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- 2021年03月10日 14:57
震災から10年、東京育ちの女性社長が釜石で「まちの人事部」を創るまで【後編】
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文:INITIATI編集部
東京生まれ・東京育ちで東北に行ったこともなかった戸塚絵梨子さんは、ボランティア休職制度を活用して繋がりを持った岩手県釜石市で、2015年に「株式会社パソナ東北創生」を立ち上げました。今回は【前編】に引き続き、戸塚社長に創業からの歩みや、今後に向けた思いを聞きました。
【前編はコチラ】

(戸塚社長:写真左から1人目)
―起業してみて、実際にいかがでしたか。
釜石と関わりたいという気持ちのほうが先行していたので、画期的な事業アイデアとかがあったわけではなく、それまでやってきたことや、釜石にいた時の経験の延長線上で事業プランを提案しました。「研修ツーリズム」として、都市部の企業の方々に釜石に来ていただき、産業復興に向けた事業を一緒に作っていくようなツアーを企画したのですが…。全く上手くいきませんでした!
当たり前なのですが、ツアーで来る人を受け入れるのと、事業を始めるという話は全く別物なんですよね。ツアーとしては、観光関連の事業者など、観光客が来ることでプラスになる業種の方たちは受け入れてくれますが、新たに事業を創りたいと考えている企業の人たちのニーズに必ずしもマッチングするわけではありません。
事業を始めてすぐに、この“ちぐはぐ”さに気づき、これでは無理だと思いました。新たな事業展開を考えている会社に、こちらから「こういう人が来るから会ってみませんか」と提案しても上手くいかない。向こうから「こういう人がいないかな」と相談してもらうための信頼関係を築かなければと思いました。
そこで、もっと地域に根差した活動をしていかねばと思い、短期間のフィールドワークではなく、2か月間の滞在型の「大人向けのインターンシップ」を実施しました。まとまった期間滞在して地域の取り組みを一緒に行う一員になれば上手くいくのではないかと。しかし今度は、「移住しないで帰ってしまう」「ボランティアの領域ならウェルカムだけど、仕事をするとなると短期間だと教える手間がかかる」「地元の人の仕事を奪う」などと言われてしまいました。(苦笑)
―なかなか上手くいかないものですね。
こうした試行錯誤を経て「大学生のインターンシップ」事業を始めました。
現地の企業で何が求められているのかというと、新しい地元の雇用や働き方を生み出していくプロジェクトの推進や、本格的な事業化の前段階でのトライアル、商品のマーケティング支援のようなものではないかと考えました。例えば、テストマーケティングをしてその結果を調査したり、市内で若者視点を生かしたポップアップショップやイベント等企画したり。そうした分野に、若い大学生の力が活きるのではないかと。
やってみると、経営者の方々からも非常に好評をいただき、今年度はコロナ禍によるオンラインでもご一緒してくださる企業様が複数いらっしゃいます。学生の強みは町の重鎮の方々にも率直に意見が言えること。それまで変わらなかったものが大きく動きだすような事例をいくつも目の当たりにしました。
また、釜石には大学がないので、若くて元気な大学生が地域にいるという光景自体が珍しく、好意的に受け入れてくれました。
釜石で有名な酒造会社では「頒布会」(はんぷかい=季節に合わせた商品を定期的に届けるサービス)をしているのですが、大学生インターンが顧客アンケートを採ったところ、「振込用紙での振り込みが面倒くさい」「一升瓶ではなく四合瓶を2本のほうが嬉しい」などのリアルな声が返ってきました。今ではそれらを反映させて、すべてネットで注文や支払いができるようになり、お酒のサイズも多様なものを揃えています。
地元の会社が変わっていくことで、地域の他の会社も外部人材が入ることの効果に気づいていただくと同時に、インターンシップの受入を通じて、私たちパソナ東北創生についても知っていただけるようになりました。
コロナ禍の現在はオンラインでのインターンシップに切り替えていますが、これまで延べ43社で72名のインターンを受け入れています。
―思考錯誤しながら、事業を見直してきたんですね。
はい。まちの状況も刻一刻変わっていきますから、一度上手くいったものがずっと続くわけではありません。また、働き方を取り巻く環境もどんどん変わっていきます。今ではオンラインでの複業が一気に広がり、ワーケーションや2拠点居住も当たり前になってきていますよね。世の中の新しい働き方・生き方を先取りしながら、やっていかなければいけないと思っています。

―そういう意味では、戸塚社長自身が2拠点居住ですね(笑)
コロナ禍になってからは頻繁な行き来が難しいため、いまは1か月のうち3週間が釜石、1週間が東京というスケジュールで動いています。
釜石にいると、地域に馴染んでいくのを感じられてとても嬉しいのですが、一方で危機感も感じます。定期的に東京に来て、様々な人に会ったりする中で、新しいアイデアや大手企業のトレンドなどを生の声として教えてもらえたり、色々な立場の人と話している中で「今度はこんなことをやってみよう」というアイデアが浮かぶこともあります。いまは、意識して東京に滞在することや、人と会って話すこと、見て感じてインプットすることなどを大切にしています。
社員の中には釜石に移住し、結婚して、家を買って、町内会に入って…と地域に溶け込み「釜石で生きていく」ということを体現している社員もいます。。そのような姿を格好良いな、と思うこともありますが、一方で私はこの地域と東京を行き来すること、「外の視点を持っている」というポジションで、自分の強みを発揮していきたいと思っています。「東京ではどんな感じ?」とか「他の企業は何て言っているの?」など、気軽に聞ける人だと思われていたいですね。
東京生まれ・東京育ちで東北に行ったこともなかった戸塚絵梨子さんは、ボランティア休職制度を活用して繋がりを持った岩手県釜石市で、2015年に「株式会社パソナ東北創生」を立ち上げました。今回は【前編】に引き続き、戸塚社長に創業からの歩みや、今後に向けた思いを聞きました。
【前編はコチラ】

