記事

イノベーションと安全保障――「軍」と「民」はなぜ接近し、いかなる課題をもたらすのか - 齊藤孝祐 / 国際政治学・安全保障論

1/3

シノドス英会話――英語の「話し方」をお教えします
https://synodos.jp/article/23083

1.デュアルユース、オープンイノベーション、対立する「価値」の調整

米中摩擦が技術覇権をめぐる争いの様相を見せている。そうしたなか、5Gのように、今まさに普及しつつある分野から、AIや量子情報科学に代表されるいわゆる「新興技術(emerging technology)」と呼ばれる分野まで、科学研究や技術開発の問題が安全保障に関連づけられながら言及されることが増えてきた。

それは近年、安全保障の分野において、科学や技術との関わりに変化が生じているためである。伝統的に安全保障にかかわる技術、特に軍事技術の開発は、一国に閉じたかたちで、あるいは政府が秘匿性を保ったまま進めることが常であった。近年はそれに加えて、国際関係の動きと連動するかたちで、国内の民間セクターが主張する利害や規範意識の問題に注目が集まることが増えている。

米国の輸出規制は安全保障だけでなく国内経済にいかなる影響を与えるのか。中国の「軍民融合」において国内企業がどのように統制されるのか。企業や大学は先端の軍事技術開発にどのように関与する(しない)のか。こうした問題が、「技術安全保障」を考える際には常に浮上する。日本も例外ではなく、防衛省の研究助成(安全保障技術研究推進制度)が「大学の軍事研究」論争につながったことも同様の文脈に位置づけられる。

このことを理解するのに重要な二つのキーワードがある。ひとつは、デュアルユース(dual-use technology / goods)と呼ばれるもので、一般的には民生用途に利用されるが、軍事転用が可能な技術や製品のことをいう。これに対して武器(専用品)は、戦車やミサイル、弾薬など、もっぱら軍事目的に利用される製品やその部品を指す。

科学技術がデュアルユース性を持つこと自体は、古くから期待と懸念が入り混じるかたちで認識されてきた。ダイナマイトの発明は、土木工事や採掘作業に恩恵をもたらしたが、その一方で戦争における殺傷兵器としての利用も進み、人類が技術の用途を考えるひとつの契機となった。

また、化学研究の発展は医薬品や殺虫剤などの発達を通じて人々の生活を豊かにした反面、その知識が兵器転用され、第一次世界大戦で大きな被害をもたらした。逆にGPSやインターネットなど、軍事セクターで開発された技術が民間の生活を一変させるような応用につながるケースもある。

こうして考えてみると、市場に存在するほとんどすべての技術や製品にはデュアルユース性がある、ということになるかもしれない。しかし冷戦後、デュアルユース技術の政策的な利用は大きく進み、軍と民が急速に接近する重要な契機となった。これが本稿の一つの出発点である。

もう一つの出発点となるキーワードが、オープンイノベーション(open innovation)である。オープンイノベーションとは、もとは企業経営論の分野で提唱された概念であり、技術や人材、資金などのリソースを自社に閉じることなく積極的に外部に求めていくことで、効率的なイノベーションの創出を図るものだ【注1】。

問題は、これまで政府や軍、一部の大企業、あるいは一国に閉じた研究開発が進められがちであった安全保障分野においてすら、オープンイノベーションが追求されるようになってきたことにある。

この動きは、国防をめぐるイノベーション・エコシステム――多分野・多業種の参画者が互いの持つ知識や資源を活かしあいながら革新的なアイディアを実現していく仕組み――に、中小企業やスタートアップ、大学等の研究機関なども含めたさまざまなアクターの関与を促すものとなっている。しかしこれによって、新興技術分野の発展を支える国内アクターの利害や規範(ここでは「価値」という言葉にまとめる)にどこまで配慮し、いかに調整するかという問題が浮上している。

この問題は、特に民主主義国家における研究開発や成果利用のあり方を考える際に深刻である。一般論として、安全保障政策という観点からは、先端技術の軍事利用や、重要技術の流出防止は、ほとんど自明の目的であるかのように扱われることが多い。

しかし同時に、安全保障を目的とした技術管理の強化は、民間の経済活動や学術活動を阻害することがあるため、いかにしてそれらの価値のバランスをとるかということがしばしば重要な論点となる。また、技術の安全保障利用が民間の活動を妨げない場合でも、そもそもそのような応用が許されるのか否か、という価値判断の問題も提起される。

民主主義という政治体制の下では多様なアクターの持つさまざまな価値の共存が許されることになる一方、複数の価値間の対立がしばしば生じる。そして、多くの国において、安全の獲得という価値を得るために、ほかの価値をどこまで犠牲にするのかという点は必ずしも自明ではない。イノベーションをめぐって軍と民が接近していくことで、政府の側からも、民間セクターの側からも、このような価値の対立をいかに調整していくかという問題が一層深刻なものとして認識されるようになっているのである。

