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手術を即断。横綱・白鵬の知られざる苦悩 - 杉本和隆

大相撲春場所で、膝の怪我により残念ながら休場となってしまった横綱・白鵬関。彼の横に長年寄り添いながら、今回の手術も担当したのが、膝の人工関節手術の第一人者で整形外科医の杉本和隆さんです。白鵬も悩まされ、日本人の4人に1人は何かしらのトラブルを抱えているといわれる、膝。本連載では主治医だからこそ語れる横綱・白鵬とのエピソードや、膝とうまく付き合いながら生き生きと人生を送るためのポイントを語っていただきます。

第一回目の今回は、先日手術を決断した横綱との知られざるエピソードをご紹介します。

*   *   *

みなさん初めまして。都内の「苑田会人工関節センター病院」というところで、院長をしております、杉本和隆と申します。

少し自己紹介をさせて頂くと、整形外科医として、多くの患者さんの膝の人工関節手術やリハビリを診る傍ら、横綱・白鵬関や格闘家の武藤敬司さんらアスリートのサポートもさせて頂いております。

2019年に白鵬関と武藤敬司さんが来院された際の写真

膝から軟骨の破片

今月19日、私は休場を決めた白鵬の右膝の手術を執刀しました。彼の右膝は、皿の裏にある軟骨に損傷した部分があり、それを内視鏡を使って滑らかにするものです。

実は白鵬の膝関節には、春場所の数日前から水が溜まっていました。それが2日目の取組の後、ついに限界まで達し、水を抜こうとすると、あり得ないほどの軟骨の破片が噴き出てきました。こんな状態では、もし翌日以降、我慢して相撲を取ってしまったら今後一切相撲を取れないし、将来は人工関節にせざるを得ない。白鵬自身は忸怩たる思いだったと思いますが、私はそれをそのまま本人に伝えました。

私の考える白鵬の凄さの一つは、信念の強さだと思っています。新型コロナウイルスの影響で初場所を休場してしまったこともあり、白鵬が春場所にかける思いは並々ならぬものがありました。それでも、手術の決断は早かった。そこには、彼が描く横綱像や相撲界、相撲道に対する思いがあります。

そもそも、私が白鵬を最初に診たのは2015年の10月。それ以前から15年ほど、角界関係者のサポートをさせて頂いていた縁で知り合いました。

(写真:iStock.com/Martin Leitch)

「すぐ手術しないといけない」

出会った時の彼の状態はまさに満身創痍。右足の親指の腱と靭帯が切れている。彼自身は「少し調子悪いかな」くらいの感覚だったみたいですが、私は「すぐに手術しないといけない」と助言しました。

今では少し流れも変わってきましたが、当時の角界では「手術をしたら引退」というような空気がありました。一般の患者さんでも、手術となると迷って決断に時間がかかることもしばしばです。ましてや彼は横綱まで登りつめた力士。でも白鵬は、私の説明を受けて、ものの1分で手術の決断を下しました。

手術をしたら次の場所は通常出られません。でも白鵬には先にも書いた、我々には想像し難い強い信念があります。手術をした先にもっと強くなる、もっと勝ちたいから手術する。そこには、彼独自の横綱像があって、10勝5敗で勝ち越していれば良いではない。出るからには優勝しなければならない。それも全勝優勝でなければならない。常に誰よりも強くいなければ、横綱でいる権利と価値がないと思っている。だから怖い手術も決断するんです。

たしかにここ数年は怪我に悩まされ、満足のいく相撲が取れなくなってきているのは事実です。ですが、その苦境が彼の心を一層強くしていると、横で見ていて実感しています。お相撲さんは大酒飲みのイメージが強いですが、白鵬は場所中はもちろん、お酒を飲むこともほとんどなくなりました。食事やトレーニング方法も一から見直しました。私は多くのアスリートのサポートをさせて頂いていますが、彼には超一流アスリートだけが到達するような、本当のストイックさが身についてきたと思います。新型コロナウイルスで入院した際も、本を10冊も持ち込み、読破していました。純粋に強くなる。人としての幅を広げる。そのことを24時間突き詰めて、向き合っているのがいまの白鵬なのです。

横綱の四股で余震が止んだ

それに加えて、白鵬には相撲は神事であり、横綱は神様に選ばれた存在だ、という自負があります。約10年前、東日本大震災で被災されたある町での話。横綱として被災地で四股を踏んだその夜、震災後初めて余震がなく、その地域の人たちから、やっとぐっすり眠れたと感謝の言葉をかけられたそうです。

いま、世の中は新型コロナウイルスで大きな影響を受けています。私たちからしたら、少しスピリチュアルに聞こえてしまうかもしれませんが、白鵬はこの春場所、自分が優勝したらコロナが収まる、という思いで臨んでいました。自分が全力を尽くして優勝したら日本人全員をこの混乱から救える、くらいの意気込みでした。

(写真:iStock.com/shuang paul wang)

「次に全てをかける」

そんな思いを知っていたからこそ、私自身も休場を余儀なくされた横綱のことを思うと非常に胸が痛みます。実際これから、リハビリや軟骨の再生医療を行い、復帰には最低2か月はかかるでしょう。横綱は病院で「先生、オーバーワークってあるんですね。この歳になって初めて知りました」と場所前のトレーニングを振り返りました。たしかに休場してしまったのは残念ですが、私はその言葉を聞き、身体が悲鳴を上げるまで止まらない、横綱の純粋なまでの勝ちへの貪欲さに感銘を受けるばかりでした。

20日に退院する際、白鵬は私に「次に出場する場所に全てをかける」と決意に満ちた顔で語りました。その場所は、まさに進退をかけた戦いになるでしょう。初場所前に罹患した新型コロナからの復活、ということもあります。まさに暗中模索、背水の陣といった状態といえるかもしれません。が、私は横綱・白鵬という異次元の存在を支える一人として全力で彼を支えたいと思っています。皆さんにも、白鵬の抱える苦悩に心を寄せて頂きながら、応援をしてもらえたら、これ以上の喜びはありません。

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