(戸塚社長:写真左から1人目)
起業直後から試行錯誤の連続
―起業してみて、実際にいかがでしたか。
釜石と関わりたいという気持ちのほうが先行していたので、画期的な事業アイデアとかがあったわけではなく、それまでやってきたことや、釜石にいた時の経験の延長線上で事業プランを提案しました。「研修ツーリズム」として、都市部の企業の方々に釜石に来ていただき、産業復興に向けた事業を一緒に作っていくようなツアーを企画したのですが…。全く上手くいきませんでした!
当たり前なのですが、ツアーで来る人を受け入れるのと、事業を始めるという話は全く別物なんですよね。ツアーとしては、観光関連の事業者など、観光客が来ることでプラスになる業種の方たちは受け入れてくれますが、新たに事業を創りたいと考えている企業の人たちのニーズに必ずしもマッチングするわけではありません。
事業を始めてすぐに、この“ちぐはぐ”さに気づき、これでは無理だと思いました。新たな事業展開を考えている会社に、こちらから「こういう人が来るから会ってみませんか」と提案しても上手くいかない。向こうから「こういう人がいないかな」と相談してもらうための信頼関係を築かなければと思いました。
そこで、もっと地域に根差した活動をしていかねばと思い、短期間のフィールドワークではなく、2か月間の滞在型の「大人向けのインターンシップ」を実施しました。まとまった期間滞在して地域の取り組みを一緒に行う一員になれば上手くいくのではないかと。しかし今度は、「移住しないで帰ってしまう」「ボランティアの領域ならウェルカムだけど、仕事をするとなると短期間だと教える手間がかかる」「地元の人の仕事を奪う」などと言われてしまいました。(苦笑)
―なかなか上手くいかないものですね。
こうした試行錯誤を経て「大学生のインターンシップ」事業を始めました。
現地の企業で何が求められているのかというと、新しい地元の雇用や働き方を生み出していくプロジェクトの推進や、本格的な事業化の前段階でのトライアル、商品のマーケティング支援のようなものではないかと考えました。例えば、テストマーケティングをしてその結果を調査したり、市内で若者視点を生かしたポップアップショップやイベント等企画したり。そうした分野に、若い大学生の力が活きるのではないかと。
やってみると、経営者の方々からも非常に好評をいただき、今年度はコロナ禍によるオンラインでもご一緒してくださる企業様が複数いらっしゃいます。学生の強みは町の重鎮の方々にも率直に意見が言えること。それまで変わらなかったものが大きく動きだすような事例をいくつも目の当たりにしました。
また、釜石には大学がないので、若くて元気な大学生が地域にいるという光景自体が珍しく、好意的に受け入れてくれました。
釜石で有名な酒造会社では「頒布会」(はんぷかい=季節に合わせた商品を定期的に届けるサービス)をしているのですが、大学生インターンが顧客アンケートを採ったところ、「振込用紙での振り込みが面倒くさい」「一升瓶ではなく四合瓶を2本のほうが嬉しい」などのリアルな声が返ってきました。今ではそれらを反映させて、すべてネットで注文や支払いができるようになり、お酒のサイズも多様なものを揃えています。
地元の会社が変わっていくことで、地域の他の会社も外部人材が入ることの効果に気づいていただくと同時に、インターンシップの受入を通じて、私たちパソナ東北創生についても知っていただけるようになりました。
コロナ禍の現在はオンラインでのインターンシップに切り替えていますが、これまで延べ43社で72名のインターンを受け入れています。
―思考錯誤しながら、事業を見直してきたんですね。
はい。まちの状況も刻一刻変わっていきますから、一度上手くいったものがずっと続くわけではありません。また、働き方を取り巻く環境もどんどん変わっていきます。今ではオンラインでの複業が一気に広がり、ワーケーションや2拠点居住も当たり前になってきていますよね。世の中の新しい働き方・生き方を先取りしながら、やっていかなければいけないと思っています。

―そういう意味では、戸塚社長自身が2拠点居住ですね(笑)
コロナ禍になってからは頻繁な行き来が難しいため、いまは1か月のうち3週間が釜石、1週間が東京というスケジュールで動いています。
釜石にいると、地域に馴染んでいくのを感じられてとても嬉しいのですが、一方で危機感も感じます。定期的に東京に来て、様々な人に会ったりする中で、新しいアイデアや大手企業のトレンドなどを生の声として教えてもらえたり、色々な立場の人と話している中で「今度はこんなことをやってみよう」というアイデアが浮かぶこともあります。いまは、意識して東京に滞在することや、人と会って話すこと、見て感じてインプットすることなどを大切にしています。
社員の中には釜石に移住し、結婚して、家を買って、町内会に入って…と地域に溶け込み「釜石で生きていく」ということを体現している社員もいます。。そのような姿を格好良いな、と思うこともありますが、一方で私はこの地域と東京を行き来すること、「外の視点を持っている」というポジションで、自分の強みを発揮していきたいと思っています。「東京ではどんな感じ?」とか「他の企業は何て言っているの?」など、気軽に聞ける人だと思われていたいですね。
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