2.米国におけるデュアルユース技術への取り組み

この問題を考えるにあたって、まずは米国においてデュアルユース技術に政策的な注目が集まっていった近年の経緯をとりあげてみよう。すでに述べたように、デュアルユースの問題自体は古くから認識されている。しかし、民生市場に存在するそれを重点的に活用するべく検討を進めたという点で、H・W・ブッシュ政権(1989-1993年)からクリントン政権(1993-2001年)にかけての取り組みは一つの転換点であった。

転換の第一は、効率化という強力な論理がデュアルユース技術の利用を支えたことである。レーガン政権(1981-1989年)期に累積した双子の赤字と、冷戦終焉の予見とともに国防予算が急減したことを背景に、1990年前後に始まった軍改革ではハイテク化による効率性の向上が試みられた【注2】。その際に追求された手法の一つが、高度な装備品をできるだけ安価に開発・購入する観点から、当時急速に質の高まっていた民生品を積極的に取り込もうとするものであった【注3】。

転換の第二は、民間セクターと防衛産業セクターの関係が再考されたことである。冷戦終焉時のそれは、国防予算の削減を受けて縮小する防衛産業をどう守るかという問題でもあった。需要を失った防衛産業をいかに統廃合し、経営合理性を高めていくか。あるいは、冷戦期に防衛産業に集中した研究者や設備などの資源を、いかにして民間セクターに戻していくのか。そのうえでなお、いざというときに必要な軍需品の生産能力を維持するにはどうすればよいのか――。

このような問題意識のもと、「軍民転換」や「軍民統合」をキーワードに、前述の効率化とも関連しつつ防衛産業の再編が進められたのである。これら1990年代に米国で進んだ装備調達の効率化と防衛産業基盤の育成・保護という二つの政策論理は、デュアルユース技術の活用という点で交わりながら、現在に至るまで米国の装備調達(軍で使用する用品の購入)や技術開発政策を規定することになる。

2000年代にはいると、財政状況の一時的な好転や同時多発テロの発生を受けて、国防予算も再拡大した。その多くはイラクやアフガニスタンにおける作戦費用に充てられたが、装備調達や研究開発に係る予算も、一転して拡大トレンドにはいった。W・ブッシュ政権期(2001-2009年)には米軍再編(トランスフォーメーション)の文脈で近代化が急加速した。しかしそれによって、軍事的な能力の向上が進むと同時に装備品の価格の高騰を招いたことが、次なる課題をもたらした。

たとえば、現在日本でもよく話題にのぼるF-35戦闘機の導入は、冷戦終焉に伴う国防予算の削減圧力を背景に、一つの高機能な戦闘機に複数の軍種で求められる能力を持たせることで調達価格を抑えようとする狙いがあった。

しかし2000年代にはいってから約20年あまりの間に、調達や維持費用を含めた総コストは倍以上となり、むしろ限られた財源を圧迫するようになっていった。冷戦終焉をきっかけに目指されたハイテクによる軍の効率化は、財政面では問題の解決策とはならず、かえって問題の一因としての性質を強めたのである。そのことが、民間の資源を利用したさらなる調達効率化を後押しすることになる。

あわせて読みたい

「米中関係」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    小池都知事は若者からかけがえのない時を奪うのを止めろ

    青山まさゆき

    04月12日 22:14

  2. 2

    学者も生産者も軒並み反対 「海洋放出以外の選択肢ある」

    鈴木博喜 (「民の声新聞」発行人)

    04月13日 08:45

  3. 3

    在日ドイツ人監督が見た「アフター『ザ・コーヴ』」和歌山県太地町のイルカ漁の今

    木下拓海

    04月12日 08:07

  4. 4

    千代田区の名門公立中学校で通知表に「1」を連発した新校長の主張

    NEWSポストセブン

    04月13日 09:29

  5. 5

    海洋放出も地層処分も強行するな

    畠山和也

    04月13日 08:42

  6. 6

    メガソーラーが自然環境を破壊する?

    船田元

    04月12日 15:53

  7. 7

    なぜ市町村に、具体的なワクチン配布の日程を伝えられないのか

    大串博志

    04月13日 08:50

  8. 8

    居住実態なく当選無効 スーパークレイジー君市議「徹底抗戦」

    ABEMA TIMES

    04月12日 20:58

  9. 9

    「リモートワークはサボっているのと一緒」「会食を中止しない経営者」コロナで退職を決意した人々

    キャリコネニュース

    04月12日 09:16

  10. 10

    支持率が下げ止まるも、参院選広島補選は劣勢。評価が難しい菅政権の浮沈具合【ほぼ雑談】

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    04月13日 09:14

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。