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絶望的な格差社会を漂流する高齢者たち アメリカが「車上生活」なら日本は「万引き」という悲劇

[ロンドン発]アカデミー賞の前哨戦とされる米ゴールデン・グローブ賞で中国生まれのクロエ・ジャオ監督の『ノマドランド』が映画部門の作品賞、監督賞をダブル受賞した。ノンフィクションの『ノマド 漂流する高齢労働者たち』を原作とする社会派作品で、アメリカを覆う格差と貧困の問題を追及している。

『スリー・ビルボード』で2度のアカデミー主演女優賞に輝いた米女優フランシス・マクドーマンドがリーマン・ショックで住み慣れた米ネバダ州の家を失い、最低賃金の仕事を探してキャンピングカーでアメリカ各地を転々とする60代の季節労働者ファーンを好演している。

季節労働を探しながら移動する高齢の車上生活者

日本ではスマホやパソコンを使って場所や時間に縛られず働く人たちのことを称賛して「ノマド(遊牧民)ワーカー」と呼ぶ。しかしアメリカでは世界金融危機で自宅や老後の貯えを失い、キャンピングカーで暮らす高齢労働者が増えた。賃金は上がらないのに住宅は高騰する。高齢の彼らにはどんな資格があっても低賃金の季節労働者として働かなければならない過酷な運命が待ち受けている。

『ノマド 漂流する高齢労働者たち』の著者で女性ジャーナリスト、ジェシカ・ブルーダー氏は作品の中でこう問いかける。

「不可能な選択―あなたなら『食べ物と歯の治療』『住宅ローンの支払いと電気代の支払い』『車のローンの返済と薬の購入』『家賃の支払いと学生ローンの返済』『冬物の衣類と通勤用のガソリン』のそれぞれどちらを選ぶだろうか」と。そして彼らは「ホームレス」ではなく「ハウスレス(車上生活)」を選んだ。

「食べるものや住む家と同じくらい、私たちには希望が必要なのだ。そして、その希望が路上にはある。それは車の推進力が生む副産物だ」。しかし彼らの終着駅はどこなのだろう。脱出口は見つかるのか。埋めがたい格差と不平等が広がり、「アメリカは事実上、カースト制の国になった」とブルーダー氏は怒りをあらわにする。

Getty Images

「老人漂流社会」「下流老人」の衝撃

超高齢社会を迎えた日本でも、2014年のNHKスペシャル「老人漂流社会“老後破産”の現実」や、埼玉県さいたま市を拠点に生活困窮者や社会的弱者を支援する団体「ほっとプラス」理事の藤田孝典氏が15年に発表した『下流老人』がベストセラーとなり、大きな衝撃を与えたのは記憶に新しい。

昨年11月時点で生活保護を受けている世帯は162万9081世帯。このうち高齢者世帯は90万2249世帯と全体の55%を占める。しかし仕事を探してキャンピングカーで移動するアメリカの高齢労働者には「希望」という人間の尊厳が残っているだけ、日本に比べるとまだマシなのかもしれない。

昨年の警察白書は「高齢化の進展と警察活動」を特集している。2019年の刑法犯認知件数は74万8559件と前年に引き続き戦後最低を更新したものの、刑法犯検挙人数に占める高齢者の割合は1989年の2%から2019年には22%にまで上昇した。そのうち半数近くは万引きだ。

万引きで検挙される65歳以上の割合は10年の26%から19年には40%にまで膨れ上がっている。65歳以上の人口割合は29%だから、それより万引きの高齢者割合は10ポイント以上も多いのだ。

警察白書は高齢者による万引きの背景として「血縁、地縁、コミュニティーとの関係が希薄になっていることがうかがわれる」と分析。和歌山県警では警察官が巡回連絡を利用して万引きで検挙歴のある高齢者の困りごとの相談に乗っている。

伝統的な犯罪学では、犯罪者は年齢を重ねるごとに気力や体力が衰えて犯罪遂行能力を喪失し、高齢になれば犯罪を行わないと一般的には考えられてきた(山内宏太朗氏ら著「説話法による犯罪デジスタンスの分析~常習犯罪者が犯罪を止める理由・背景」より)。

世論調査会社ユーガブが昨年1~2月、イギリスの大人6389人に「大人の万引きについてどう思うか」と尋ねたところ、「絶対に許されない」という回答(下のグラフで紫色の棒グラフ)は18~24歳52%、25~34歳62%、35~44歳67%、45~54歳74%、55歳以上85%と年齢が上がるごとに割合が増えていた。

