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科学は真理の探究、そして福祉の実現のためにある - 「賢人論。」134回(前編)野依良治氏

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今回は、2001年に「キラル触媒による不斉合成反応の研究」でノーベル化学賞を受賞した、有機化学者の野依良治氏に登場いただいた。言わずと知れた賢人中の賢人である。世界的なパンデミックが進む中、新型コロナウイルスへの対応をめぐって、現政権は必ずしも科学的根拠に基づいて施策を行っていないのではないか、という批判的な意見が多くみられる。重篤化が懸念される高齢者の割合が世界1位の日本で、政府はどのよう視点を持って対策を打つべきか。コロナ禍における科学の貢献とは何か。日本科学界のトップである野依氏に話を伺った。

取材・文/盛田栄一

パンデミックを機に、科学界と一般社会の対話が進んだ

みんなの介護 新型コロナの感染拡大に伴い、介護分野等の各業界はダメージを受けています。そんな中、緊急事態宣言の発出やGO TOキャンペーンの停止について、科学者たちの発する警鐘に政治はなかなか耳を貸さず、対応が後手後手にまわった印象があります。パンデミックの渦中にある今、国の施策を決定するにあたって、政治と科学はどういった関係を構築していくべきだとお考えですか。

野依 これは難しい問題だと思います。

1999年にハンガリーのブダペストで、ユネスコと国際科学会議の共催による「世界科学者会議」が開かれました。21世紀を目前に控え、科学界は社会とどのように関わっていくべきか、いろいろな議論がされたわけです。そして、最終日には「科学と科学知識の利用に関する世界宣言」を発出。科学は、人類の福祉の実現と人間の尊厳を守るため、社会の中で、社会のためにあることが確認されました。

今回、新型コロナウイルスの感染拡大を機に、科学界と一般社会は以前にも増して頻繁に対話するようになりました。たいへん好ましいことだと思います。私たち科学者も、狭い専門の科学界に閉じこもるのではなく、研究で得られた知識を社会にできるだけわかりやすく伝えたいと考えています。近年国際社会は、科学の社会に対する貢献度や、逆にそれを後押しする国の政策を注視しています。科学は政策決定を助ける立場にありますが、政治とのはざまに悩ましい問題があるのは事実ですね。

みんなの介護 科学と政治のはざまについて、もう少し詳しく教えていただけますか。

野依 一言でいえば、科学と政治とでは依って立つ次元が違うのです。科学はあくまでもエビデンス(実証的な根拠)に基づく営みです。一方で、政治はさまざまな主観が混在する社会全体を対象に施策を検討します。科学のように客観的な根拠だけで物事を判断することは困難です。

それでも、科学に信頼を寄せる国であれば、科学的根拠を尊重しながら政治を進めていきます。そして、科学者はこれに応えるために、万国共通の理念である科学精神に則って誠実な意見を述べるのです。事実、そうやって新型コロナの感染拡大を食い止めている国はいくつもあります。残念ながら、わが国の政治は社会に迎合し客観性を欠き、後手にまわる傾向にあります。

科学が国民に正答できない「トランス・サイエンス問題」

みんなの介護 コロナ禍で、国民の科学への関心・期待は高まっているように思いますが、これについてどのように捉えていますか。

野依 今回の件でも感じますが、多くの国民は科学に絶対に正しい答えを求めがちです。しかし科学には答えられない質問もあり、これを「トランス・サイエンス問題」といいます。

最もわかりやすい例は、昨年のノーベル化学賞の対象にもなったゲノム編集の問題でしょう。思い通りに遺伝子改変を可能にするこの技術は、食料増産や遺伝子治療を中心として、人類に大きく貢献することは間違いないでしょう。しかし、それが技術的にいくら優れていても、人命を操ることが生命倫理的に許されることなのか、科学的知見だけでは判断がつきません。科学者は、科学の領域を超えた善悪については答えられないからです。

それから、データ不足の問題もあります。目下の新型ウイルスについても、科学者が過去・現在にわたるすべてのデータを把握しているわけではありません。統計データを根拠とする場合も、平均値なのか中央値なのかで評価は変わってきます。もちろん、未来から実証的根拠を得ることも極めて困難です。AIで「予測」することはできても、決定論的に物事を「断定」はできません。

みんなの介護 確かにそのとおりですね。科学者は占い師でもなければ、予言者でもありません。

野依 新型コロナウイルスに関連して、もう一つ気になることがあります。それは「安全・安心」という言葉の使い方です。

一般的には「安全」と「安心」はひとくくりに語られますが、両者はまったくの別物です。「安全」は、科学的・客観的に一定の評価ができますが、絶対的な安全はあり得ません。一方、「安心」できるか「不安」であるかは、あくまでも当人の主観によるものです。

科学と政治の話に戻ると、リスクに対する立場も異なります。科学は放射線被ばくや感染症、自然災害などに関する「リスク評価」を担います。一方、政治はこの評価に基づき、さらにさまざまな要素を加味して、「リスク管理」をしなければならないのです。社会的合理性をもって被害を最小化するためには何をすべきなのか。信念を持って、最終的に判断するのが政治家の役割ということになります。

このように、科学と政治の関係は複雑です。しかし、健全でより良い社会をつくっていくためには、普段から両者が常に接点を持ち、お互いに信頼しあえる関係を築いていくことが重要だと考えます。

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