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成人への移行期における仕事観の変化

Monica Kirkpatrick Johnson, 2001, "Change in Job Values During the Transition to Adulthood," Work and Occupations, Vol.28 No.3, pp.315-345.

パネルデータを使って、高3のときの仕事観が14年後(31~32歳時)にどう変化したか分析した論文。労働観とは、外的報酬志向 (extrinsic values)、内的報酬志向 (intrinsic values)、利他的志向 (altruistic values) 、社会的志向 (social values) の4つの価値観からなる("values" を「志向」と訳すのは本当はおかしいのだが、この業界ではあまり明確に使い分けられていなし、日本語では「志向」のほうがすわりがいいのでこう訳した)。 ワーディングは、「仕事で重視するポイントは人によって違いますが、以下はそういったポイントのリストです。一つ一つ読んで、どの程度あなたにとって重要か教えてください。」というものである。項目は以下の通り。

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主要な仮説は二つ。
  • 第一に、労働経験年数が長くなるに従い、4つの志向すべての重視度(の平均)が低下する。
  • 第二に、高3時の男女の平均値の差が14年後には縮小する。
第1の仮説は、強化仮説 (reinforcement hypothesis) と呼ばれる仮説の一種で、一般に現実離れした価値観は自分の置かれている現状を肯定する方向に変化しやすい。なぜ「強化」というのかは知らないが、現状を強化するからだろうか? 一般に高校生段階では現実離れした高い理想を仕事に求めがちだが、それは大半の人々の現実の労働には合わないので、現実に合うように4つの志向すべての平均値が低下していくということである。第2の仮説であるが、男女で比較すると男性のほうが外的報酬志向が強く、女性のほうがその他の3つの志向が強いことが知られている。しかし、こういった志向の相違は男女が同じように仕事の経験を積むことで収斂していく可能性が考えられる。それゆえ Johnson は特に明言していないが、2つ目の仮説も強化仮説の一種ということになろうか。ただし、性別職域分離や女性の労働力率の相対的な低さを考えれば、男女の平均的な労働経験が同じとは言えないので、Johnson は2つ目の仮説については、それほど肩入れしているわけではない。

データは Johnson たちの 2011年の論文と同じなのでそちらを参照。パネルデータを使った構造方程式モデルという点も同じだが、仕事観の変化のほうに焦点が当たっていて、

高3時の仕事観=> 教育達成、現職、家族形成 => 31~32歳時の仕事観

という順番で因果関係が想定されている。もちろん、高3時の仕事観と31~32歳時の仕事観の直接のパスも推定されている。分析の結果、関連する諸変数をコントロールしてもしなくても、高3時よりも31~32歳時の4つの志向の平均値が有意に下がっており、第一の仮説は支持されている。男女の違いについては、unstandardized kappa coefficient というのが示されていて、どういう統計量なのか知らないのだが、利他的志向と社会的志向は女性のほうが強く、その差は 31~32歳時には 0.5% 水準で縮んでいる。通説通り、内的報酬志向も女性のほうが有意に強く、外的報酬志向は男性のほうが有意に強い。しかし、これらの男女差は有意に変化していない。

高3時の4つの志向と31~32歳時の4つの志向のあいだの相関は、他の変数をコントロールしない場合、0.41~0.46 で、コントロールした場合の標準化係数が、0.4 程度で利他志向だけが 0.59 となっている。Johnson は「かなり変化がある」と評している。分析結果でおもしろかったのが、結婚しているかどうかと子供がいるかどうかを示すダミー変数との関連で、高3時の外的報酬志向や利他的志向が高く、社会的志向が低いと結婚しやすく子供を持ちやすいが、結婚と子供は31~32歳時の4つの志向に影響を及ぼさない。これまで結婚したり子供がいたりすると、いない場合に比べて外的報酬志向の平均値が高いことは知られていた。それは、配偶者や子供を持ったせいで、外的報酬志向が高まると考えられていたのだが、この分析結果が示している因果の向きは逆で、外的報酬志向の強いことが配偶者や子供を持つ確率を高めるということである。Johnson はこの点について、仕事観と家族観は相関しており、ライフスタイルに関する包括的な価値観の一部を構成しているのではないかと解釈している。

仕事観の変化についていろいろ基本的な情報が得られて役に立つ論文だった。ただメインストーリーがはっきりしないせいか、この人の文章は読みにくい。社会心理学的な研究なので、私とは志向が合わないというだけのことなのかもしれない。私としては、大きな時代の変化みたいな話を読みたいのだが、あまりそういう研究が見つからないのである。

また、この論文では、有意性の基準を 0.5% 水準でのみ判断しているというところが、恣意的に分析結果を操作しているのではないかという疑いを抱かせる。社会学では通常、0.1%, 1%, 5% という 3つの水準で検定するのが一般的であり、あえて 1つ選ぶなら、5% を選ぶのがふつうである。「サンプル数が多いので 0.5% にした」と書いてあるが、N = 1321 で、それほど多いとは思えない(そもそもサンプル・サイズによって有意水準を変更するのはおかしい)。また、0.1% でも 1% でもなくなぜ 0.5% なのか、という疑問も残る。標準誤差が表記されていない点も疑惑を深める。おそらく、0.1%, 1%, 5% といった水準で検定すると、ストーリーからはずれた結果、あるいはかなり煩雑で分かりにくい結果になってしまうのだろうと思われる。例えば、男女別に分析していないのだが、5%水準で尤度比検定したりすると、男女別に分析したほうがいいということになって、男女で結果にかなり違いが出て、解釈が面倒になる、といったことなのかな、と空想した。

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