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劇場型社会、課題は「犯罪」から「政治」へ(1)

先日、TBS大晦日(30日放送予定)の特番の収録に行ってきた。この中での僕の役所は1968年に発生し、テレビが本格的に絡んだものとしては初の劇場型犯罪(テレビ以外ならそれ以前にも劇場型犯罪は存在する)である寸又峡事件の映像を見ながら、テレビと犯罪の関係についてコメントするというもの。寸又峡事件とは在日朝鮮人・金嬉老が清水で暴力団組員二名を射殺の後、寸又峡にあるふじみや旅館に人質をとって籠城した事件。実行犯の金は金銭的な要求をまったく行わず、ひたすらメディア、主にテレビを利用して、いかに自分が在日として迫害を受けたのかを訴え続けた。とりわけ静岡県警の取り調べの際(金のそれまでの人生は刑務所を出たり入ったりの繰り返しだった)に、在日であることで徹底的に差別を受けたことを根に思っており、こういった訴えは、最終的に静岡県警本部長によるテレビでの生謝罪という奇っ怪な事態すら引き起こすことになった。

金嬉老事件は、その後大きな話題となり、事件検証やルポルタージュなど、夥しい文献が発行されるに至る。91年には金の人生が、ビートたけし(金役)と樹木希林(金の母役)によって、スペシャルドラマ「金の戦争」となったほど。韓国でも金は一躍ヒーローとなった。

無期懲役の判決を受けた金だったが、99年、在日としての居住権を剥奪するという条件で釈放され、母国韓国に英雄として迎え入れられる。韓国では、金をテーマにした舞台が演じられるなど、そのもてはやされ方は相当なものだった。だが2001年愛人をめぐるトラブルで、その夫の殺害を計画。夫の監禁と愛人宅の放火の容疑で逮捕され韓国でも投獄され、その名声は地に落ちた。そして2009年の出所後、2010年に韓国内で逝去している。

今回は、この日本報道史はじまって以来のテレビによる劇場型犯罪がなぜ起こったのか、現在、劇場型犯罪はどうなっているのか、そしてこれを包摂する劇場型社会の現状はどうなのかについて、メディア論的視点から考えてみたいと思う。結論を先に述べておけば「劇場型犯罪」については終焉に近づいた、一方、それ以外の「劇場型イベント」、とりわけ「劇場型政治」については、現状ではきわめて脆弱な状況、つまり「対劇場型政治リテラシー」が低い状況にあるということになる。

異常な報道映像

TBSの調整室でチェックした事件当日の映像は実に奇っ怪だった。実は当時、僕はすぐ隣の島田で暮らしており(事件当時八歳)、また金に無許可で銃を販売した銃砲店が自分の町内にあったこともあって、この報道の一部始終を首ったけになってみていた記憶がある。だから、視聴できた映像はほぼすべてに記憶があり、今回、久々に事件の映像を観ても次がどうなるかスタッフに説明できてしまうほどだった(まあ、要するに夢中になっていたんだろう)。

ただし、こうやってあらためて映像を見たとき、当時では決して気づくことのない異常さを、そこに僕は見いだした。思いっきりヘンな映像ばかりなのだ。

先ず、「金がふじみ屋旅館で籠城する姿が室内から映っている」こと。金は部屋の畳を全部上げてバリケードを作り、身体にダイナマイトを巻き付け、銃を持ちながら座っている。そして金の向かいには子ども三人がこたつに入っている。

この映像が異常なのは、なんといっても「映像それ事態が存在すること」。つまり、これはテレビのスタッフが、金が立て籠もる旅館の中に入り、撮影しているのだ。いいかえれば、籠城する室内での映像つきの記者会見。これじゃ、まるで映画じゃないか。そして、この映像のもう一つ異常なところは、前述した向かいのこたつに入っている子どもたちが、金に取り立ててて恐怖を抱いていないこと。金と記者そして子どもたちは、なんとなく和気藹々という感じで、やはり籠城している殺人犯を囲んだ会話ではない。つまり、ゆる~い感じが漂っているのだ。

また、金が逮捕された瞬間の映像も異常だ。金は玄関越しに記者たちと会話をしている。両開きの玄関扉を少々開けるようなかたちで顔を玄関の外に向け、その周りに記者たちが取り囲みメモをとっている。だが、この中に記者に扮した警察が飛びかかり金を捕獲する。至近距離で記者と犯人が会話するというのが異常であるのはもちろんだが、いちばん異常なのは、「金の確保の瞬間が映像に収められていること」だ。つまり警察が絡む現場の最前線にテレビカメラが据えられているという「映画もどきの映像」「川口浩探検隊の前人未踏洞窟進入状態(古い!)」が展開されているのだ。こういったことは現在では絶対に考えられない事態といっていいだろう。

