1――大打撃を受けたエンターテインメント産業
新型コロナウイルスの流行は、多くの産業に打撃を与えた。その中でもエンターテインメント産業は苦渋の時を過ごしている。エンターテインメント産業における多くのコンテンツに共通して言えることは、エンターテイナーと消費者(顧客)が対面もしくは同じ空間を共有すると言う点である。これらコンテンツは以下の5つの特性をもっていると筆者は考える。コンサートを想定するとわかりやすいが、会場に消費者が来演し、その会場で生のエンターテインメントを鑑賞できるという点に、消費者は価値を見出している。そのコンサートのDVDやブルーレイがいずれ販売され、手元に残る(購入できる)としても、人々は前述した5つのコンテンツ特性が生み出す「ライブ感」を消費したいのである。(1) 無形性・・・・提供されるサービス(コンテンツ)に形はない
(2) 非均一性・・・提供されるサービス(コンテンツ)の品質は一定ではない
(3) 不可分性・・・消費と生産が同時に行われる
(4) 消滅性・・・・消費した後、形が残らない
(5) 需要変動性・・時期、場所、サービス提供者によって需要が異なる
そのため、空間を共有できないという事はエンターテインメント産業にとって致命的なことなのである。コロナ禍においても、エンターテイナー達はライブストリーミングを使用してコンテンツを配信してきた。昨今では会場のキャパシティを考慮したうえで観客を動員したエンターテインメントも少しずつ提供されつつあり、アフター・コロナという今までとは異なる日常の中で、人々は今まで通りのエンターテインメント消費ができる日が来ることを心待ちにしている。
2――オンラインミート&グリートとは
しかし、ライブストリーミングを介しても代替できないコンテンツもある。その例が「アイドルの握手会」である。AKB48によるファンとの握手会の成功により、握手会はアイドル市場におけるスタンダードになった。今まで偶像(アイコン)としての存在が大きかったアイドルとファンとの距離が近くなったのである。ファンは握手をすることで、普段はスクリーンの中にいる文字通りの偶像を実際に存在するモノとして認識することができ、握手会はアイドルとファンとの間にあるロイヤリティを強めるイベントとして機能してきた。そのため、実際に触れることができるという価値自体が消費を生み出してきた。しかし、ソーシャルディスタンスのため不特定多数の人との接触が困難となっている今は、「握手会」の継続は不可能な状態が続いている。
一方で、握手会の代替策として「オンラインミート&グリート」を試みているアーティストもいる。オンラインミート&グリートとは、スマホやタブレット端末を用いてアーティストと個別に数秒会話することができるイベントのことである。
一般的には、購入するCDにこのイベント参加権が付与されていることが多く、1枚購入ごとに3~15秒アイドルとの会話が可能となっている。ファンにとってはスクリーン越しではあるが、アイドルと一対一で交流することができるため、コロナ禍においてファンとアイドルをつなぐ唯一の接点として機能している。
3――ファンにとっての「握手会」の意味
前述した通り、握手会は対面で行われ、ファンにとっては手の届かないとされていたアイドルに直に触れることができるイベントである。ファンは握手をしている数秒間はそのアイドルを独占することができ、ファンの独占欲求が消費を促している。独占欲求とは、他のファンたちから自身のこだわりの対象を独占したいと思う心理のことである。もともとコンテンツ市場は、その多くが日用品と異なり贅沢品に性質が似ている。生産数に限りがあり、供給数が少ないほど希少性を持つ価値のあるモノとなり、ファンにとっては高級ブランド品同様に社会的に見せびらかしたくなるものとなる。
そのため、ファンは限られた供給品を奪い合っているのである。有形物(グッズなど)は、所有することを通じて独占することが可能であるが、アイドルの場合は恋人にならない限り独占することはできない。そこで彼女(または彼)達の時間の一部を独占し、2人だけで過ごす時間を共有することで欲求が満たされるのである。
ファンにとって、当初は握手をすること自体が目的であるが、その後徐々に、そのアイドルに数多くのファンの中から自分自身を認識してもらうことに努めるようになる。この時既にファンは、握手をするという行為だけでは自身の欲求は満たせなくなっており、アイドルから認知されること(承認欲求)が握手をする動機へと変化し、欲求が多段階化していく。そこで数多くのファン達の中から自身をアイドルに認識してもらうために、ファンは主に以下のような行動をとる。
(1) 握手権を大量に入手し、アイドルとの対面時間を長くする
(2) 特徴的な服装で対面したり、名札をつけるなどして自身を印象付けようとする
(3) ニックネームをアイドルからつけてもらうなど、印象的な会話を努める
この段階において、ファンにとって握手会と言うイベントは、アイドルと1人のファンが対面をする場から、他のファンと競う場へと変化している。その過程で、ファン同士で自身が如何にアイドルから認知されているか他のファンに対してマウンティングをしたり、また同じアイドルが好きなファンに対して敵意を持ったり(同担拒否1)、新参者やライトファンに対して圧力をかけたり(他者排他2)するのである。
そして、アイドルと握手をするという言わば自己満足のためであった消費は、アイドルの時間を独占、アイドルからの認知、他のファンからアイドルを独占、といった顕示的性格を帯びた消費の性質へと変化していくのである。
1 オタク・ファン(ポップカルチャー愛好者)の中の応援の仕方の一つ。」応援している人・モノが自分と同じである他のファンに対してあまり絡みたくない対象であるということを伝える言い回しのこと。
2 他のファンに対して敵意を表わし、ファンをやめさせようとする、もしくは気持ちよくファン活動をさせないようにすること。