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【読書感想】安いニッポン 「価格」が示す停滞

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 企業も、値上げしたくても、これまで値上げしたことで売れなくなった事例をたくさん見てきたので、なかなか踏み切れないのです。

 東京大学の渡辺教授はステルス値上げについて調べた際、実際に企業がどういう気持ちで商品を小型化したのかを聞きに行ったことがある。

 某コンビニエンスストア大手のおにぎりを開発・製造販売している総菜工場だ。

 担当者はいかにおにぎりを小型化してコストを削減しているか、そのための設備投資や包装用紙の改良などを、細かに説明してくれたという。

 だが最後に担当者がつぶやいたことが忘れられない。

「僕たち技術開発者は、通常業務が終わったあとに残業までして小さなおにぎりの作り方を試行錯誤している。でも消費者は全然喜ばず、「こっそり小さくしている」とSNSに書かれるんです」

 渡辺教授はその際に思った。

「企業や労働者が、誰も報われないことをやっている、悲しいニッポンだ」と。

 そして、海外でモノの価格が上がっている大きな理由のひとつは「人件費が上がっていること」なんですよね。
 アメリカでは「物価が2%ずつ上がるが、給料は3%ずつ上がっている」そうです。
 逆に言えば、日本でモノの価格が上がらないのは、「人件費を上げずに済んでいるから」でもあるのです。
 結果的に、物価を上げながら、それ以上に給料も上げてきた諸外国との差は、どんどん開いていきました。

 モノやサービスの価格と賃金は密接に結びついている。昭和女子大学の八代尚宏副学長は「日本の賃金はこの30年間全く成長していない」と指摘する。そのため、賃金がどんどん上がるアメリカなどに比べて、日本は相対的にどんどん安くなってしまった。

 全労連(全国労働組合総連合)が経済協力開発機構(OECD)などのデータを基にした分析によると、日本で過去最高だった1997年の実質賃金を100とすると、2019年の日本は90.6と減少が続く。海外はアメリカが118、イギリスは129など増加傾向にあるなか、日本だけが減っているのだ。実質賃金とはつまり、物価変動の影響などを除いたものであり、日本の賃金の安さを端的に表している。

 また、2019年の平均賃金(年収)を、同年のアメリカドルを基準とした購買力平価(PPP)を使って国際比較した。為替レートよりも各国の購買力の実感に近いものとなる。

 するとスイス(6万6567ドル)やアメリカ(6万5836ドル)から大きく開いて日本(3万8617ドル)だった。韓国(4万2285ドル)やイタリア(3万9189ドル)よりも安い。

 つまり物価の違いがなくても、日本の賃金は安いのだ。

 日本は、「安い賃金で働いている人たちが、安い物価のおかげで、それなりに生活できている国」になっているのです。
 みんなお金がないから、モノの値段が上がることに敏感になってしまう。
 企業は「企業努力」で価格を維持しようとするのだけれど、そのために人件費も上げられない。
 給料が上がらないから、みんなお金がない。
 まさに悪循環。

 さまざまな技術の進歩もあって、日本人は日本の中ではそれなりに幸せに暮らしているのだけれど、この30年間で、他国は停滞している日本に追いつき、追い越していったのです。周りがどんどん豊かになっていっているだけに、日本の閉塞感は数字以上に強いのではなかろうか。

 とはいえ、給料が安くても、「安くて良いものが手に入りやすい国」であれば、そこから出なければそれなりに幸せなのではないか、という考え方もありますよね。
 大部分の日本人は、海外に移住するわけではないし、海外旅行にたまに行く程度なのだから。

 しかしながら、この本のなかでは、日本の「安さ」や「給与体系」のせいで、すばらしい技術を持つ中小企業が外資に買われていったり、IT業界の若いエンジニアが海外に流出していったりしている現状も紹介されています。もちろん、外資のおかげで倒産を免れ、技術を継承できた、給料も上がった、というプラスの面もあるのですが、このままでは、日本の国際競争力は落ち、優秀な人は日本から出ていき、制限なんかしなくても、外国人労働者は日本を敬遠してしまうことになるでしょう。

 日経新聞的には「だから生産性を上げて、競争に勝っていかなければ日本の未来はない」のでしょうけど、新自由主義経済を突き詰めて、一部の人が富を寡占していく「平均値としては豊かな社会」を本当に日本人は望んでいるのかどうか。

 「みんなあまりお金がなくて贅沢はできないけれど、格差が少なく、劣等感を抱きにくい社会」のほうが、そこに生きている人間にとっては「幸福」なのかもしれない、と僕は考えてしまうのです。
 上司はみんな外国人で、日本人が差別されるような世界になったら、そうも言ってはいられないでしょうけど。

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