劇場型犯罪を知らなかった60年代後半 劇場型犯罪とは、実行犯と警察がさながら劇場の主役と脇役となり、これを観ている視聴者が観客になるというかたちで発生する犯罪だ。ただし、これは実際には、もちろん劇場ではない。劇場型犯罪においては舞台と観客席の間が直接ではなく、メディアが介在して間接的につながる。ということは、必然的に行われている犯罪と観客の間でメディアによる編集が行われ、それが結果としてドラマ仕立ての演出を結果することになる。だが劇場型犯罪については、当時の人間はほとんど知るところではなかった。いわば「対劇場型犯罪リテラシー」については、これに関わった人間たちのすべてが無知だったと言ってよい(唯一の例外は金嬉老ということになる。もちろん、本人もそれについて自覚的であったわけではないけれど)。 言い換えれば、当時の社会はこういった「劇場型犯罪」に対して対処するシステムを全く備えていなかったのだ。

警察は対応方法が全くわからなかった

だから、警察は金の、そしてメディアのやりたい放題の状態を作りだしてしまった。先ず、金のやりたい放題について。金はメディアを通じて県警本部長に自分に対して行った差別についての謝罪を要求。静岡県警は県警本部長をSBS(静岡放送)のスタジオに行かせ、テレビ越しに金に向かって謝罪をさせた。次にメディア=マスコミのやりたい放題について。メディアは金が籠城していたふじみや旅館へ電話を次から次へとかけていった。金の生のメッセージをスクープしようとする記者たちがわれ先にと金に向かって電話をかけまくっていたのだ。そして、その最たるものが前述の金が籠城する部屋の中でのテレビ記者会見だった。またNET(現テレ朝)の報道記者が、金にライフルを打ってみてくれと頼み込んだところ、それに応じて金が銃を天に向かって乱射したという出来事もあった。

メディアも、実は対応方法が全くわかっていなかった。

一方、やりたい放題になった当のメディア(とりわけテレビ)の方も、実は全く対応がわかっていなかったといってよい。メディアの行動原理は基本的に「経済原理」、つまり視聴率あるいは発行部数のアップにある。そのためにいちばん魅力的なトピックは「衝撃の瞬間」「バイオレンス」と「ハダカ」、そして「スキャンダル」ということになるのだが、メディア(この場合、メディアはマス・メディア(古くはマスコミ)を指す)は公共的な存在でもあるので、こういった経済原理に基づく行動は日常的な放送の中ではある程度避けられている。ところが、「劇場型犯罪」という、当時メディアにとっては未経験の状況が出現した。こうなったとき、どうやったらいいかわからない。で、だったらということで、メディアのこの下卑た根性が剥き出しになる。つまり「経済原理の暴走」。これが、メディア=マスコミたちを一斉に金に向かって走らせると言うことを結果した。

視聴者も劇場型犯罪についてのリテラシーがゼロだった

その結果、金に関する情報を犯罪の現場にまで立ち入って事細かに報道するという状況が出現した。だが、これが問題だった。というのも、これを見ていた視聴者たちもまた劇場型犯罪についてのリテラシーがなかったからだ。当時はテレビがどんどんと普及し、所有率がほぼ100%にまで到達した時期。そしてカラー映像が出現しはじめた時期でもある(ちなみに、この事件についての報道は全てフィルムだった。つまり、たったひとつを除いて生中継ではない)。

そして、時は高度経済成長。この物語のリアリティを強烈に煽ったのもテレビだった。言い換えればテレビは「現実を写し取る鏡」。視聴者はテレビが映し出すものを、情報の中のひとつではなく、「真実」として捉えてしまう脆弱性すら備えていた。実際、当時、視聴率40%を超える、現在では考えられないような視聴率をコンスタントに取る番組さえ出現した(「八時だヨ!全員集合」「肝っ玉母さん」など。紅白に至っては視聴率は70%超えといった具合だった)。

さて、じゃあ、こういった強大な、人々を煽動する力のあるメディア=マスコミが「経済原理」に基づいて、やじうま的、出歯亀的な報道をしたらどうなるか。その必然的結果が、実は寸又峡事件の異常、そして金嬉老の英雄化だったのだ。(続く)

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