- 2021年03月16日 10:25
【読書感想】2016年の週刊文春
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2016年の週刊文春
作者:柳澤健
発売日: 2020/12/15
メディア: 単行本
Kindle版もあります。
2016年の週刊文春
作者:柳澤 健
発売日: 2020/12/15
メディア: Kindle版
内容(「BOOK」データベースより)
花田紀凱と新谷学。ふたりの名編集長を軸に昭和、平成、令和の週刊誌とスクープの現場を描く痛快無比のノンフィクション。
僕は『1976年のアントニオ猪木』をはじめ、柳澤健さんの『○○年の××』シリーズをずっと読んできたのですが、この『2016年の週刊文春』のタイトルをみて、「ああ、ついにプロレスラー・格闘家のネタが尽きたのか……」と思ったのです。
ところが、読み始めてみると、柳澤さんにとっての「古巣」である『週刊文春』というのは、もっとも書きたかったネタだったのかもしれないな、と感じました。
なんといっても、長い間一緒に仕事をしてきた人たちの話ですし。
僕自身は『週刊文春』に対して、「他人のプライバシーを暴くのを仕事にしているなんて、下品な雑誌だよなあ」というのと、「とはいえ、『そういうプライバシーを覗いてみたくて仕方が無い、叩いても許される存在を探したい』と渇望し、本当は興味ないんだけど、というフリをして読んでしまう現実の自分への自己嫌悪」が入り乱れているのです。
この本、花田紀凱さんと新谷学さんという、『週刊文春』の黄金時代をつくった2人の名編集長を軸に、「雑誌界の銀河系軍団」と称される『週刊文春』の編集者、外部記者たちの活動と、『文藝春秋』という組織の盛衰が描かれています。
花田紀凱さんに対しては、僕自身は「西原理恵子さんにマンガでさんざんネタにされていた人」「ナチスのユダヤ人虐殺はなかった、という記事を載せて、『マルコ・ポーロ』を廃刊に追い込んでしまった人」というのが主なイメージだったのですが、この本を読むと、本当に雑誌が好きで、編集者が天職の魅力的な人だったことが伝わってきます。
私が花田紀凱に初めて会ったのは1984年11月のことだ。翌年6月に創刊された隔週刊の写真雑誌『Emma(エンマ)』編集部はあまりにも忙しく、体力と根性のない2年目の若手社員は、花田デスクに弱音を吐いた。
「花田さん、この3週間1日も休んでないんですけど、これって労働基準法違反じゃないんですか?」
「バカだなあ、雑誌に労働基準法はないんだ(笑)」
それから5年ほどが過ぎた1990年前後の冬の夜、『週刊文春』編集長になっていた花田さんと、グラビア班員の私は、カメラマンの個展に行くために銀座の並木通りをふたりで歩いていた。
「柳澤、雑誌はおもしろいなあ」
「あ、はい」
「なんだお前、おもしろくないか?」
「いや、おもしろいですけど、花田さんほどじゃないです」
「そうか、俺は生まれかわったらもう一度雑誌編集者をやるよ」
「マジですか。俺は女になってみたいですね。凄い美人に生まれかわってブイブイ言わせたいです」
「バカだなあ、女より編集者の方がおもしろいに決まってるよ」
この人には一生敵わない、と思った。
1989年4月に明らかになった「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の加害者の少年たちを、『週刊文春』が実名報道したときの話。
警察を出てすぐに、(特派記者の)佐々木は編集部の松井に電話を入れた。
「四人の名前がわかったよ」
ところがその後、佐々木がなかなか編集部に戻ってこない。
『あの後、被害者の女子高生の家に行ったのよ。私が命じられたことは、加害者四人の名前を特定することと、もうひとつ、被害者の両親のコメントをとることだったよね? 昼間のうちは、新聞記者やテレビの連中が、被害者の女子高校生の家の周囲にたくさん張り込んでいたけど、夜になるとみんないなくなる。そんな時、玄関の門扉が開いてお父さんが出てきた。報道陣が道路に捨てた煙草の吸い殻を、箒で引き寄せていたんです。チャンスだ、声をかけようと思ったけど、お父さんが背負っている悲しみがあまりにも大きすぎて、とうとう声をかけることができなかった。何十年も記者をやってるけど、こんなことは初めてだった』
『いや、佐々木さん、もう充分ですから』と俺は言うしかなかった。
勝谷(誠彦)は最後まで反対したけど、とにかく実名を入れた原稿を書かせて、ゲラにして花田さんの机の上に置いた。俺から花田さんに何かを言うつもりはまったくなかった。
今でも忘れられない。花田さんはほかの記事を全部校了にして、このゲラだけを自分の机の上に置いて、腕組みをしたまま目をつぶってずっと考えていた。その姿が忘れられないんですよ。
最後に、俺を呼んで『よし、実名でいく』と言った。
編集長というのはこういうものなんだな、としみじみ思ったよ」
このとき、花田さんは新聞のインタビューに「野獣に人権はない」と答えたことが知られているのですが、花田さん自身にも、葛藤があったのです。
『週刊文春』は、人のプライバシーを暴いて商売をしているのは事実ではありますが、暴く側にも、それなりの覚悟があるし、けっして万人に愛されるような仕事ではないことも編集者たちはわかっているのです。
そして、『週刊文春』は、「暴く」からには、丁寧に証拠を積み重ねて「裏取り」をしていたし、他のマスメディアと比べて、独立性が高かったために、扱うネタの制約も少なかったのです。



