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「日本人宅に催涙弾」ミャンマー国軍の殺戮を止められるのは日本政府だけだ

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ミャンマーの最大の都市ラングーン※写真はイメージです - iStock.com/Oleksii Hlembotskyi

数千人が犠牲となった民主化デモと重なる

筆者は軍政下のミャンマーに中国から陸路で入国した経験がある。現地で対応に当たってくれた旅行会社の社長は「あなたが入国するに当たって、軍への付け届けが必要でねえ……」とボヤき、図らずも旅行代金の中に「ワイロらしき費用」が含められていたことが分かってしまった。

ミャンマーでは、民主化を叫ぶ民衆を暴行、虐殺することで国軍が権力を維持したことが歴史上で2度起きている。1988年の「8888民主化運動」では、僧侶と学生ら合わせて数千人が鎮圧の際に死亡。その後、2007年に起きた反政府デモでは死者と行方不明者が100人を超え、ヤンゴン中心部で取材していた日本人ジャーナリストが狙撃され亡くなっている。

連日凄惨な様子が報じられる現在のミャンマーは、こうした過去の姿と重なる。2月16日の記事で話を聞いた22歳の女子大生ナインさん(仮名)は「国軍がやっていることは昔よりひどい」と訴えている。

数百人規模の虐殺が起こるのか

これまで沈黙していた国連安保理は10日、ミャンマーの治安部隊が市民の抗議デモに発砲し死傷者が増え続けていることについて非難する議長声明を発表。しかし、軍によるクーデターへの言及は中国、ロシア、インドなどの反対により文書には盛り込まれなかった。そのため、国軍を「政権」から引きずりおろし、民主化へのプロセスへ導くための実効性は乏しいとの見方が強い。

国軍の蛮行がエスカレートする中、市民の間では今後、数百人規模の虐殺が起こるという見方が強まっている。目下、国軍による民衆の掃討に出るといった事前警告はない。しかし、国軍や政府寄り関係者の家族はヤンゴンを捨てて、続々と内陸にある首都ネピドーに向けて一斉に逃げ出している。

ミャンマーへの投資が多いシンガポール政府は「ミャンマーからの退避を推奨する」と在住者へ呼びかけを始めた。

大きく破損した新町さん宅の窓ガラス
大きく破損した新町さん宅の窓ガラス - 写真提供=新町智哉

催涙弾の被害に遭った新町さんは「かつて、軍が民衆を大弾圧した1988年や2007年の混乱を経験した人々による直感だからたぶん正しい」と指摘し、実際に「ミャンマー人の知人から、○○方面に逃げた方が良いというアドバイスも受けるようになった」と緊迫した状況であることを窺(うかが)わせる。

日本政府のちぐはぐなミャンマー対応

一方(残念なことに)、ミャンマーにある日本大使館の動きは相変わらず重い。クーデター勃発後、ミャンマーから日本への直行便の運行は2回しかない。3月は1本だけ、4月には数便予定されているが、これらの座席は全て埋まっているという。

現在、ヤンゴンに残っている日本人は1000人程度とみられる。残留するにしても帰国するにしても、当分は精神的に厳しい状況におかれそうだ。

日本の外務省が告知する「海外安全情報」によると、ミャンマーはコロナ対策では退避勧告に当たる「レベル3(退避してください。渡航は止めてください)」となっている。だが、安全対策では一部地域を除いて「レベル2(不要不急の渡航は止めてください)」にとどまっている。

在ミャンマー日本大使館は3月15日、ヤンゴン市内での戒厳令発布を知らせる注意を促す文章の中で、「当局による制圧のための動きについては、場所も時間も予断を許さず、また、昨日の死亡事案の増加が示すように、一層厳しくなっている」と説明した。

ただ、「今後事態が急変する可能性があることを念頭に置き、当地にて急を要する用務等がない場合には、商用便による帰国の是非を検討されることを勧める」と述べており、政府としては救援機を投入する考えがないことを匂わせている。

それでも「ミャンマーに残りたい」理由

一方、自宅で催涙弾による「攻撃」に遭った新町さんは、当面は日本に避難する考えはないと話す。

「私はエンターテインメントでこの国を盛り上げるため、7年前にミャンマーへ移住しました。決めたことを人のせいにはしたくない。ミャンマーに来て以来、この国の人々から受けた恩を思うと、自分の身の安全だけを考えて日本に逃げ帰るようなことはできません」

今のヤンゴンは、あらゆるところで発砲が絶えず、住民が国軍兵士により不当に拘束されたり暴行を受けたりしている。しかし新町さんは、地方へ疎開してでも、ミャンマーに残りたいという。SNSでミャンマーの惨状を発信している日本人の中には、新町さんと同様の理由でミャンマーにとどまっている企業家が少なくない。

軍政とのパイプを生かし交渉に当たったが…

日本国内でも目下、在日ミャンマー人とその支援者らが国軍の蛮行を許すまじと訴えるデモやPR活動が行われている。そんな中、丸山市郎駐ミャンマー大使は、軍が任命した外相であるワナ・マウン・ルウィン氏と会談し、アウン・サン・スー・チー氏らの解放などを求めた。

米国をはじめとする西側諸国が、国軍関連の資産凍結などをはじめとする「制裁」に舵を切る中、日本の外交官が国軍の“政権幹部”と接触し、現状の打開を促す申し入れを行ったことは評価できる。

しかしその後の対処がまずかった。

大使の面談以降、在緬日本大使館や東京の政府関係者はワナ・マウン・ルウィン氏の肩書きを「外相」と決めた。共同通信によると、日本は軍政と独自のパイプがあり、日本外務省は呼称の維持に「必要性」があるとしているが、在ミャンマー日本大使館のフェイスブックには「日本政府はクーデターを起こした国軍の不当な政権を承認するのか」などと抗議のコメントが殺到した。結局、外務省は文章を訂正する事態に追い込まれている。

日本政府は積極的な関与を

実は、日本の政権中枢とミャンマー国軍の幹部とは長年にわたり“良好な関係”を保ってきた。クーデター後に「国家元首」の地位に収まっているミン・アウン・フライン国軍総司令官は2019年10月、当時の安倍晋三首相を表敬訪問。その際、日本は「ミャンマーの民主化と国造りを全面的に支援」と伝える一方、同司令官は「(ヤンゴン郊外の)ティラワ経済特区への日本からの投資拡大に期待」と応えている。

目下、ミャンマーの民衆はもとより、世界各国が国軍の蛮行を抑える術を見つけられずにいる。日本が持つ「極めて親密な国軍との関係」を使って、国軍に利を与えることなく泥沼化している暴力活動を停止に持ち込んだら、日本外交の大きな成果となり得るのではないだろうか。

難しい舵取りや交渉が求められるが、日本政府の積極的な関与に期待したい。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。Facebook Twitter
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(ジャーナリスト さかい もとみ)

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