記事

「些細である」からこそ大事なセクハラの話

1/2

 セクシュアル・ハラスメントという言葉は、1989年に福岡地裁で始まった訴訟(通称:福岡セクハラ訴訟)をきっかけに、広く知られるようになった。この裁判で弁護団は、福岡の小規模の出版社に勤務する女性が、性的な中傷を受けたことを、性差別によるものであると訴えた*1。また、そのころ「働くことと性差別を考える三多摩の会」がセクハラアンケート調査を実施したところ、全国から多くの女性から、職場で困難な状況に置かれているという声が寄せられた。


女6500人の証言―働く女の胸のうち

  • メディア: ハードカバー
 
 

  「セクハラ」という言葉は、刑事事件として告発されるようなレイプから、職場での不平等な扱い、性的なからかいや中傷、職場にヌード写真を貼るなどの職場環境の問題、女性だけにお茶汲みなどをやらせるなどの性別に基づく役割の固定化など、多岐にわたっている。つまり、第三者が聞けば、「犯罪だ」「暴力だ」と思うような行為から、「些細である」と思うような行為まで幅がある。そのため、「セクハラ」という言葉からイメージされる行為は、人によって大きく違う*2

 もしかすると、これまでセクハラの相談を受けたことがある人も、「世の中には深刻なセクハラの問題もあるかもしれないが、自分が聞いた話はどれも些細である」と感じているかもしれない。しかし、私はその「些細である」ようなセクハラの訴えに対応していくことこそが、重要であると考えている。少なくとも、被害者支援の専門家*3以外の人(私も含まれる)にとって、役に立てるのはそれくらいしかないとすら思う。被害者が深く傷つき、裁判になるようなセクハラでは、素人にできることは本当に限られており、そばにいることくらいだからである*4

 私は、被害者支援の専門家ではないが、性暴力やDVについて研究を行なっているため、身近な人からセクハラについても相談を受けることが多い。その経験をもとにして、以下について書きたいと思う。

(1)「些細である」訴えが重要な理由

(2)セクハラでも「ダメ、絶対」はよくない

(3)「些細である」訴えに対応する方法

(1)「些細である」訴えが重要な理由

 では、なぜ、「些細である」訴えが重要なのだろうか。第一に、DVや性暴力にも共通することであるが、被害者の多くは「些細である」被害から語り出すからである。ほとんどの被害者は、自分が受けている差別や暴力が、「被害」と呼ぶに値するかどうか不安に思っている。また、打ち明けた相手が、「大袈裟だ」「嘘をついている」などと反応するのではないかと怯えている。さらに、自らを振り返り、「自分にも落ち度があった」と自分を責めていることもある。

そういった被害者が、おそるおそる口に出してみる被害の話は、混乱していたり、筋が通らなかったり、「自分が悪かったのだ」という語りが混じっていたりしていて、すぐに「これはセクハラだ」と断定できるような形になっていないことがよくある。このようなときに、聞き手が被害者を問いただし、真実であるか確かめようとしたり、矛盾を問いただしたりすれば、たちまち黙って「すみません、私の勘違いだと思います」と被害者は再び沈黙してしまう。その結果、聞き手はその被害者の訴えを「些細である」と判定することになる。しかしながら、被害者の話を遮らず、じっくりと聞いてみると、最初に話し始めた被害は、それにとどまらず、長期にわたり深刻な暴力を含むものであったとわかることもある。すなわち、「些細である」訴えが、被害者がかすかに発する救援信号である可能性がある。

 第二に、本当に「些細である」訴えである場合、専門家以外であっても対応が可能になるからである。セクハラの被害者の多くは、加害者へ厳罰を課すことより、自分の安全を確保することを望んでいる。特に職場や学校であれば、就労や就学を継続できることが最優先であることも多い。そのため、とにかく「加害者と距離を置く」という対応が必要になる。具体的には、大学であれば学生が研究室を変わったり、部屋割りを変えたりすることが対応策となる。また、被害を訴える人が関係の変化を望んでいない場合は、第三者が「加害者(であると名指しされた人)」に言動への注意を行うことで、事態が改善することもある。「些細である」訴えのうちに対応することで、その暴力や差別が長期にわたり、反復するような事態に陥ることを避けられる。これは、逆の立場になり、もし自分がセクハラをする側になっている場合には、早めに注意してもらえれば、改善が可能であるという希望にもなる。

 以上の2点から「些細である」訴えこそが、重要なのである。

(2)セクハラでも「ダメ、絶対」はよくない

 薬物依存の問題では、かつてCMのスローガンにあった「ダメ、絶対」という言葉が批判されてきた。薬物を一回でも使うと、もう薬物をやめられないし、後遺症がのこるし、社会復帰もできないという「悲惨なイメージ」を広げることで、実際の薬物依存者はそこから抜け出すための助けを求めることができなくなるからだ。

 私はセクハラでも「ダメ、絶対」という姿勢はよくないと考えている。誰もがセクハラの加害者になり得るし、その場合は誰かに助けを求めたほうがいいと思うからだ。いま、多くの企業や大学の研修では、いかにセクハラが重大な問題であり、裁判になれば多額の賠償金を要求され、その後の復職も難しくなるかが強調されている。もちろん、こうしたセクハラへの制裁への恐怖から、差別や暴力が少なくなるかもしれない。だが、こうした状況は、「セクハラ加害者と名指しされたらおしまいだ」という恐怖を引き起こし、セクハラが起きた場合の加害者の強い否認も引き起こす。

あわせて読みたい

「セクハラ」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    転んでもただでは起きない「ahamo」

    自由人

    04月18日 09:39

  2. 2

    山本太郎氏「汚染水の海洋放出は約束を反故にした許し難い暴挙」

    山本太郎

    04月17日 16:35

  3. 3

    日米首脳会談 バイデン大統領と菅首相は実は中国問題で決裂か

    NEWSポストセブン

    04月18日 08:55

  4. 4

    報じられない聖火リレーの真実 大音量のスポンサー車両がズラリ

    NEWSポストセブン

    04月17日 17:06

  5. 5

    「お前を消す方法」でお馴染み!? Windows懐かしのOfficeイルカの現在

    文春オンライン

    04月17日 10:38

  6. 6

    アベノマスク評価 広報面でみれば大成功

    中村ゆきつぐ

    04月18日 10:06

  7. 7

    日米首脳会談 新時代に向けて日米同盟深化による世界的な共同事業とは

    赤池 まさあき

    04月18日 08:10

  8. 8

    霞ヶ関は人気のない職場……で良いのか

    大串博志

    04月17日 08:09

  9. 9

    「#二次加害を見過ごさない」私が毎日納豆を食べる理由 - アルテイシア

    幻冬舎plus

    04月18日 10:20

  10. 10

    特に得点はなかったようだが、何はともあれ目立った失点がなかったのはいいことだろう

    早川忠孝

    04月17日 17:19

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。