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思考の「型」を身につけよう 飯田泰之

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あるいは、大学で学ぶ「内容」こそが役に立つというのならば(現時点で立ち読み中であると仮定して)今すぐに本書を閉じ、専門書コーナーに向かう方が得策ということではないでしょうか。しかし、私は、
・生活・ビジネスのための型稽古には、経済学っぽい「思考の型」が向いている・経済学の専門書では伝えられないことこそを本書で伝えたい

と考えています。

法学や政治学・経営学、または社会学や哲学、さらには文学研究にも思考の型は確かに存在します。しかし、これらの学問では経済学ほどには、伝統的に「型にはまった思考」の重要性が強調されてきませんでした。そのため、よほど熟達の教師・研究者でない限り、予備知識のない相手に「型」を伝えることは難しいでしょう。

一方の経済学は、社会科学の中ではもっとも「型にはまった思考」を愚直に実践しており、入門レベルの学習においても型にはまった思考経路で問題を整理していきます。その意味で、さまざまな専門分野のうちでも、経済学を用いた思考の型の理解・習得が比較的楽だと考えられます。

さらに、型の中に含まれる個々の技が応用しやすいという点も経済学の特徴でしょう。
曲がりなりにも経済問題について考えるため、費用と便益、粗利と純利益といったビジネス上の課題を処理する技が多く含まれています。そのため、現実の生活やビジネスの問題へのtips(小技)として直接用いることができるものが多いのです。

思考の型を意識させ、さらにそれはビジネスや日常生活の中でちょっと使える技でもあることを教わるのは、私自身の個人的な経験としては、演習(ゼミ)や卒論指導の合間、ちょっとした飲みの席での雑談のことが多かったと感じます。オフィシャルな講義の中ではくだけた話はしづらく、どうしても四角四面な「経済理論」に終始してしまうという教員は多いのです。

これは書籍についても同じことです。これまで私は「経済学入門」に分類される本を何冊も書いてきましたが、その中で「ああ、ゼミだったらアノ話をするのになあ」と思ったことが数多くあります。その意味で本書は、経済学部でゼミ(少なくとも飯田ゼミ)に入ると一度は耳にするちょっといい話を濃縮して紹介するという性格も併せ持っています。 そのため、もちろん本書は1冊だけで話が完結するように書かれてはいますが、
正統派の経済学入門の副読本として活用

していただくというのも筆者としては大変嬉しい利用法です。

本書では経済学を応用した、経済学っぽい「思考の型」を伝え、型を紹介する中で実際の意思決定の際に使えそうな「技」を紹介します。

このような目論見に対して、ぜひ習得したいと感じられたならば、大変ありがたい限りです。ぜひ第1章からじっくりと経済学思考の旅へとご出発ください。

しかし、その一方で「型にはまった思考」なんてとんでもないと思う人もいるのではないでしょうか。
典型的なものは「自由な発想を持って、ゼロから考えることこそが重要だ!」という反論です。実際、型にはまった思考の重要性の話をすると、いつも類似の反論を受けます。しかし、それは二重の意味で誤りです。

またも武道や芸道からの引用ですが、「守破離」という考え方をご存じでしょうか。“守”とは型どおりの動きのこと、“破”はベースを習得した上で自ら応用をきかせること、そして“離”は型にとらわれない自由な動きをすることです。守なくして破なく、破なくして離はありえません。キャッチボールもおぼつかないのに変化球を覚えても意味はないでしょう(というか習得できないでしょう)、デッサンをやったことがないのに大カンバスに風景画を描くのは不可能ですし、楷書や仮名をしっかりと書けないのに近代詩文や前衛書の上手にはなれません。
「ゼロからの発想」は、基本が十二分に身についてからでよい

のです。世にあふれる偉人伝では既存の枠からはみ出た、またはそれらを初めから無視した成功者が並びます。しかし、それをもって「自分もゼロから自分なりの思考・決定を目指すのだ」と意気込んではいけません。それはなぜか……その解答は本編まで持ち越すことにしましょう。

これ以外にも「自由な発想」という魅力的なフレーズには、大きな罠が隠されています。少し遠回りになりますが、せっかくですからここで初歩的な経済学で登場する(思考に役立つ)小技を交えてお話ししましょう。

経済学が取り扱う対象は常に「希少なもの」です。希少とは、無料のときに人々が欲しいと思う量に比べて、その存在量が足りていない状態を意味します。たとえば、りんごが無料で手に入るとしたら、きっと多くの方がわれ先に果樹園からりんごをもぎ取ってしまい、りんごを食べられない人が出るでしょう。つまりりんごは希少なものなのです。

