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「地元最高!」組との温度差なぜ?上京組ネット民が地方/田舎を毛嫌いする理由

インターネットの風物詩:地方/田舎ディス

主として東京などに移り住んだ若者たちによる熱烈なまでの「地方」ディスをしばしば見かけることがある。彼・彼女たちは、さまざまな意味において地方が「遅れた」存在であるかを熱心に説いてやまない。もはやインターネットの伝統芸となっているといっても過言ではないだろう。

田舎を出て都会にやってきた人が、SNSでこれ見よがしに自分の故郷あるいは「地方」という概念を批判したり嘲笑したりする光景はすっかりお馴染みとなっている。しかしながら、彼・彼女たちはどのようなメンタリティーによってそのような言動をとっているのだろうか?

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「地元最高!」になれなかった者たちの“その後”の姿

結論から言ってしまえば、圧倒的な「陽キャ」の輝きを放つ、地元の同世代の若者たちとの「絆」のつながりになじめなかった者、あるいは、そのようなつながりになんらかの理由で入れずに疎外されてしまった者たちが、故郷を追われるように去り、そして東京に吸い込まれるようにやってくる。そうした者たちが、痛烈なまでの地方/田舎ディスを展開するのである。

東京は孤独な群衆からなる街だ。それぞれが、だれとのつながりも持っていない「名もなき個人」として生きていくことを求められる。それは寂しく、心もとなくもあるが、しかし地方からはじき出されるようにして東京に集まった若者たちにとって、その寂しさは時として追い風にもなる。自分に生きづらさを強いてきた「ホモソーシャルな絆」を近隣に暮らす同世代の若者たちと結ぶ必要がないからだ。

「地元最高!」の雰囲気があまねく支配する世界では、「名もなき個人」として身を隠すことはできない。そのような行為は許容されない。そこでは必ず「顕名の個人」として認識され、地域社会のメンバーシップにふさわしい存在感とふるまいを保つための一定の緊張感とともに過ごさなければならない。いうなれば「ゆるやかな凝視」が四方八方からつねに降り注いでいる。

「名もなき群衆のひとり」ではなくて「特定の個人」であることに、なんの抵抗もなく、むしろそれを好ましいものとして平然と受け入れている地方コミュニティの若者たちと、それに激しい拒否感や嫌悪感を示して大都市に流入する若者たち――両者の正反対ともいえる差はどこから来ているのか。

「終わらない学校生活」の呪縛

あえて故郷を離れる選択をして大都市に流れ着いた彼・彼女たちの故郷では、往々にして学校を卒業して成人し、その地で社会人になってもなお、学生時代のいわゆる「スクールカースト」に基づく人間関係の権力性がそのまま引き継がれるという側面がある。

スクールカーストの秩序体系、あるいは学生時分の「キャラ(陽キャグループ/陰キャグループなど)」の位置づけの流動性がきわめて低いことも、毎年つねに一定数の若者が地方から去って東京をはじめとする大都市に吸い寄せられる最大の原因のひとつである。

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「スクールカースト上位(陽キャとされるグループ)」の人間は、たとえ学校を卒業してもその地元の同年代の人間関係ではそのまま秩序体系の上位者であり続け、他方で下位の人間もまた下位のままの存在として過ごさなければならないことを意味する。極端な例をいえば、かりにある人が10代のころにいじめられるほど下位の存在であったとしたら、「地元」の同輩たちはたとえその人が20歳になろうが30歳になろうが、「いじめられっ子」「陰キャ」「しょぼい人間」としてのまなざしを多かれ少なかれ向けることになる。

人口(とくに若者)が絶対的に少ないからこそ、「〇〇さん家の××くん(さん)」という個々人を識別可能なネームプレートが問答無用で付与され、なおかつスクールカーストが中学・高校卒業後も延々と引き継がれてしまう場所で暮らす「陰キャ」とされた人たちにとって、人間関係を丸ごと清算し、呪縛の一切を解放してくれる大都会が魅力的に見えないわけがない。

