
内情をなかなか窺い知ることのできない国家――北朝鮮。その実態にいかにして迫るかが、ソウルや北京に駐在する担当記者の腕の見せ所となる。そこにはどんな苦労があり、その先に何をつかむことができるのか。独自入手した内部資料を駆使した労作『金正恩の機密ファイル』(小学館新書)を上梓した東京新聞(中日新聞)外報部編集委員の城内康伸さんと、元NHK解説委員の塚本壮一さん(桜美林大学教授)という2人の「元北朝鮮担当記者」の対談を、3回にわたってお届けする。
塚本壮一:城内さん、よろしくお願いします。
城内康伸:こちらこそ、ご無沙汰しています。
塚本:本(城内康伸『金正恩の機密ファイル』小学館新書)にも書いておられましたが、サイバー攻撃をされたそうですね。
城内:そうなんです。僕のパソコンに入っていたいろんなデータが、複数の知人に渡っちゃいました。
北朝鮮から受けたサイバー攻撃

城内:まずこの本の原稿、ワードファイルで何百枚もあったのが、丸ごとある大学の先生に送り付けられた。「中身をチェックしてください」というメッセージもメールに書いてあったそうです。「こんな原稿を丸々送ってきていいの」とその先生から連絡があって、「いや、送っていませんよ」となった。
他にも、パソコンの中に入っている、北朝鮮の人間からもらった資料、取材メモなどが片っ端から盗まれていて、それらがいろんな人に「以下の資料について御考察をお願いします」という僕名義のメールに添付されて送られたんです。
塚本:侵入されていたことに気づかず?
城内:気づかずですよ。「こんなメールを送ったか」という問い合わせが相次いで寄せられた後、関係当局から「サイバー攻撃されていませんか」と言われて、気がついたという感じですよね。僕からメールを受け取った知人の1人が当局に知らせたんですね。
塚本:怪しげなメールは僕のところには届かなかったので、北から「塚本は大したことはない」と認定されたのかと、ちょっとがっかりました(笑)。
城内:塚本さんとは最近メールのやりとりしていなかったからじゃないですかね。
おかしなことはあったんですよ。今回の攻撃の前に、韓国のシンクタンク、国家安保戦略研究院の研究者の名前で、セミナーを開くので参加をお願いします、ついては添付ファイルの用紙に名前その他を記載して送り直してください、とメールが来て、それに返信したことがある。その後、セミナーの案内が来ないことから考えると、どうもそれだったんじゃないかという気がするんです。
最近になって判明したんですが、北朝鮮の国家保衛省、つまり秘密警察の所属で「キムスキー」というサイバー集団があるんだそうです。別名で「ベルベット・チョリマ(紫の千里馬)」ともいうらしい。
民間セキュリティ会社などのレポートを見ると、「キムスキー」のサイバー攻撃の対象としては、まず韓国やアメリカの情報機関があり、次に北朝鮮や朝鮮半島に関わる専門家やジャーナリストなんだそうです。
塚本:そうなんですね。
城内:だから、狙っていただいたというのはある意味光栄だったのかな、という気はしますけどね。
そして、去年の夏には、また別の組織から攻撃を受けたんです。「APT37」というところで、やはり北朝鮮のハッカー集団です。だけど、具体的な所属は分からず、保衛省だとも偵察総局だとも言われているようです。とにかくえらい目に遭いました。
塚本:夏というと、この本を出版した後ですよね。となると、出版したことへの意趣返し、仕返しということだったんでしょうかね。
城内:意趣返しの可能性もあるでしょうね。それに加えて、僕の本は入手した資料を中心に書いているから、「あいつは一体どこを情報源にしているのか」と探ろうという意図もあったんだと思います。
塚本:あぶり出しですね。
城内:恐らくそうだと思います。
一昨年10月まで北京に4年間いたときもそうだったんですが、取材メモを記録として残す際、取材対象については「キツネ」とか「タヌキ」とかあだ名をつけて実名による記録をしなかったのは正解でした。そうしておかないと、何かのときに情報提供者に迷惑がかかってしまいますから。
地道に「内部協力者」づくり
塚本:本の前書きに、北の取材協力者が摘発されて立ちくらみを覚えたと書いてありました。この協力者、その後、ひどい目に遭わずにすんだのですか。
