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劇場型社会、課題は「犯罪」から「政治」へ(3)

劇場型犯罪の変遷について考えている。前回までは68年に発生した寸又峡事件を取り上げた。ここでは金嬉老という類い希なる「物語の語り部」がメディア=マスコミ=テレビを使うことで劇場型犯罪が発生し、その結果、金の犯罪(=殺人+立て籠もり)と警察当局の「犯罪」(=金への人種差別)が入れ替わり、実行犯である金がヒーロー、警察が悪になってしまったことを展開した。その後、劇場型犯罪は数々の模倣犯を生むのだが、警察当局側は次第に劇場犯罪に対する対応シフトを形成していった。だが、その一方でメディアと大衆=視聴者は、相変わらずこういった犯罪スタイルには脆弱なままだった。メディアと大衆が激増型犯罪に対応するためにはまだ時間がかかったのだ。

「疑惑スター」三浦和義の誕生

メディアが劇場型犯罪に本格的に取り組むことになるのは、たった一人でメディアに戦争をふっかけて勝利した男のお陰という側面がある。その男の名は”三浦和義”。80年代「ロス疑惑」で一躍、劇場型スターになってしまった人物だ。

「ロス疑惑」とは81年ロスを訪れた三浦夫妻が駐車場で何者かによって銃撃され、三浦の妻が植物人間となった挙げ句死亡した事件に対する疑惑を指す。三浦も足を打たれたのだが、これを週刊文春が84年に「疑惑の銃弾」として取り上げる。三浦はロスに向かった際、妻に高額の保険をかけていた。一方、自らが経営する事業は火の車。そこで暗殺者を雇い、事件に仕立てて妻を殺すことを依頼したのではというのが、この特集の主旨だった。

事件発生当初、三浦は「悲劇の主人公」としてメディアで扱われていたのだが、この記事によってメディアの対応は一転、彼は「疑惑の人」として注目を浴び、一挙手一投足を徹底的に追いかけられることになる。だが、これに三浦は燦然と立ち向かっていった。疑惑で有名人となったことを逆手に取り、頻繁にメディアに登場。自己の正当性を主張するとともに、バラエティなどにも出演するようになり、三浦は「疑惑スター」の地位にまで上り詰める。

これに対し、メディアはこの注目すべき存在に対して「経済原理」つまり発行部数と視聴率稼ぎという目的で追いかける。三浦についてあることないこと、そしてプライバシーに関することまで、事細かに掲載しはじめたのだ。それゆえ三浦はますますスターとなっていった。金嬉老の時と違っていたのは、メディアはあくまで三浦を疑惑の人=悪という文脈で報道を続けたこと。ただし、この時点で三浦は逮捕されていたわけではないので、今考えてみれば人権蹂躙も甚だしい状況だった。ただし、80年代半ばは3FET(Focus、Friday、Flash、Emma、Touch)と呼ばれた写真週刊誌がスキャンダリズムの嵐を巻き起こしていた時代。個人情報保護法なんてものもなかったこともあり、有名人、一般人も含めて「出歯亀」的なプライバシー暴露報道があたりまえのようになされていた。たとえば日光ジャンボ機墜落時にはその死体が、アイドル岡田有希子が飛び降り自殺した際にも転落した岡田の姿が写真に堂々と掲載されていたというような時代で、当然、疑惑の渦中にある三浦にプライバシーなど一切存在しなかった。さすがにたまりかねた三浦は自らの住居をイギリスへと移すのだが、なんとそこまでメディア=マスコミは追っかけてくる始末だったのだ。

三浦とメディア=マスコミをめぐる攻防は85年、三浦の逮捕によって一旦終息を迎える。メディア=マスコミは経済原理をスキャンダリズム=報道という図式で纏って押し切ることで三浦に勝利したかのように思えた。

三浦の逆襲 だが、実はここからがはじまりだった。なんと三浦は拘置所からメディア=マスコミに対し逆襲を始めたのだ。三浦は拘置所の中で法律書を読みあさり弁護士ばりの知識を身につけ、それを武器に三浦に対してなされた報道の逐一に対して名誉毀損で訴えを起こす。そして……なんと三浦はそのほとんどに勝利したのだ。さらに 疑惑の人、三浦はその後証拠不十分で2003年無罪釈放となる。 これでメディア=マスコミは沈黙する。つまり、これまでのように経済原理に基づいて好き勝手に報道すると酷い目に遭うことを三浦にイヤと言うほどたたき込まれたのだ。また、時代は次第に個人の人権に対する保護が強化される方向に動いていた(この年、個人情報保護法が成立している)。その結果、犯罪に対しておめそれと興味本位=経済原理に基づいた報道ができなくなってしまったのだ(もちろん、それは現在ではもっとその徹底化が図られている)。

