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「刑事事件だけはやりたくない」裁判官が現役時代には絶対言わない4つの本音

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裁判官の仕事は重い。とりわけ世の中を揺るがした重大事件となれば、日本中の注目を集める。だが、裁判官はそうした事件の担当をよろこばないという。明治大学法科大学院教授の瀬木比呂志氏は「裁判官の世界は隔離された官僚型社会で、自分の志を貫くことは難しい。だから大きな事件は担当したくない」と指摘する――。

※本稿は、瀬木比呂志『檻の中の裁判官 なぜ正義を全うできないのか』(角川新書)の一部を再編集したものです。

裁判所の看板※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

なぜ大事件を避けたがるのか

ここで一つ、日本の裁判官の性格がよくわかる質問をしてみたい。

「裁判官は、大きな事件について、やりがいを感じる、ぜひやりたいと思うものでしょうか?」

答えは、一般的にいえば「否」である。

東京地裁では、特別に大きな事件は通常の事件とは別に各部に順番にまわしていたが、裁判官たちは、それが今どの部まできているのかをいつも気にしていた。できれば自分の転勤までにそうした事件にあたらないですませたい、たとえあたるとしても判決を書くような事態は避けたい、それが、ほとんどの裁判官のいつわらざる思いだったと思う。

なぜそうなるかといえば、大事件は準備が大変で訴訟指揮も難しいし、記録が膨大なものになる(ロッカー1つ2つがいっぱいになるのはよくあること)のでことに判決を書くのは大変になるからだ。

また、大事件を担当してもそれが必ずしも評価に結び付かず、場合によってはむしろ「失点」になることもあるからだ(価値関係訴訟の場合の果敢な判断など)。実際、事務総局勤務の長い裁判官たちは、東京で裁判長をやる場合でも、判決時期の近い大事件の係属するような裁判部にはまず配属されていない。

弁護士は、当事者に支えられ、勝訴すれば当事者とともに喜ぶことができる。しかし、裁判官にはそのような支援も機会もないので、果敢な判断を行っても、社会が支えてくれないと、狭い裁判官集団の中で孤立してしまいやすい。また、先のような事件が必ずしも社会的注目を集めるとは限らないし、たとえ集めても一瞬のことで、原発訴訟の場合のような特殊な例外を除いては、誰も裁判官の名前すら記憶していないのが普通だ。

特に行政訴訟では及び腰になりやすい

こうした事情を考えるなら、官僚的傾向の強い日本の裁判官たちが大事件を避けたがるのは当然ともいえる。そうした事件の判決を2回書いたことのある私には、そのことがよくわかる(クロロキン薬害訴訟事件、東京地裁1982年2月1日判決。嘉手納(かでな)基地騒音公害訴訟事件、那覇地裁沖縄支部1994年2月24日判決)。

また、特別な大事件に限らず、価値関係訴訟、ことに行政訴訟では、裁判官たちの姿勢は及び腰になりやすく、何とか棄却や却下、また勝訴の可能性がある場合には和解(民事訴訟の場合)の方向で事件を終わらせようとするインセンティヴが強くはたらくのが通例である。

さらに、こうした事件については、最高裁で開かれる裁判官の協議会や司法研修所で開かれる裁判官の研究会で最高裁の方針が示される(近年の原発訴訟については、批判を避けるために司法研修所の研究会というかたちがとられている。名誉毀損(きそん)損害賠償請求訴訟についても同様だ)ことが多く、この方針から外れた判決を書くには相当の勇気が必要だ。

おわかりだろうか? 隔離された閉鎖社会の中では、たとえ良心的な裁判官でも、みずからのこころざしを貫くのがいかに難しいかということが。

思い切った判決は将来を危険にさらすことも

私は、ある優秀な若手弁護士から、「みずからの良心を貫く判決のできる人〔これぞという重大事件についてそれがたとえ一度であってもできる人という趣旨〕の割合はどのくらいだと思いますか?」と尋ねられて、「5から15パーセントの間ぐらいかな。厳しめにみて5パーセント、甘めにみて15パーセント。でも、15パーセントは期待がこもっていてやはり甘すぎるね……。結論としては5ないし10パーセント」と答え、「私もそう思います」という感想を得た経験がある。

そして、本稿に記してきたような事柄を考えるなら、この数字はそれほど悪いものとはいえないのである。日本のような司法・裁判官制度の中にあっても、少なくとも20人から10人に1人の裁判長は統治と支配の根幹にかかわる事件でもその良心を貫いた判決をなしうる場合がある、ということなのだから。

裁判官と小づち※写真はイメージです - 写真=iStock.com/simpson33

もっとも、そのような事件でたとえ一度でも思い切った判決をするには、自分の将来をある程度犠牲にする、少なくとも危険にさらす覚悟が必要である。実際、そうした判決後比較的早い時期に弁護士に転身して活躍しているような人もいるがそれは例外であって、定年前に退官してしまった人、判決後に自殺した人までいる。最後まで勤めても、そのころにはもう精神的に打ちのめされてしまって、あるいは厭世的になってしまって、退官と同時にそれまでの交際を絶ってしまうような例もある。

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