記事

リベラルな日米同盟と「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の意義――安倍政権の安保政策を振り返る(3) - 松岡美里 / 国際関係理論、安全保障研究

1/4

はじめに

2021年3月3日、米国のバイデン政権が、その外交・安全保障政策の基本方針となる「国家安全保障戦略(暫定版)」を発表した。同戦略は、中国に対する警戒感を明確にする一方、これに対処するため、米軍のインド太平洋地域への重点配備、また、同盟関係を「最大の戦略的資産」とみなした【注1】。バイデン政権のインド太平洋・同盟重視の中でも、日米同盟を重んじる姿勢は際立っている。

つい先ごろ来日したブリンケン米国務長官も「日米同盟はインド太平洋地域の平和と繁栄の礎」【注2】と述べ、日本の持つ戦略的な重要性を強調した。また、菅義偉首相がバイデン大統領の対面による初の首脳会談の相手として選ばれ、4月にも訪米予定であることからもこの方向性は明らかである。このような最近の動き、特に米国の対応を考える際、インド太平洋における「リベラルな同盟」という概念がキーワードになるが、実は、これは安倍政権が種を蒔いたものだ。

2020年8月28日、安倍晋三首相【注3】の突然の退陣表明が世間を驚かせたことは記憶に新しい。それから約半月後、菅義偉首相に後を譲り、歴代最長記録を更新した第二次安倍政権は約8年間の幕を閉じた。安倍外交については、日本の安全保障政策、特に日米同盟のあり方は大きな変貌を遂げ、国際的に目立たなかった日本の存在感を示すことができたといわれる【注4】。

しかし、日米両国ともに国内政治の不安定要因を抱えている。米国においては、2021年1月20日にバイデン新政権が誕生したが、米国内の分断は深刻化しており、実際にどの程度政治的主導権を発揮できるかわからない。日本においても強力な政治的指導力の不在が日増しに露わになり、発足直後は高い支持率を誇った菅政権が、コロナ対策で対応の遅れなどで、国民の支持は低迷気味だ【注5】。このように様々な懸念材料があるなか、2020年代の日米同盟はどこに向かうのだろうか。

この問題を考える手がかりとして、本稿は、先に挙げた「リベラルな日米同盟」という概念をキーワードにしたい。日米の安全保障関係の紐帯の根底には、自由、民主主義、市場経済といった自由主義思想を擁護する共通の思想的基盤がある。リベラルな同盟とは、これらの要素を重んじる国際リベラル秩序の維持を目指すものである。

安倍首相は、自由主義の擁護者という立場を明確に打ち出すことこそが日本の強みになるという意識を強く持って「自由で開かれたインド太平洋構想(Free and Open Indo-Pacific: FOIP)」を掲げ、その枠組みのなかでリベラルな同盟としての日米安全保障関係の強化を推進した。FOIPの意義にも触れつつ、安倍政権が推進したリベラルな日米同盟がポスト安倍外交へ与えたインパクトを検討してみたい。

冷戦後のリベラル世界秩序と自由主義

冷戦の終結によってソ連を盟主とする共産主義勢力が瓦解すると、リベラルな世界秩序が到来したとの認識が広まった【注6】。米国の著名な政治学者であるフランシス・フクヤマは、冷戦の終焉によって、数千年に及ぶイデオロギー間の対立は終わり、西洋型の自由民主主義が普遍化したのだと主張し、「歴史の終わり」論を唱えたことはよく知られている【注7】。

実際、冷戦の終結後、自由主義に基づく世界を構築するための取り組みが、民主主義の推進、国際機関や国際法の整備、自由主義経済の発展、人権の保護に至るまで幅広く政策に反映され、従来、自由主義が行き渡っていなかった国や地域にも自由主義を押し広げていくこととなった【注8】。国際関係論や政治学などの学術的な分野でも、民主的平和論、新自由主義的制度主義論、制度的自由主義論など多岐にわたる自由主義的アプローチが発展した。

このように自由主義が急速に広がり、浸透していくうえで生まれたのが、北大西洋条約機構(North Atlantic Treaty Organization: NATO)に端を発するリベラルな同盟である。冷戦後、旧東欧諸国を新加盟国として次々に取り込み(いわゆる「東方拡大」)、欧州全体に自由主義的な価値を根付かせ、リベラルな価値共同体の拡大を図ることを新たな使命としたのだった【注9】。