若者達が求める「共同体的秩序」からの脱出

たしかに、思っていたのとはちょっと違う。けど、期待していなかった住み心地のほうは最高だった。日常的な生活は、車にあれこれ詰め込める地方暮らしのほうが圧倒的に便利だけど、それとは別次元の居心地のよさにおいて、東京はぶっちぎりなのだ。

ああ、ここにいていいんだと、街から許容されている感じ。街自体が巨大すぎるゆえ、「あんたのことまで見てられないから、好きにして」と放っておかれている感じが東京にはある。

----- FRaU『「東京」は地方出身者のわたしにとって、あまりに居心地がいい』(2021年2月26日)より引用
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/80582

田舎からたとえば東京へと移り住んだ若者たちにとって、東京は横並びのライフステージを進めなければならないかのような集団主義的な雰囲気もずいぶんと希薄である。

〇〇歳には結婚して、××歳までには子どもを持って――といった同調圧力が弱く、それが彼らにとってあまりに居心地がよい。個人の自主性や自由意志よりも、共同体の存続を優先させるような価値観が田舎ではしばしば残存していることにも、東京にやってきた若者たちからすればしばしば「時代遅れ」で、ともすれば「人権侵害」のようにも見える。

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「名もなき個人」であることが許容されると同時に「勝手気ままに生きても(≒共同体のメンバーとしてリソース提供することを拒否したとしても)なんのお咎めもなければ、人間関係的な制裁もなく、依然として等しい自由と権利が約束される」という東京という街の風景は、まさしく理想郷だ。

田舎から大学進学をきっかけとして東京にやってきた若者たちが、軒並み「リベラル」な思想に傾倒し、西欧文明的な「個人主義」や「多様性」の価値観を礼賛しつつ、地方の共同体的価値観に厳しい視線を向けることは偶然ではない。彼・彼女たちは、少なくとも18年間にわたって自分に生きづらさを与えてきた、「地元最高!」のノリ、あるいは「個人の尊厳よりも共同体への奉仕を優先する規範」に対する、ある種の怒りを抱えている。

SNSが可視化した「アフター・ストーリー」

もちろん、東京が地元の「東京人」からすれば、毎年どこからともなく田舎者が大勢やってきて「東京人」の皮をかぶりながら、自らがなじめなかった故郷に対する悪口をひたすらSNSで書き連ねて共感の渦を巻き起こすのは、甚だ迷惑であるだろう。

だが「東京」という名のメガロポリスは、そのような「地元最高!」になれなかった者たちを延々と惹きつけ、彼・彼女らに人間関係からの自由と規範からの解放を与える代わりに、低賃金労働者として搾取し、巨大な経済圏を構築している。また「地方」は東京へと去っていった人びとの経済活動のおこぼれを地方交付税という形で還元されている。いうなれば、それぞれが「持ちつ持たれつ」の共犯関係的なエコシステムを形成しているのである。

「地元最高になれなかった者たち」が故郷を去れば、彼・彼女たちの「その後の姿」をほかのだれも知る由はなかった。というのも、彼・彼女たちは文字どおり「巨大な群衆のなかの名もなきひとり」として、大都市に紛れこんでしまっていたからだ。

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――だが今日、SNSは彼・彼女らの「その後の物語(アフター・ストーリー)」をはからずも可視化した。彼・彼女たちの多くは、故郷から離れて、自由で開放的な世界に満足して生きているはずなのに、いまだに故郷の方を時折見つめては、自分の青春時代を暗い色に染め上げた地への憎しみの言葉を書き連ねる。

SNSが当たり前のインフラになった社会は、20代ならまだしも、30代、40代、50代、ついには60代になってもなお「地元最高」的な世界観への恨みや憎しみの炎が消えていない人をさえ時には可視化してしまった。

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