このことを象徴的に示す出来事がやはり三浦に関する報道で起きている。三浦は2003年に書店で、また2007年にはコンビニで万引きによって逮捕されている。あの三浦がまた犯罪を犯したのだ!だったらメディア=マスコミはこのことを大々的に報道すればよいのだが、全てのメディアはこの事件を論評抜きで事実だけを報道するにとどめてしまったのだ。

さらに07年、三浦はサイパンへ向かったところでアメリカ連邦警察に逮捕される。なんと、これはロス銃撃事件の容疑者としての逮捕だった。つまり日本の法廷では無罪だが、アメリカでは事件が決着していないという理屈によるものだった。最終的に三浦はロスに移送され、拘置所で首吊り自殺を遂げるのだが、これらについてもメディアはほとんど論評しないというか、きわめて注意深い対応をしたのだった。苦笑させられたのは、この時の三浦のメディアでの呼ばれ方だった。テレビメディアは三浦を「三浦容疑者」ではなく「三浦元社長」という奇っ怪な肩書きで三浦を紹介し続けたのだ。つまり「限りなく卑屈な対応」。

結果として劇場型犯罪防止シフトが形成された

メディア=マスコミは三浦との攻防の中で劇場型犯罪に対する対応方法を結果として学んだことになるといえるだろう。つまり、ポジティブであれネガティブであれ、劇場型犯罪を展開する人間に対して、そこにある種の物語をつけたりスキャンダリズムで迫りスクープ合戦をするようなことは、翻って身の危険に転じてしまうことを三浦を通じて身をもって知らされたのだ。そして、このスタイルは他の犯罪についても適用されるようになっていった。

こうして21世紀に入り、劇場型犯罪はほぼ終息する。警察側は劇場型犯罪に対するシステムを構築することによってメディアを効率的に閉め出し、さらにメディアが過剰な報道を自主回避することによって「劇場」は閉鎖された(あるいは大衆=観客が劇場から閉め出された)。そして、ここにインターネットを中心とした情報の多様化による大衆=視聴者たちの劇場型犯罪へのリテラシー上昇という事態も加わった。つまり大衆もまた劇場型犯罪を展開する実行犯に対し、彼らの語る物語に耳を傾けると言うよりも、よい意味で「しょせん犯罪者」という相対化された認識を高めるように、ある程度はなっていったのだ(ただし、クレームやバッシングという、今度は大衆煽動型の新しい劇場=激情が出現しもしたのだけれど)。

11月23日、豊川信用金庫蔵子支店に銀行強盗が入り、銀行員4名を人質にして立て籠もるという事件が発生した。これは79年に発生した劇場型犯罪、梅川昭美による三菱銀行事件と同様の図式だったのだが、事件それ自体が一斉に実況中継されることもなく、その対応が粛々と進行した。警察はSAT=特殊急襲部隊が動き、この動きがわからないようにメディアを閉め出すという対策がとられた。だから、この銀行強盗籠城もニュースの合間みたいなやり方でしか報道されず、12時間後にはSATが銀行に侵入、実行犯を射殺することもなく捕獲し、あっさりと事件は幕を下ろした。そして、その間、そこで何があったのか大衆はほとんど知ることがなくなってしまったのだ。要するに、この事件では劇場型犯罪が完全に封殺されたのである。ここに劇場型犯罪は終焉を迎えた。

劇場型社会、次の課題は「犯罪」から「政治」へ

じゃあ、僕らは劇場型と呼ばれる一連の出来事に冷静に対処できるようになったのだろうか?いや、そうではない。寸又峡事件から四十数年を経て僕たちが学んだ、つまりメディア・リテラシーを上昇させたのは、あくまで「劇場型犯罪」だけに過ぎない。言い換えれば、それ以外の「劇場型○○」についての処方箋は持ちあわせていない。それはこの「○○」の中に「政治」ということばを挿入してみれば明らかだ。21世紀に入り僕らは劇場型政治に翻弄され続けている。小泉劇場、東国原劇場、2009年夏の民主党の歴史的大勝利、そして橋下劇場。これら全てに僕らは踊らされ、烏合の衆のように振り回されてきた。つまり「劇場型政治」についての僕らのメディア・リテラシーは、未だ劇場型政治の金嬉老=寸又峡事件のレベルなのだ。

僕が今回、いちばん指摘したかったのは、実はここにある。僕らはメディアを使った政治にあまりにナイーブなのだ。だから劇場型「犯罪」で培ったように、劇場型「政治」についてもすれっからしにならなければならない。そして、こういったメディア・リテラシーを身につけるためには、ひょっとしたら金嬉老や三浦和義のようなデマゴキーによって痛い目に遭わなければダメなのかもしれない。で、実は、そういった存在こそが小泉純一郎、堀江貴文、新庄剛志、東国原英夫、そして橋下徹なのではと僕は踏んでいる。

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