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国連におけるジェンダー主流化ーー”all men”から”all human beings”へ - 小林綾子 / 国際機構論

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シノドス英会話――英語の「話し方」をお教えします
https://synodos.jp/article/23083

はじめに

「インドのハンサ・メフタ(Hansa Mehta)がいなければ、“Human Rights”でなく“the Rights of Man”の普遍的宣言になっていただろう。…ドミニカ共和国のミネルバ・ベルナルディーノ(Minerva Bernardino)は、世界人権宣言の前文に「男女の平等」という文言を挿入するよう説得した。ベルナルディーノを含むラテンアメリカの女性代表は…男女の同権を認める初の国際合意となった国連憲章起草にも重要な役割を果たし、世界人権宣言に同じ道を開いた(注1)。」

これは、アントニオ・グテーレス(António Guterres)国連事務総長が2018年に行った演説の一部である。世界人権宣言が国連総会で採択された1948年から70年後の節目である2018年に、事務総長は、世界人権宣言の起草に貢献した女性たちに光をあてた演説を行った。

「ジェンダー主流化」が盛り上がりをみせている。「ジェンダー」とは、生物学的な性別に対し、社会的・文化的に定められる性別を意味する。「男性/女性だから」「女性/男性らしく」とそれぞれに対する特有の期待、責任、あるべき姿が社会的に構築され、固定されると、男女あるいは自らを明確に男女いずれかに分けない人の間に不平等や格差、不自由さが生まれるという問題がある。

こうした不平等や格差を縮小あるいは是正していこうというのが「ジェンダー平等」の考え方である。あらゆる政策や事業は、異なるジェンダーに異なる影響を及ぼすという前提で、それぞれのニーズや影響を考えることを、計画から実施といったあらゆる段階に、そして社会のあらゆる分野に徹底して取り込んでいく、とするのが「ジェンダー主流化」だ。

ジェンダー問題は、人権にとどまらず、安全保障問題としても議論されるようになった。なぜならば、社会の劣位にあるジェンダーの物理的安全を脅かすからだ。私たちの身近な環境においても、特に女性に対する家庭内暴力、性暴力や性的虐待があり、被害を受けても、泣き寝入りする事例が多いこと、女性の非正規労働者の割合が多く、経済的に困窮していることなども、ジェンダー構造のゆがみを反映している。

ジェンダーの問題が、人権上の課題という以上に、人々の物理的安全を脅かす切迫した懸案であることが理解できるだろう。

世界に目を向ければ、特に途上国地域においては、例えば名誉殺人の例にみられるように、女性に対する家庭内の殺人が罪として罰せられない慣行がある。他にも、不衛生な環境での性器切除の強要による感染症などで、多くの女性(特に年若い少女)たちが命を落としているという事実など、ジェンダー上のゆがみが女性たちの安全に深刻な影響を及ぼしている例は枚挙にいとまない。

さらに、武力紛争に苛まれている国々では、女性たちが暴力の標的になり、集団レイプが民族浄化の手段として使われる例もある。ジェンダー問題は、今日、まさに「安全保障」上の課題としての重要性・切迫性をもって受け止められるようになっている。

こうした状況にあって、ジェンダー構造の抜本的な変更を促していくうえで、ジェンダー主流化の果たす役割は大きく、特に、国連はその旗振り役として中心的な役割を担ってきた。そこで、本稿では、国連においてどのようにジェンダー主流化がもたらされ、拡大してきたのか、その歴史的背景を振り返りながら論じていくことにしたい。

「すべての人間」は“all men”?

国際連合(国連)は、1945年に設立され、193か国(2021年3月現在)が加盟する多国間国際機関である。国連には、政策策定や活動の際の拠り所として、国連憲章や世界人権宣言がある。この2つの文書は、「すべての人間」の平等を説く。英語では、“human person”や“all human beings”と明記されている。

しかし、実は、草案の時点では、「すべての人間」は“all men”と表現されていた。「男女の同権」や「性による差別」をしないという文言も、たたき台の段階では含まれていなかった。もし、国連憲章と世界人権宣言が“all men”のためのものだったとしたら、今日、これらの文書は同じ価値をもちえただろうか。

現実には、草案は修正されて“human person”や“all human beings”のための憲章・宣言となった。では、「すべての人間」という表現は、どのように“all men”から“all human beings”と改められたのだろうか。この中立的な表現は、国連発足直前あるいは直後に、国連憲章や世界人権宣言の起草にかかわった、女性たちの働きかけで取り込まれた経緯がある。冒頭のグテーレス演説が注目した女性たちである。

世界人権宣言で思い出す女性の代表といえば、エレノア・ルーズベルト(Eleanor Roosevelt、以下、ルーズベルト)である。世界人権宣言が書かれたポスターを眺めるルーズベルトの写真は有名である。フランクリン・ルーズベルト(Franklin D. Roosevelt)米国大統領の夫人で、世界人権宣言の起草にあたった国連人権委員会委員長であったことから、この宣言の立役者と理解されている。

意外かもしれないが、ルーズベルトは、“men”という表記に反対していなかった。加えて、世界人権宣言を起草し始める際、人権委員会に加えて女性の地位委員会を別に立ち上げよう、と提案があった時も、ルーズベルトはこれに反対した。“men”は「人間」の総称であり、あえて“men and women”としなくても、女性はすでに含まれているし、女性に特化した委員会を設けることで、逆に男女差別を生み出す、と考えていたからだ(注2)。

なお、世界人権宣言が採択された当時の国際環境では、米ソ対立が日増しに強まっており、起草に時間がかかりすぎると、採択まで辿りつけなくなる懸念があった。そのため、ルーズベルトは“men”という表記の交渉に時間をかけることを避け、早期に草案をまとめることを選んだという側面もある。

ルーズベルトと同様の考え方は、同じく米国の女性代表バージニア・ギルダースリーブ(Virginia Gildersleeve)の例にもみられる。ギルダースリーブは、1945年のサンフランシスコ会議で、国連設立の基礎となる国連憲章に署名した50人のうち、わずか4人だった女性の1人である(注3)。

ギルダースリーブは、国連憲章草案を起草する際に、女性にも男性と同等に権利を認める文言を挿入すべきだと主張したラテンアメリカの女性代表たちを、「闘争派フェミニスト(militant feminists)」と呼んで批判したのであった(注4)。米国代表の女性たちは、女性の権利を特別に取り上げて、国連憲章や世界人権宣言に盛り込もうとした人物ではなかった。

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