ずっと未熟で、ジュニアの立ち位置だったはずが、ミドルの認識がないままに、気がつけばシニア、老人です。
そして同時に、人生でこんなことが起きるのか、という事件に直面しました。
2つの呆然。どうしたものか。
超個人的な内省。自分用にメモします。
ちかごろ人生100年、三毛作などといいます。
これまで二毛だとすれば、前半と後半とを分かつ30歳頃の転換は、結婚と子供を得たことです。
前半の一毛期は自分の成長期で、後半の二毛期は家族との生涯。
子供がともに成人し就職し、この1年でともに結婚。
では三毛作期、人生の主役を誰と定めるべきか。
定規を、誰whoではなく、何whatに持ち変えると、20年ごとの四毛作のほうがあてはまります。
6-70年代の一毛、2)8-90年代の二毛、3)00-10年代の三毛、4)20年代からの四毛。
ガキの遊び、2)役人の行政、3)エセ学者のプロジェクト の時期でした。
4)四毛作期は何と定める。
の終わりに少年ナイフができました。
2)の終わりに総務省ができました。
3)の終わりにiUとCiPができました。
自分が関わったアウトプットです。
4)四毛作期は何と定める。
テレビっ子だったぼくは情報社会のルール元締めを職場と定め、
2)ニューメディアの高度情報社会に向け官として携わり、
3)ITのデジタル社会に向け学として関わり、
4)AIの入口で「超ヒマ社会」をめざしてiUとCiPを起業しました。
戦争を知らない子供でした。
知る世代に対し引け目を感じていました。
ところがコロナという戦争に遭遇しました。
まだ戦時中ですが、早く戦後を生きてみたい。
その戦争は、二毛・三毛期にデジタル敗戦で日本が没落していたことも見せつけました。
実はデジタルで30年戦争をしていたのに、戦時意識が乏しかった。
先の大戦の責任を問うてきたわれわれ世代は、デジタル30年戦争を生きた世代となり、敗戦の責任をどう取るのか問われます。
ぼくら以上の世代に対しては「黙れジジイ」運動を一人でやるものの、ぼく自身の責任の取り方として、どう動くべきか。
iUやCiPという「場」は完熟させます。
その次の照準をどう定めようかな。
還暦までに考えよう。
と思っていたら、コロナがきて、環境も展望もガラポンです。
急速DXで、超ヒマ社会も想定以上に早く来そうです。
呆然とするわけです。
この呆然は、ゆっくりと片付けようと思います。