- 2021年03月22日 15:29 (配信日時 03月22日 15:15)
児嶋一哉「先代の事務所社長には『テレビなんか出なくていい』と言われていた」
1/2人気商売である芸能界で、ずっと第一線にいる芸能人はどこが違うのか。お笑いコンビ・アンジャッシュの児嶋一哉さんは「若手の頃、事務所の社長には『テレビなんか出なくていい。使われるものじゃなくて利用するものだ』と言われていた。当時は共感できなかったが、歳を重ねて意味がわかってきた」という——。
※本稿は、児嶋一哉『俺の本だよ!!』(世界文化社)の一部を再編集したものです。

撮影=TOWA
「売れない」と思われていたダンディ坂野
皆さんにもおなじみかも知れないが、ダンディ坂野という後輩がいる。僕がスクールJCA(人力舎のお笑い養成所)の1期生で、ダンディは2期生。でも、彼のほうが5歳年上だった。
ちょっとずれた人で、最初、「ラブリン」というコンビを結成して僕らみたいなコントをやりたがっていたが、案の定キャラに合っておらず、その頃は申し訳ないけれど、僕も「売れないだろう」と思っていた。
ところが、そんなダンディが一番早く、スクールの中で売れた。めちゃくちゃ売れた。
あの『ゲッツ!』というくだらないジョークを言うような芸風を見つけ、ブレイクしたのだ。あの時、きっと僕らみたいなコントをやっていても売れなかっただろうし、漫才をやったところで厳しかっただろう。
「面白くない!」は危険な言葉
つまり、その人にハマるものを見つけて、芸として取り入れれば、売れる可能性は誰にでもあるのだ。
逆に、「この人は売れそうだ」「この人は売れないだろう」と決めつけてしまうのは本当によくない。スクールの講師が生徒に向かって言う「面白くない」という言葉なども、とっても危険だと思う。
そのようなことを言ってしまう人に対して、「お前ごときのセンスで、そんな人生変えるようなひとこと言って大丈夫か?」と、疑ってしまうのだ。
もちろん、好きか嫌いかを言うのは自由だが、「面白いかどうか」に関する発言は「ちゃんと責任持てんのか?」って。言葉は選ぶべきだとつくづく思う。
「テレビは利用するもんだから」先代社長の言葉
現在、スクールJCAは2クラス。全員で100人ぐらいの生徒が、お笑いの道を目指している。

児嶋一哉『俺の本だよ!!』(世界文化社)
それに比べて僕らの時代は7人。当時は、人力舎主催で『バカ爆走!』というお笑いライブを新宿でやっていたのだが、僕らはそれに月6日間も出演しなければならなかった。
今の子たちは、ここに出るのも大変なぐらい競争相手がいる。僕らは無条件で、ネタを6日間舞台にかけ、磨き上げられるという、とても恵まれた環境だった。
当時は僕ら以外にも、東京03の飯塚(悟志)が組んでいた「アルファルファ」、「アンタッチャブル」、「おぎやはぎ」、「ドランクドラゴン」がいて、変な圧もなく、ライブの主催者も「それでやってみたら?」というようなしがらみのないスタンスでやらせてもらえていた気がする。
また、このライブでキャラを確立する人も多かったように思う。
事務所や養成所の、のびのびとした雰囲気を作り上げてきた先代の社長は
「テレビなんか出なくていい」
という人だった。ライブや営業をやっていけばいい、という考えを持っていて、
「テレビなんて使われるもんじゃない。利用するもんだから」
ってスタンスだった。テレビで目立ちすぎるとすぐ消費されてしまうけど、特に出すぎず、長いことやっていければいいんだ、という信念だった。
当時は「この社長は何を言ってんだ」と思い、まったく共感できなかったけれど、年を重ねると、年々その言葉の意味がわかってきているし、現に、人力舎にはそういった息の長い芸風のタレントが多いと思う。
適応力も抜群だったくりぃむしちゅー
ずっと一緒にやってきた同世代のコンビたちが、今でも活躍しているのは本当にすごいことだと常々思っている。若手の頃から比べると、芸風が少しずつ変化しているのも面白い。
かく言う僕も、20代の頃からは考えられないキャラクターとなってしまった。ブレブレである。
その時の状況や時代に合った「適応力」や「調整力」という面においても、やはり“くりぃむしちゅー”は圧倒的だった。
決してひな壇でワーワー騒ぐタイプではないけれど、自分たちなりのコンビネーションを生み出したり、すぐ上の大スター“ネプチューン”のカウンターとしてちょっと悪役っぽいことをやってみたり……。どんどん進化を遂げながら、きちんと結果も残していた。
一方、「ブレない人」の筆頭といえば、つっちーこと土田晃之だろう。もう昔から、あのふてぶてしいけれど堂々とした態度は健在で、トークの説得力も抜群だった。ちょうどこの間も本人と「ブレてないよね」という話をしたばっかりだ。
人気番組に一通り出ても結果を残せなかった
しかし、こうして周りのコンビが確実に爪痕を残していく中で、いつまでたってもブームに乗り切れなかったのが当時の僕らである。『ボキャブラ天国』に始まり、『爆笑オンエアバトル』『エンタの神様』『レッドカーペット』まで一通り出演は果たしたが、すべてに結果を残しきれなかった。
周りからは
「お前ら、全部出てずるいな」
と言われたりもしたが、それは僕らが売れなかったから。売れるために次も出なければならなかったのだ。
さらに、熾烈な争いは東京の芸人内だけではない。関西には陣内(智則)やケンコバ(ケンドーコバヤシ)、中川家など、名だたる猛者ぞろい。
「もう無理だ」と心が折れかけたことも一度や二度ではない。とんでもなく過酷な場所に自分はいるんだ、と痛感していた。
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