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倫敦通信(第4回)~相馬にて ―データの隙間にあるもの―

星槎大学客員研究員
インペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院客員研究員
越智 小枝(おち さえ)
2012年12月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私事ですが、12月より福島県の相馬中央病院で2か月の勤務をさせていただいております。まだ1週間ほどの勤務ですが、海外の災害研究者の認識と実際の現場とのギャップを痛感しています。

たとえば今回の帰国前、インペリアルカレッジの大学院生と話しをする機会がありました。Ashton Barnett医師は災害医療の研究者。もともと戦場の爆傷を専門としていましたが、3.11を機に日本の災害教育に興味を持ち、日本の医師・医学生を相手にインタビュー調査をしています。

「日本はありとあらゆる災害がある国。しかも3.11という大きな災害を経験したのだから、医師や看護師の災害医療教育はとても発展したんじゃないか、と思っていたんだけど、全然変わっていないと聞いて驚いたよ。」
というのが、彼の感想です。
特に、英国でよく行われている職種間連携(inter-professional education)の教育がほとんど行われていない、ということに驚いたそうです。確かに私自身もそのような教育を受けた記憶がありません(寝ていただけの可能性もありますが)。

では日本で実際の現場は機能していないのでしょうか。奇しくも中央病院勤務の初日、12月7日に、その現状をうかがい知る機会を得ました。
マグニチュード7.3を記録したこの日の地震は、歩ける程度の揺れであったこともあり、私自身はむしろのんびりとしていたと思います。しかしこの地震は揺れ方・持続時間などが3.11に酷似していたようで、街の一部がパニック状態に陥ったり、高校ではフラッシュバックで泣き出してしまった生徒もいたと聞きました。

揺れが収まると一斉にスタッフが動き始めました。医師は透析室、看護師は病室を回り、他の職員により建物の安全チェックが進みます。テレビやインターネットで情報を収集するスタッフもいました。
「病棟、怪我人いません」
「透析室、OKです」
「エレベーターOKです」
「津波警報出ました!」
事務長に各所から連絡が集まり、病院から市役所へ連絡が飛びました。津波警報が出るころには病院・付属療養施設の安全確認は終わっていたのではないかと思います。まさに職種間が見事に連携した対応でした。
「災害訓練や災害マニュアルに書かれてるんですか?」という愚問を発してみたのですが、回答は「いいえ」。
マニュアルやシステムよりも経験や人のつながりがいかに勝るか、ということを実感した事件でした。

このように、システムや訓練を重視する英国やヨーロッパと、経験と口伝で地元に根付く日本の災害対策には認識の上で大きなギャップがあります。文化の違い、と言ってしまえばそれまでかもしれません。
しかし一方で3.11を機に、世界では日本の災害教育、災害医療に学びたい、という機運も高まっています。例えば災害時の医療についても、
「なぜ停電・断水・食糧不足下でこれだけ多くの病院が機能し続けたの?」
「なぜ皆こんなに臨機応変に動けたの?」
というのは何度も受けた質問です。日本はこのような質問に対し、他の国々へも分かるような形で答える義務があるのではないでしょうか。

従来の疫学調査は、海外に伝えやすい反面、このような質問の全てに答えることはできません。なぜなら答えの多くは、個人をデータ化することによって大きく損なわれる経験や記憶の中にあるからです。

「記録しない限り、記憶は必ず失われるのよ。」
私が震災の研究をするかどうかを迷っていた時に、私の指導教官であるVirginia Murray教授がおっしゃった言葉です。
これは
「災害から復興するだけでなく、この経験を世界にも発信しなくてはいけない」
という相馬市・立谷市長の言葉ともつながると思います。

震災の記録を歴史として語り継ぐことはもちろん大切です。しかしそれだけでなく、アカデミックな発信や教育・減災の創生プログラムなど、未来へ・世界へとつながる積極的な発信もまた大切だと思います。そして、「疫学データ」の隙間にあるソフトな情報は、現地から発信しないかぎり永久に失われてしまうのです。

世界では毎年400近くの自然災害が起き、2億人以上の被災者が出ています(1)。先日のフィリピンを襲ったボファ台風だけでも、既に600人以上の死者が出たと報告されています。震災の経験と復興の過程は、被災地の方々にとっては忘れたい記憶かもしれません。しかし世界中の被災地にとっては大切な知識なのです。

現地に入り、少しでも現場を知り、その中から世界の被災者をも救える「何か」を発信すること。それが半医師・半研究者であり、半海外・半国内で生活するキメラのような私の役割なのかもしれません。

参考:
(1) International Disaster Database. http://www.emdat.be/natural-disasters-trends

略歴:越智小枝(おち さえ)
星槎大学客員研究員、インペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院客員研究員。1999年東京医科歯科大学医学部医学科卒業。国保旭中央病院で研修後、2002年東京医科歯科大学膠原病・リウマチ内科入局。医学博士を取得後、2007年より東京都立墨東病院リウマチ膠原病科医院・医長を経て、2011年10月インペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院に入学、2012年9月卒業・MPH取得後、現職。リウマチ専門医、日本体育協会認定スポーツ医。剣道6段、元・剣道世界大会強化合宿帯同医・三菱武道大会救護医。留学の決まった直後に東日本大震災に遭い、現在は日本の被災地を度々訪問しつつ英国の災害研究部門との橋渡しを目指し活動を行っている。

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