城内:聞いていないですね。摘発された協力者も僕との関係が原因だったのではなく、別の理由によるものだったようですが、その後まもなく解放されたと聞き安心しました。
塚本:それはよかったです。
城内:ただ、去年の4月頃ですか、世界的に新型コロナウイルスが大騒動になってから、協力者との連絡はほとんどできなくなりました。
僕は中朝の国境にエージェントを置いていて、協力者が北から中国に出てくると連絡してくることになっていたのですが、北朝鮮が昨年1月に中朝国境を全面封鎖してから、協力者そのものが中国に出てきていないのだろうと思う。
塚本:城内さんと北京駐在時期がかなり重なっていたのですが、城内さんがどこに食い込み、どういう取材をしているかなんてもちろん分からないから、城内さんのすごさを本当はよく分かってないところが僕にはあるんです。
城内:いや、すごくなんてないです。単に人と酒を飲むのが好きなだけなんです。北の人と飲んでいると、ぽこぽことあぶくのように話が出てくる。
塚本:でも、こうやって北のナマの情報を取るという、すごいことをされているわけです。本で紹介された北朝鮮の内部資料など大量ですよね。
城内:そうですね、ある部署のものががばっとまとめてあったり、バラバラのものも含めてざっと1400件。ただ、半分以上はまだ読めていません。
塚本:価値のある資料をもらえるようになるにはやっぱりかなり時間がかかったんですか。
城内:僕は1回目の北京赴任のときは2006年から2008年までいて、その当時に協力者を育てていました。ところが2013年の暮れに張成沢(チャン・ソンテク=当時国防委員会副委員長、党行政部長。金正恩=キム・ジョンウン=総書記の義叔父)が粛清された。これでいったんは協力者との関係が切れてしまったんです。
実は同年11月下旬、張派の副部長が処刑されたという連絡は来ていました。でも僕は忙しさにかまけて、全然気に留めていなかった。ところが、それからあれよあれよと張成沢にまで手が伸びたんです。
塚本:そうだったんですね。

城内:それで、2009年から2年間ソウルに赴任したときに、1カ月に1回のペース、2年で24回中国に入って、あらためて協力者づくりに力を入れました。そのときから育てたのが2人ほどいて、あと2、3人は、2015年に再び北京に赴任してから新たに関係を築いた人たちです。その中でズブズブの協力者は2人ぐらいでしたね。彼らが、平壌から中国に出てくるときに内部資料を持ってきてくれる、という感じです。
こんな裏話を明らかにしすぎると、中国の警戒が厳しくなるかもしれませんね。取材で付き合いがあった人の中からも「危ないから来ないほうがいいですよ」と言われちゃいました。
厳しくなった中国での活動
塚本:この本を読んでいると、城内さんの後ろ2メートルをピタリとひっついて歩くという……。
城内:強行監視ですね。組織によって強制尾行と言ったりもするらしいですね。
塚本:僕は残念ながら、強行監視まではされたことないですね。
城内:でも、尾行したり嫌がらせされたりは当然あったでしょう。
塚本:ありましたね。なので、僕も中朝国境に行くときは、普段使いの携帯は北京に置いていっていました。当時は、無記名で携帯電話の番号を買えたじゃないですか。
城内:50元ぐらいでね。
塚本:中朝国境ではそれを使っていました。
城内:僕も当時は3つか4つ携帯を持っていて、ディープ・スロートとの間の連絡には毎月番号を変えていましたね。ところが今回中国に行ったら完全に実名制に変わっていて、身分証明書を出さないと売ってくれなくなっていたんです。しかも、今では列車に乗るのだって、パスポートを出さないと切符が買えないでしょう。だからもう逃げようがない。
塚本:完全にそうなんですね。
城内:あとはGPSを使って追いかけているでしょうし、我々が一緒にいた十数年前に比べればあちこちに監視カメラがありますし。
塚本:いよいよ厳しいですよね。
城内:1回限りでしたが、強行監視は本当に気持ち悪かったですね。ぴったり2メートル間隔を空けてくっついてきて、こちらがコーヒーショップなんかで腰を落ち着けると、真横に座ってビデオカメラを回し始める。要するに何もするなという話でしょう。そのまま帰りなさいよ、と。