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東日本大震災の直後、支援物資をいわき市に届けた江頭2:50 なぜ原発へ向かったのか

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BLOGOS編集部

東日本大震災から10年を迎え、多くの人達がこの10年に思いを馳せている。まだ10年であり、もう10年であり、いずれにしても10年だ。そしてあの頃から「10歳、年をとってしまった」という思いが最近やたらと頭をよぎっている。

10年前、自分は震災直後に芸人の江頭2:50と行動を共にしてふたりで福島へ行った。その時の江頭の行動はSNSを介して広く知られることになった。その行動録を震災から1年後の2012年春、自分は一冊の本にまとめ出版した。タイトルは「F(エフ)」。縁あって福島県いわき市で本を出版し福島県内の書店とネットで販売した。

このインディーズな一冊が本当にゆるゆると完売し絶版となっていたので、この震災10年目に際して電子書籍化(Kindle版)した。タイトルは「F(エフ):2021電子書籍版」。自著PRで失礼しますが、あらためてどんな本かと言うと――、

<「F(エフ):2021電子書籍版」イントロダクション>

不謹慎なふたりがめぐりめぐって福島へ――!?
2011・3・11東日本大震災の直後、放射能による風評被害で物流が滞っていた福島県いわき市へ、著者の松田健次とお笑い芸人の江頭2:50が救援物資を届けに向かったのはなぜか?
厳戒な立ち入り禁止区域となった福島第一原発へと向かったのはなぜか?
震災時の不明すぎる行動の顛末を詳細に綴り、いわき市のレーベル「SALLY文庫」から出版された異色の一冊を東日本大震災から10年にあたり電子書籍化。
初版未掲載原稿(約2万字)を追加収載。

という本です。さらに詳しいところを、電子書籍版用に書いた「追記」(あとがきのようなもの)にも書いたので、それを引用すると――、

駆け出し放送作家と若手芸人・江頭2:50との関係

エガちゃんねる

<「F(エフ):2021電子書籍版」追記・2より抜粋>

====

「F(エフ)」は東日本大震災から1年後の2012年3月に単行本として出版された。版元は福島県いわき市で編集の仕事をしているSさんのレーベル「SALLY文庫」で、なにかとインディーズな一冊だったがSさんがコツコツと売ってくださり、長いことかけて在庫の山は平らかになったという。

あらためて読み返すと、あの時の空気、僕自身の逡巡、そして江頭2:50のあれこれを思い出す。

どうしてあの時「F」のような行動があったのか、時間を問わずに遡れば、僕と江頭の付き合いと間柄がそこにつながる。本書に書ききれなかったことを今さらながら補足してみる。

江頭とは20代半ばに出会った。若手芸人と駆け出し放送作家、この世界ではよくあるつながりだ。江頭は学ラン姿で歌い踊る芸人集団・大川興業の一員で、その芸風は当時から怪しい動きや眼光や奇声などが前面にあったが、ライブの場で彼がトークする場面に何度か遭遇すると、「喋っている江頭」が妙におかしくて気になり、また、なにかと上下関係のシビアなお笑いタテ社会の片隅で、たまさか同学年だったという単純な親近感もあって、「トークライブやろうよ」と持ち掛けたのが「出方(芸人)」と「裏方(構成)」の濃いめの付き合いの始まりになった。

これが周りからすると、「えがちゃんがトークライブ?」という違和感が先立つばかりで、何しろ大川興業のマネージャ―陣が「江頭で本当に大丈夫ですか、ひとりで2時間とか喋るんですか?」と真っ先にいぶかった。

言われても僕だってわからない。だが、マイク一本ひとりきりで喋るプレッシャーを少しでも軽減するため、舞台に譜面台を置きトークの流れを記したメモを確認できるようにしたり、日記を読み上げるコーナー(堂々と原稿を朗読できる演出)を加えたりの保険も打ちつつ、基本マイク一本のスタンディングスタイルで、年に一度、一年間にあった事件簿を喋るトークライブを始めたのが、彼が29歳の時だった。

▽第一回1994・7・2
江頭2:50 29歳のお誕生日おめでとうトークライブ
江頭の解体新書
於:文芸坐ル・ピリエ

▽第二回1995・7・1
江頭2:50 30歳のお誕生日おめでとうトークライブ
江頭の解体新書
於:文芸坐オールナイト

▽第三回1996・8・17
江頭2:50 31歳のお誕生日おめでとうトークライブ
江頭の解体新書
於:九段会館

▽第四回1997・7・19
江頭2:50 32歳のお誕生日おめでとうトークライブ
江頭の解体新書
於:日比谷公会堂

▽第五回1998・8・17
江頭2:50 33歳のお誕生日おめでとうトークライブ
江頭の解体新書
於:新宿コマ劇場

このトークライブは、江頭自身の売り出し時期――、それは超不定期でテレビに出ては暴れて去っていく辺境の野獣のようなものばかりだったが、それでもメディアに露出していく時期にも並走しながら動員を広げていった。

過激さを増す定期ライブ 事件になる前にいったん解消

毎年劇場の規模を拡大していくステップは、ライブそのもののモチベーションとなり、それに比例して内容も過激さを増していく。

97年の日比谷公会堂では「トルコ全裸事件」、98年の新宿コマ劇場では「バイアグラ一気飲み事件」がトークの柱となった。

体を張る、というのは彼の芸風そのものだったが、それが単にフィジカルなことではなく、次第に世間や社会と対峙、芸人特有の非道徳や非常識で笑い過ごせる範囲を侵食、法に触れるキナ臭さが漂い始め、僕自身もブレーキよりアクセルを踏みがちで、次は武道館行くぞと若気の迷妄にもハマり、このままだと江頭は芸人から罪人になりかねず、この定期ライブはいったん解消した。

その後は白紙の状態から、何かあったならまた何かすればいいというフレキシブルなスタンスにチェンジ。江頭と僕は気があった時に行きたい場所へ出掛け、ネタ探しのような旅をした。そこからトークライブ開催に至ったのは、

▽2002・7・16
江頭VSワールドサッカー(日韓ワールドカップでのトルコ応援記)
於:なかのZERO大ホール

▽2003・4・15
江頭VS北朝鮮(ある目的を果たしにピョンヤンへ)
於:なかのZERO大ホール

どちらも忘れられないライブになった。(その後、2008年の北京オリンピックにまつわる様々もあったが、これはライブとは別の発信になった。)

総じてふたりでやっていたことは、かつて大川興業の大川豊総裁が右翼団体やカルト宗教などに接触して自身のパフォーマンスを行うなど、テレビ的な枠の外で実現する「ドキュメントのエンタメ」の流れを汲むものだった。

これを続けていたのは、テレビの笑いで育ち、テレビの笑いに対するリスペクトを抱きつつも、そこにあまり縁が無く、自分で自分が上がる笑いの舞台を作るうちに、誰にも縛られず、自己責任と背中合わせの自己裁量で、時代の突端のような場所に関わる行為が、めぐりめぐって味わったことのない「笑い」となる・・・、その奇跡にとり憑かれていたからだ。

そういう野放図が許された理由のひとつには、江頭が大手の芸能事務所ではなく、大川興業という独立系事務所に籍を置いていたことも大きい。

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