一方で、空気は無料ですが現時点では誰もが好きに呼吸をしてもなくなりはしません。ここから、(今のところ)空気は希少なものではないことがわかります。

さて、私たちの生活においてもっとも希少なものはいったい何でしょうか? 時間ではないでしょうか。どんなに貧乏な人であっても、どんなに大金持ちであっても、みな平等に1日は24時間です。時間は希少性の王様です。ここで、少し考えてみてください。

皆さんは日々の意思決定の場面において、いちいち自由に、ゼロから考える時間をお持ちなのでしょうか?
そして私たちにとってもっとも希少な時間を大いに注いで「自由な発想」をしたことで、私たちは本当に得をしているのでしょうか。

直面した問題をすべて根本からじっくり考えたり、自由に考えたりすることは非常に大変です。残念ながら実際のビジネスシーンの中の私たちは常に締め切りや期限に迫られています。日常的には、時間をかけて100点を目指すよりも、短時間で70点を目指すことが必要とされるシーンが非常に多いのです。

ここで、さらに経済学思考の技を使ってみましょう。それは「限界生産力逓減」「限界費用逓増」という考え方です。限界とは「追加的」、逓減・逓増の「逓」は「だんだん」くらいの意味であると理解しておいてください。

今までテストで50点を取ってきた人が70点を取るための努力と、70点ばかり取っていた人が90点を取る努力では、どちらが大変でしょうか?

それは、90点を目指す人だと思います。さらに90点から100点を目指す人にはさらに緻密な努力が必要です。このように、同じ20点アップ、あるいは少ない10点アップでも、点数が上がるにつれて徐々に必要な努力が増えていきます。これが「限界生産力逓減」、「限界費用逓増」の考え方です。
あなたが今直面している問題を思い浮かべてください。

それは、100点を取るだけの努力とそれに伴う時間をかけるだけの価値があるものでしょうか?合格点の70点を目指せばよいものではありませんか?

ごく一部の天才は、直感によって短時間で100点満点を出せるかもしれません。しかし少なくとも私はそのような天才ではありませんし、皆さんもきっと天才ではないでしょう。だからこそ、「思考の型」「思考の技」を身につけて、まあまあ短い時間で、70点くらいを出せるようになろうというのが本書のもう一つの目標です。

もちろん皆さんの人生においてもっとも重要な問題は、ゼロから考える方がよいのかもしれません。しかし多くの事柄はとりあえず70点を取っておけばよい。100点を目指して、0点になるよりは、まずは70点を目指しましょう。100点を目指すかどうかはその後で考えればよいのです。

本書では皆さんが70点を取ることができるように、そして意思決定や思考の際に生じるストレスを下げられるように、ゼロから自由に考えるのではなく、いい意味で“型にはまった”思考法をお伝えしたいと思っています。

第1章では、経済学または現代的な社会科学の研究技法を参考にした「考える」ためのもっとも基本的なフレームワークを紹介することから始めます。この基本フレームのテーマとは、問題の分割と総合、そしてデータによる検証です。

続く第2章では基本型である「分割」を適切に行うための技、そのための準備、さらにはデータを観察するための基本について紹介します。

第3章からは、経済学特有の「型」である、問題を目的・制約・最適化の3つのステップで考える方法を身につけることを目標とします。そのための技は4章にまとめました。

そして第5章は、第1章から第4章で学んだ思考の型と技を補完してくれる、教科書的な経済学の理論の中にある思考のヒントをとりまとめています。

もちろん本書を一度通読しただけで、「思考の型」が完全に身につくわけではありません。それだけで習得できるのであれば、大学に4年間も通う必要がなくなってしまいます。

まずは本書の内容を日常のあらゆるシーンで試しに使ってみてください。そして折りにふれて本書を何度も読み返してみてください。日常生活も日々稽古なのだという意識を持っていただければ、いつの間にかあなたは見事に「思考の型」を身につけていることでしょう。

※本記事は『思考の「型」を身につけよう 人生の最適解を導くヒント (朝日新書)』「はじめに」からの転載となります。

リンク先を見る
思考の「型」を身につけよう 人生の最適解を導くヒント (朝日新書)
 
飯田泰之(いいだ・やすゆき)
1975年東京生まれ。エコノミスト、駒澤大学准教授、シノドスマネージング・ディレクター、財務省財務総合政策研究所上席客員研究員。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書は『経済は損得で理解しろ!』(エンターブレイン)、『ゼミナール 経済政策入門』(共著、日本経済新聞社)、『歴史が教えるマネーの理論』(ダイヤモンド社)、『ダメな議論』(ちくま新書)、『ゼロから学ぶ経済政策』(角川Oneテーマ21)、『脱貧困の経済学』(共著、ちくま文庫)など多数。

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