しかし日本では高齢者の検挙人数こそ少しずつ減っているものの、全体に占める割合は逆に増えるという現象が目立っている。筆者は20世紀最後の16年間、神戸や大阪で事件記者をしたが、万引きやひったくりは思春期の通過儀礼的な非行で、高齢者による万引きが21世紀の社会問題になるとは想像もできなかった。

「万引き」犯罪に走る日本の高齢者

日本で映画をつくるなら、タイトルは『万引き 犯罪に走る高齢者たち』とでもなるのだろうか。高齢者の万引きの実態と原因を探るため、東京都の「万引きに関する有識者研究会」(座長・矢島正見氏)は2017年に「高齢者による万引きに関する報告書」をまとめている。そこに3つの聞き取り例がある。

A子さん(68歳)
万引きで6回捕まっている。罰金1回、執行猶予1回。買い物の最中に自分のバッグに栄養ドリンクやノリ、肉などを詰め込んでいた。捕まった時に合計が4千円くらいの時もあった。捕まらなければいいという気持ちがあった。最初の万引きは夫の浮気に思い悩んでいた時だった。食べなくなり、痩せていった時もあった。最初は憂さ晴らしであったが、その後は買い物ついでに万引きをしていた。最後の方は何も考えず、ドキドキさえしなかった。

B子さん(70歳)
前科3犯。執行猶予中に再犯をし、再度の執行猶予判決を受けた。この時期はクリニックに通っていたが、10カ月間何事もなく買い物もできていたので大丈夫と思い通院を休んでいた。最初に万引きをした頃は、仕事が忙しい時期でストレスがあったと思う。万引きをするとスッキリする。嫌な思いがあるとやってしまう。薬物やアルコールなどをやめられない人たちに比べ、自分の場合は「犯罪」である万引きをせずにいられない。治らないが付き合っていくしかない。

C子さん(68歳)
40歳ごろ初めて万引きをし、60歳過ぎから繰り返すようになった。警察には10回ほど世話になった。罰金2回、その後、執行猶予判決。初めての時はソックスとお茶1本で、思わず手を伸ばしてしまった。魔が差したのかもしれないが、お金を出さなくても手に入った達成感があった。夫の帰りが遅く、話す相手もいなかった。夫や子供との関係も悪かった。60歳の時に自分の母親が亡くなったのをきっかけに再び万引きが始まった。万引きは「見つからなかったら勝ち」というゲーム感覚だったように思う。万引きを止めるためには、お仕置きとして、もう少し留置場に入っていた方がよかったのかもしれないと感じている。


金融バブル崩壊の後遺症

リーマン・ショックは2008年に起きたが、日本の金融バブル崩壊は1989年末に日経平均株価が3万8957円44銭の史上最高値を付けたあと、翌90年1月から始まった。仕事を失い、会社の人間関係、家族生活が解体され、日本社会が大きく変化する中で「勝ち組」と「負け組」の格差が急激に広がった。

報告書によると、万引きで検挙された高齢者の世帯月収は10~15万円未満が最も多く、3人に1人の割合だ。世帯月収は一般の高齢者に比べるとやや低いものの、生活レベルが貧困状態の者は少なかった。しかし「暮らしぶりが苦しい」 45%、「光熱水費の支払いが大変」 25%、「自分は日本社会で下層に入る」 46%と答えるなど、自らの生活を厳しい、他者と比べて生活レベルが低いと感じている者が多く、認知機能も低下し、罪の意識も軽かった。



人間関係に目を向けると「未婚、離婚、死別などによる独身」59%、「独居」46%、「家族と会話、連絡がほとんどない、家族はいない」35%、「近所付き合いをほとんどしていない」25%、「メールをしない」82%、「インターネットやソーシャルメディアを利用しない」89%と、周囲に話を聞いてくれたり、相談に乗ってくれたりする人がいないケースが多かった。

前出のブルーダー氏は上位1%の平均収入が下位50%の81倍に達し、下位50%の大人1億1700万人の収入が1970年代から増えていない現実を「賃金『格差』なんていう生易しいものではない。『深淵』だ」と指摘している。しかし車上生活を送るアメリカの高齢労働者はまだ「希望」や「仲間」との絆を失っていない。

日本の“万引き老人”は社会的に見捨てられ、孤立している。雨露や寒さをしのげ、3食にありつける「塀の中」に永遠のすみかを見つける高齢の常習犯罪者もいる。バブル崩壊の後遺症に目をつぶってきた日本の現実はアメリカの「深淵」より深いと言えるのかもしれない。

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