リベラルな日米同盟の変遷

戦後日本の安全保障政策が日米同盟を基軸としてきたことはいうまでもないが、米国との同盟関係に「リベラル陣営」の一翼を担う意味が明確に意識されるようになったのは、1970年代半ば以降である。1975年には先進国首脳サミット(現在のG7)が始まったことで、「西側」の結束が強調されるようになった。1970年代末には、ソ連のアフガン侵攻を機に新冷戦が始まり、西側の結束が一層強調され、当時の中曽根康弘首相の「不沈空母発言」に端的にみられるように、日本側でも「西側陣営の一員」として防衛努力を担う意識が強まった。また、80年代後半から冷戦後、日本の経済力に見合った水準で国際リベラル秩序の維持に貢献することが求められるようになったのである。

だが、1990-91年湾岸危機・戦争において、日本政府が自衛隊を派遣せず、「小切手外交」に終始したことに対して米国が激怒したが、これは国際リベラル秩序をともに担う意思の欠如とみたからである。さらに、湾岸戦争後、ソ連という共通の脅威が消失したことで、日米双方が日米同盟の意義を見失い、「同盟の漂流」といわれる状態にも陥った。他方、当時の東アジア情勢は、北朝鮮の核開発疑惑により揺れ動いていたため、日米双方の実務家や安全保障の専門家が同盟関係のほころびに危機感を募らせていた。

こうした懸念を背景に、冷戦後の文脈に合わせて日米の安全保障関係をリベラルな同盟として「再定義」する試みがなされることになる。1995年、その方向性は、日米双方で出された政策文書――米国側の「東アジア戦略報告(別名:ナイ・イニシアティブ)」【注10】、日本側の「防衛計画の大綱(以下、防衛大綱)」改定――によって確認され、翌年4月、ビル・クリントン米大統領と橋本龍太郎首相が出した「日米安全保障共同宣言」によって正式に「日米同盟の再定義」が掲げられたのであった。

これを受け、日本側では、1997年には、1978年の制定以来、初めて日米防衛協力のための指針(以下、新ガイドライン【注11】)が改定された。さらに、これに法的実効性を与えるため、1999年、いわゆる「ガイドライン関連法」が整備されて、「日本側での日米同盟の再定義」の一連のプロセスが完了した。

「日米同盟の再定義」を理念的に主導したのは、知日派として知られる米国の安全保障専門家、――マイケル・グリーン(戦略国際問題研究所)、パトリック・クローニン(ハドソン研究所)、マイケル・オハンロン(ブルッキングズ研究所)、マイク・モチヅキ(ジョージ・ワシントン大学)らである【注12】。

軍事的役割の拡大に慎重な日本の「平和主義」に配慮しつつも、米国との同盟関係を通じ、日本が民主主義や市場経済の原則など自由主義に基づく共通の政治的価値観を国際的に維持・強化していくため積極的な役割を担うことに強い期待を寄せ、日米同盟を東アジアにおける自由主義の橋頭堡とする構想を思い描いた。域外においても、人道支援、平和維持活動(Peacekeeping Operations: PKO)、海賊対策、テロ対策など、グローバルな脅威に対応する役割を日本が積極的に担うことを強く促し、米国とともに自由主義に基づく国際秩序を支えるパートナーとなるように働きかけたのである。

こうした自由主義に基づく国際秩序観、また、リベラルな同盟として息を吹き返した日米のパートナーシップは、1990年代における日米の対中関与政策の戦略的な枠組みとなった。それは短期的な抑止力として機能するだけでなく、より長期的な関与で中国の民主主義的な変革を促し、将来的には、中国にもリベラル国際秩序の維持に関与してもらいたいという理想主義的・楽観的な期待に基づくものだった。

いいかえれば、現在ほど中国の台頭に対する警戒心は強くなかったのである【注13】。その背景には、プリンストン大学のG・ジョン・アイケンベリー教授が制度的自由主義論の視点から主張するように、米国の覇権的地位は低下していても、リベラルな国際的特徴である開放性、ルール、多国間協力といった秩序は国際社会に深く根付いており、長期的に持続するという理想主義的な見通しがあったからである【注14】。

しかし、21世紀に入ると、9.11テロや中国台頭などの安全保障環境などの大きな変化によって日米同盟が直面する課題も大きく変わり、日本に対しても、より直接的に国際的な安全保障に貢献することが求められるようになる。この中で、軍事力の役割を最小限に抑制しようとする日本の伝統的な平和主義の維持が次第に難しくなり、後述する「積極的平和主義」へと変質していくこととなった。

直接的な要因の一つとして、2000年代初頭、米国を率いていたジョージ・W・ブッシュ政権の外交志向も大いに関係する。当時の米国で大きな影響力を誇っていた「新保守主義(ネオコン)」思想のもと、ブッシュ大統領は、アフガニスタンやイラクに武力介入するのみならず、これらの脆弱国家を自由主義に基づいた国家へと再生させようとした【注15】。

