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「二つの悪」の悪い方と戦う ―― リフレーション政策と政策ゲームの変更 矢野浩一

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■リフレーションとは何か

(この節の要約)リフレ政策とは『インフレターゲット+無制限の長期国債買いオペ』のことです。ただし、無制限の長期国債買いオペはデフレから脱却するまでの限定された期間に実施されるだけであり、デフレから脱却した後は通常のインフレターゲットに移行します(デフレ脱却時点で無制限の長期国債買いオペは終了します)。
「インフレ期待(インフレ予想)が重要である」というクルーグマンの分析を受け、さらに1930年から1931年にかけて日本で発生した昭和恐慌の研究を踏まえ、2004年に発行された「昭和恐慌の研究」(東洋経済新報社)の中で「リフレ政策」は提案されました(なお、「昭和恐慌の研究」は2004年度の日経・経済図書文化賞を受賞しています)。その記述によれば:
「本書の筆者たちは、『インフレ目標政策+無制限の長期国債買いオペ』をリフレ政策と呼んでいる」(p. 300)「リフレーション政策(リフレ政策)とは『物価水準を貸し手と借り手にとっての不公正を修復する水準まで戻す政策』と定義される。」(p. 301)

「クルーグマンが提案する4%のインフレ経路を選択する場合には、2%のインフレ経路の場合の目標物価水準に到達するのは、6年10ヶ月後の2010年4月である。これまでの期間がリフレ政策になり、その後は通常のインフレ目標政策になる」(p. 302)pp. 300-302
強調すべきことは、無制限の長期国債買いオペはデフレから脱却するまでの限定された期間に実施されるだけであり、デフレから脱却した後は通常のインフレターゲットが実行されるだけである(デフレ脱却時点で無制限の長期国債買いオペは終了する)点です。特にリフレ政策は「何が何でもとにかく無制限の長期国債買いオペを提案している」とよく思われているようですが、それは大きな誤解です。

また、リフレ政策は「昭和恐慌の研究」で「インフレターゲット+無制限の長期国債買いオペ」と定義されましたが、財政政策の併用を妨げるものではありませんし、リフレ派の中には財政政策積極派は少なくありません。

■インフレ期待と日銀法改正 ―― 政策のルールを変える

(この節の要約)1998年の日銀法改正以後、14年に渡ってデフレが続いたことは、現在の日銀法に欠陥があることを示唆しています。日銀法を改正し、インフレターゲットを導入する、つまり政策のルールを変えることが重要です。
さらに「昭和恐慌の研究」では政策レジーム(日銀が取る戦略やルール)の変更が必要であると提唱しています。なお、この政策ルールの変更という考え方はニューヨーク大学のトーマス・サージェント教授によって始まり、現代マクロ経済学の基礎になっています(サージェント教授は2011年ノーベル経済学賞受賞者)。

政策レジームとは「政府・日銀が政策を実行する上で守っている戦略やルール(複数形)」のことで、政策レジームの変更とはそれらの「(政府・日銀の)戦略やルールを変えること」を意味します。サージェントは「政府・日銀(中央銀行)がある戦略やルールに従って行動している時、民間部門(日々働く皆さんや会社)はそれに反応して行動する」というゲーム理論の考え方を応用しており、「昭和恐慌の研究」ではそれを採用してリフレ政策が提言されました。

1998年の日銀法改正以後、14年に渡ってデフレが続いたことは、現在の日銀法という政策レジーム(日銀が取る戦略やルール)に欠陥があることを示唆しています。特にデフレ脱却に失敗しても日銀に課されるべき罰則は存在しないため、「デフレ脱却しなくても(日銀にとっては)何も支障がない」というルールになっています。そのため、日銀が「デフレ脱却に積極的にならない」という戦略を取ることは極めて自然であり、それは日銀の責任ではなく、彼らを責めるのも適切とは言えません。

むしろ重要なのは(現代マクロ経済学が示すように)デフレ脱却とインフレの安定化には政策レジームの適切な変更・選択である考えられます。つまり日銀法を改正し、インフレターゲットを導入する、つまり政策ゲームのルールを変えることが重要です(なお、余談ですが、サージェント(と共同研究者ハンセン)が提案した"シュタッケルベルグ解"を用いてゼロ金利制約とデフレ脱却について分析した論文にYano (2012)があります)。

今まさにデフレ脱却に向けて「政策レジームの変化(政策ゲームのルール変更)」が求められています。

■まとめ

この小文では、(1)インフレは貨幣(お金)の価値が低下すること、デフレはその逆、(2)デフレでは「ただ何もせずに貨幣を持ち続けている人が強い」、つまり経済が停滞する、(3)リフレ政策とは(元々は)『インフレターゲット+無制限の長期国債買いオペ』を意味する(ただし、無制限の長期国債買いオペはデフレから脱却するまでの限定された期間に実施されるだけ)、(4)デフレから脱却するには「中央銀行に新しい政策ルールを与えてやる必要がある(つまり、日銀法改正を通じた政策レジームの変化)」が必要、以上の4点を解説させていただきました。

結論:今こそ「二つの悪の悪い方=デフレーション」と戦うための方策である「リフレ政策」の実行が必要です。

[著者による注釈] この小文では「自然利子率の低下」や「インフレ期待の上昇を通じたマイナスの期待実質金利」等の重要なテーマが抜けていますが、その解説には大幅な紙数が必要であるため、別の機会としたいと思います。

■参考文献
岩田規久男編著(2004)『昭和恐慌の研究』(東洋経済新報社)
Economist, (2009), “The greater of two evils: Inflation is bad, but deflation is worse(「2つの悪の悪い方」),” http://www.economist.com/node/13610845.
Krugman, Paul R., (1998), "It's Baaack: Japan's Slump and the Return of the Liquidity Trap," Brookings Papers on Economic Activity, Economic Studies Program, The Brookings  Institution, vol. 29(2), pages 137-206.
Sargent, Thomas J. , (1982), "The Ends of Four Big Inflations," NBER Chapters,  in: Inflation: Causes and Effects, pages 41-98 National Bureau of Economic Research, Inc.
Yano, Koiti, (2012), "Zero Lower Bounds and a Stackelberg Problem: A Stochastic Analysis of Unconventional Monetary Policy," Available at SSRN: http://ssrn.com/abstract=2031586 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.2031586
矢野浩一(やの・こういち)
1970年生まれ。駒澤大学経済学部准教授、内閣府経済社会総合研究所客員研究員。総合研究大学院大学博士課程後期修了。博士(統計科学)。専門はベイズ計量経済学と動学的確率的一般均衡理論。

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