえこひいきをリア充の王たるトランプに求めた。
漫画の中のペペたちが、決して「リア充」とはいえなくても友人と気楽に生きていたのと正反対に、ペペというミームを用いた彼らは、リア充を羨望と僻みのまなざしで見つめていた。そこに自分たちのミームであるペペを共有してくれるドナルド・トランプという「僕らのことを理解する優しいリア充」が現れたのである。

同じ大統領候補でもヒラリー・クリントンは最高でも自分たちを公平にしか扱ってくれない。だからこそ彼らはトランプに対して「ひいきして個人的に僕を救ってくれること」を望んだ。そしてその「ひいき」の現実的な姿こそが、女性や黒人、アジア系やヒスパニックといったマイノリティに対する、人種差別的な視座なのだ。
トランプは公平で平等な社会を否定的に扱うことで、憂鬱な日々を送る人々に希望の光を当てた。もちろんその光はまやかしで、彼らは票田として利用されただけだったことは明らかであるのだが。
こうして4chan時代は「寂しい僕たちのアイコン」だったペペは、人種差別主義者たちのアイコンとして、ネット上に君臨することになったのである。
『FEELS GOOD MAN』のような事態は日本でも起こりうる?
これはアメリカの話だが、日本でもアニメのキャラクターや漫画の1コマに自分の本音を語らせる人、すなわち自分の言葉や自分の責任で語ることができない人は多い。そうした人たちが既存のキャラクターに特定のイメージを載せ続けることで、自分たちにとって扱いやすい存在として作り替え、悪意の隠れ蓑として利用する問題が発生しないとも限らない。
アメリカで大々的に発生したことは、やがて日本でも同じように起こりうる。この映画の内容を読み解くことで、今後のネット上で起こりうる問題を理解する他山の石となるだろう。
*1:『フィールズ・グッド・マン』公式ホームページ
*2:加州の銃乱射事件、被疑者は超おぼっちゃま。父親はなんと『ハンガー・ゲーム』の助監督(Techinsight)