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現代日本社会を読み解くための「報奨金化」というツール――『交差する辺野古 問いなおされる自治』(勁草書房) - 熊本博之(著者)

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意外な共通点

日本学術会議の会員任命見送り、秋田県へのイージス・アショア配備、そして普天間基地の名護市辺野古への移設。これらの問題には、当事者側が強く反発する一方で、世間一般の人たちの反応は鈍く、むしろ政府の方針を支持する人たちも少なくないという共通点がある。このうち、イージス・アショアの配備については、安全面での問題もあって白紙撤回となったが、残る2つは見直されることのないまま今に至っている。

なぜ当事者側の反発が世論を喚起できずにいるのか。それを、社会の報奨金化という観点から考察していきたい。

「報奨金化した社会」

報奨とは、ある人の功労や善行などに報い、それをさらに奨励することである。そして奨励は主にお金によってなされる。これが報奨金だ。つまりはインセンティブである。

ここでのポイントは、何が功労で、何が善行に当たるのかを決めるのは、報奨金を出す側だということである。そのため、報奨金をもらうためには出す側の意向に沿わなければならない。つまり報奨金は、人々を自発的に意向に沿わせることのできる、便利なツールなのである。

報奨金が一般の企業や学校で、社員や学生へのインセンティブとして用いられる分には、さほど問題にはならない。例えば私が勤めている明星大学には資格取得奨励奨学金制度があり、行政書士など指定された資格をとった学生に、重要度や難易度に応じた報奨金が出ることになっている。学生は資格を取得した上に「ご褒美」までもらえるし、大学は資格を取得する学生の増加による大学の評価向上を見込める。Win-Winである。

だが報奨金にはもう1つ、大事な側面がある。それは、「功労」や「善行」を為そうとしない者には、一円たりとももたらされないということだ。それは報奨金である限り、当たり前のことである。

だが、誰かからもらうお金が、すべて報奨金のような特徴を持つようになれば、話は変わってくる。なぜなら、お金をもらうことで、お金を出す側への貢献を義務づけられてしまい、しかも貢献ができないものはお金をもらうことができなくなってしまうからだ。これが「当たり前」になった社会のことを、「報奨金化した社会」と名付けよう。この報奨金化が、日本社会で近年、急速に高まっている。

なぜ日本学術会議任命拒否問題は内閣支持率を下げないのか

2020年9月に発足した菅政権が最初に強い批判を受けたのが、日本学術会議が推薦した会員名簿に載っていた、政権に批判的な見解を持つ6名の学者を首相が任命しなかった、任命拒否問題である。野党はもちろん、多くの学者が反発し、約500の学協会が抗議声明を発表するなど世論を大きく賑わせた。

だが11月7日に毎日新聞が実施した世論調査では、任命拒否を「問題とは思わない」が44%を占め、「問題だ」とこたえた37%より多かった。そして内閣支持率も、発足直後から7ポイント下落したとはいえ57%の高水準を保っていた(『毎日新聞』2020年11月8日)。

こうした結果になった背景の1つと考えられるのが、日本学術会議に年間10億円の予算が投入されていることである。このことが報道されたことで、世論の趨勢が変わった。お金を出してくれている政府に批判的な学者は任命されなくて当然だという意見が急速に広まっていった。この世論調査では、菅政権が学術会議のあり方について見直しを検討していることについても聞いているが、58%が「適切だ」と答え、「適切ではない」は24%にとどまっている。このような意識が、菅内閣の支持率を支えていた一因なのである。

イージス・アショアの配備に反対した秋田への非難

この報奨金化を許容する世論の高まりは、政府からの再分配にあずかりたければ、それなりの貢献をせよと考える人たちの増加に繋がっている。その証左となっているのが、政府が秋田市に配備しようとしていた陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備計画に反対していた秋田県知事や秋田県民に対する激しい非難である。

佐藤敬久知事が配備に懸念を示したのは、防衛省がずさんな調査データに基づいて秋田を適地だとする報告書を出したこと、住民説明会で東北防衛局の職員が居眠りをして住民の怒りを買ったことなどを受けてのものであった。しかしこれに対して秋田県には、「秋田には原発もなく、日本の何の役に立っているのか」「秋田県は非国民だ」といった批判が殺到した(『毎日新聞』2019年6月24日)。

実際には、イージス・アショアが配備されても交付金が出るわけではない。だが、その誤解だけが秋田への「非国民」という激しい非難に繋がったわけではないだろう。秋田県のような地方の自治体が、再分配を多く受けていることは周知のことである。にもかかわらず国防への貢献を拒否するかのような知事の姿勢が、強く非難されたのだ。「日本の何の役に立っているのか」という声は象徴的である。

このように「報奨金化した社会」では、広く国民から徴収した税金を地方自治体に分配する「財の再分配」に対しても、厳しい目が向けられている。この流れの源流とも言えるのが、沖縄に対する振興事業の報奨金化である。

報奨金化した沖縄への振興事業① 米軍再編交付金

周知の通り、政府と沖縄県は米軍普天間飛行場(以下、普天間基地)の返還をめぐって対立している。1996年4月に日米両政府で合意した際、普天間基地の返還には、沖縄県内に代替施設を建設するという条件がつけられた。その代替施設は、名護市辺野古の沿岸部に建設されることになり、埋め立て工事が進められている。

政府は、この辺野古への建設を「普天間基地の危険性を除去するための唯一の選択肢」だとし、沖縄の基地負担の軽減につながると主張している。これに対して沖縄県は、辺野古に造られようとしている基地は恒久的に使用され続ける機能強化された新たな米軍基地であって、基地負担の軽減どころかむしろ強化であるとし、建設に反対している。

筆者はこの問題について、辺野古集落の住民の視点を重視しながら、10数年にわたる調査を続けている。その成果が2月に『交差する辺野古-問いなおされる自治』(勁草書房)として出版された。ここでは同書でも検討した、政府による沖縄への報奨金化した振興事業について記述していく。

さて、この問題の当初、政府は沖縄側の理解を得るために、補償金的な振興事業を沖縄に投下してきた。しかし次第に政府は、普天間代替施設/辺野古新基地の受け入れと振興事業の交付を結びつけるようになる。その象徴が米軍再編交付金である。

米軍再編交付金は、2007年4月に制定された米軍再編推進特措法に基づいて交付される交付金である。米軍再編計画への協力度に応じて地方自治体に交付されるこの交付金は、協力しようとしない自治体への交付はなされない「報奨金化した振興事業」である。

2005年10月に日米で合意された在日米軍再編の中間報告「日米同盟─未来のための変革と再編」に普天間基地の移設計画が明記されたことで、辺野古を抱えている名護市は、同交付金の交付対象自治体となった。これが名護市を翻弄していく。

制定当時、名護市の市長は辺野古への移設を容認していたため、名護市には(紆余曲折はあったのだが)米軍再編交付金が交付された。だが2010年1月に反対派の稲嶺進が市長に当選すると交付は停止し、2018年2月に事実上の容認派である渡具知武豊が市長に当選すると交付が再開する。政府は選挙期間中に、渡具知候補が当選すれば交付を再開する方針を示しており、それが渡具知市長の誕生の一因となっていたことは明らかである。

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