つまり、テロや大量破壊兵器の開発という脅威を取り除くためだけのものではなく、両国に民主化をもたらし、究極的には、自由主義的な国際秩序をおし拡げることを目的とした。日本側の小泉純一郎首相は、この米国の目的を共有し、自衛隊をイラクやインド洋に派遣することで、米国とともにリベラル国際秩序を支える意思を明確に表明したのである。

第一次安倍政権になると、自由主義的な共通価値の重要性がいっそう強調されるようになる。ただし、それは、中国の台頭を念頭に、自由主義という価値観を戦略的に活用しながら、安全保障政策を変質させるものになった。その傾向は特にトランプ政権が誕生してから、より顕著となる。揺らぎつつある米国のリベラルな国際秩序を確立するために、安倍政権が主導的にリベラルな日米同盟を確固たるものにしたといえる。これにより、日本政府も、日米同盟を強固にするための戦略的な手段として、リベラルな価値をますます重視するようになる。

安倍政権下における日米同盟の強化プロセス

前節までみたように、冷戦後の日米同盟は、自由主義思想を基軸として再構築され、安倍首相の下で一層顕著となった。この点について詳しくみる前に、安倍政権下で進められた安全保障政策変革の軌跡を振り返っておきたい。2006年に小泉政権からバトンを渡された第一次安倍政権は、長年の懸案とされてきた安全保障政策上の課題に矢継ぎ早に取り組み始める【注16】。その根幹には、冷戦期とは異なる安全保障環境に適した実効性のある法整備が必要との認識があった。

こうした問題意識を背景に、2007年5月に、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(以下、安保法制懇)」が設置され、集団的自衛権の政府解釈変更に関する検討が開始された。しかし、当初の意気込みもつかの間、閣僚の不祥事、参院選での大敗、さらに安倍自身の持病の悪化が致命的になり、第一次安倍政権はわずか1年で唐突に終わりを迎えた。

その結果、日本の国家安全保障会議の設立は先送りされ、第一次安倍政権下で始まった安保法制懇による安全保障関連政策の見直し作業も中断することになった。2008年6月に同法制懇によって報告書がまとめられるも議論は棚上げにされ、安倍肝いりの安全保障政策変革の試みの多くは失速することになった。

ところが、2012年末に首相の座に返り咲いた安倍は、第一次政権時代とは打って変わった安定ぶりをみせ、憲法改正への地ならしまでも射程に入れるといった思い切った安全保障政策の改革を次々と実現していくことになる。とりわけ精力的に取り組んだのは、日米同盟の機能性を向上させるための一連の改革であり、怒涛のごとく、次々に大胆な変革が進められていった。

2013年10月には、日米の外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(いわゆる「2+2」)で新ガイドラインの見直しが始まり、同年12月17日の閣議では、日本史上初めて総合的な安全保障戦略として「国家安全保障戦略」の策定が決定された。国家安全保障戦略は、集団的自衛権の行使を前提に米国との緊密な軍事的連携を図る組織と位置付けられ、自衛官も構成員として含まれるものとなった。

国家安全保障戦略の策定と同日、防衛大綱も改定され、東シナ海における中国の海洋進出の活発化に対抗するために、南西諸島の守りを重視する姿勢を明確に打ち出した【注17】。安倍首相が牽引する一連の安全保障政策改革は、2014年に入っても、破竹の勢い進んでいった。

あわせて読みたい

「日米同盟」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    格安スマホ業界にまで波及した価格破壊

    自由人

    06月19日 08:14

  2. 2

    河井克行氏に「実刑判決(懲役3年)」の衝撃。もらう側の罪は?そして自民党の責任は

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    06月19日 08:26

  3. 3

    山尾議員 突然の政界引退に疑問続出「説明責任果たしてない」

    女性自身

    06月18日 22:10

  4. 4

    “酒類の提供19時まで”の制限に議員から厳しい声「居酒屋やバーにとっては休業要請」

    BLOGOS しらべる部

    06月18日 19:42

  5. 5

    スシロー、くら寿司、はま寿司の海外戦略 "日本食ブーム"の海外市場が秘める可能性

    三輪大輔

    06月18日 10:38

  6. 6

    なぜクマが大量出没するようになったのか? 「エサ不足」ではない本当の理由

    文春オンライン

    06月18日 14:37

  7. 7

    ワクチン供与と、国際的な情報戦と韓国外交の茶番劇

    佐藤正久

    06月18日 08:21

  8. 8

    山尾志桜里議員引退へ。悪い意味での「職業政治家」ばかりの永田町の景色は変わるのか

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    06月18日 10:10

  9. 9

    少子化高齢化問題に悩む中国 「日本の経験を中国に伝えるのは意義がある」舛添要一氏

    舛添要一

    06月19日 10:36

  10. 10

    私が日本の経済財政再建のヒントはルワンダの過去にあると思う理由

    宇佐美典也

    06月18日 12:00

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。