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森辞任事件異聞――対立軸は何か? - 田中辰雄 / 計量経済学

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1.森氏追及の推進派と懐疑派

JOC委員長だった森氏が女性蔑視発言で辞任した事件は多くの議論を呼んだ。森発言が報道されて以来、メディアの論調は国内外含めて森批判一色となった。

森発言は日本社会の古い男尊女卑の体質の現れであり、謝罪では済まされない。氏は辞任する必要があるとされ、さらに、根本的に価値観のアプデートが必要であるという議論も現れた。批判の論調は激しく、当人だけでなく、彼に注意しなかった周りの人々を責める論調もある。

ただ、ネット上では、森発言が問題であるとしても、この一連の経緯には疑問を呈する意見も見受けられた。たとえばある穏健なフェミニスト論客のツイートを引用して見よう。


ここにあるのは、女性差別をなくすという目標は同意しても、それを達成する方法が過激すぎるという疑問である。森氏を擁護するわけではないが、一連の森氏追及のやり方に懐疑的な立場と言える。これを本稿では懐疑派を呼んでおこう。これに対し、あくまで森氏のような人を追及して正していくことが社会の進歩につながると考える人もいる。これを森氏追及の推進派と呼んでおくことにする。

推進派と懐疑派はどれくらいの比率なのだろうか。メディアでは推進派が優勢であり、懐疑派はあまり見られない。しかし、メディアが国民の意見分布を反映しているとは限らない。もし二つの派があるとするなら、彼らは何を対立軸として対立しているのであろうか。本稿の課題は、事件発覚間もない時点のアンケート調査で、これらの問いに答えることにある。

結論を述べると、推進派と懐疑派はともに存在し、拮抗している。森発言が女性差別的であることはどちらの派でも多数意見である。ただし、追及の進め方の硬軟について見解が対立する。二つの派を分けているのは男女でも年齢でもないので、対立は男性対女性あるいは古い価値観と新しい価値観ではない。対立しているのは保守とリベラル、そして言論の自由と正義と考えられる。

2.調査概観

調査は2021年2月15日に実施した(その後設問を追加して2月19日にも実施)。すでに森氏の辞任は決まっており、後任候補の川渕氏が白紙撤回された時期にあたる。対象は20歳から59歳までの男女で年齢と性別は同数になるように割り当てた。総調査人数は1回目が1,207人、2回目が1,208人である(調査会社はサーベロイド社)。

まず、森氏辞任についての推進派、懐疑派のさまざまな意見を列挙し、そう思うか思わないかを5段階で答えてもらった。設問は次のとおりである。

問:森オリンピック組織委員長が辞任しました。女性が入った会議は時間がかかる、という発言が差別的というのがその理由です。これについて以下にさまざまな意見を示しますので、そう思うか思わないか、あなた自身のお考えを5段階でお答えください。

  (1)森氏の発言は女性差別だった
  (2)辞任は当然だ
*(3)発言は問題だが辞任するまでのことはなかった
  (4)謝罪しても許すべきではない。
*(5)謝罪しても許されない社会は恐ろしい
  (6)この事件で黙っていた人も差別に加担したと思う。
*(7)森たたきはやりすぎでリンチのようで良くない
  (8)森氏の追放は社会としての進歩の表れだ
*(9)今後、自由にモノが言えなくなることの方が心配だ
  (10)同様の失言をした人がいれば今後も追い詰めるべきだ


最初の(1)から(3)は、森氏辞任事件への直接の感想である。(4)から(10)までは推進派と懐疑派の言説から拾ってきた見解である。星印をつけたのが懐疑派、無印が推進派の言説から拾っものである。このような調査では文言の作りかたで結果が変わるため、いろいろな表現を集めてある。

まず、直接の感想である(1)~(3)について答えの分布を男女別に見て見よう。

図1がその結果で、青いバーが男性、オレンジ色のバーが女性である。まず、(1)で森氏の発言が女性差別だったかどうかを尋ねると、そう思うとややそう思うをあわせて60%から70%近くに達しており、そうは思わないの10~15%を圧倒している。(2)の辞任は当然かについても同様の傾向である。森発言が女性差別的であり、辞任すべきだという点については広範な国民的な合意があると言ってよいだろう。

ただし、文言を変えて、(3)発言は問題だが辞任するまでのことは無かった、にするとこれに賛同する人が30%弱存在する【1】。賛同しない人が40%程度いるので、それよりは少ないが、無視できる数ではない。ここから考えて、懐疑派がある程度は存在していることが示唆される。

【1】(2)と(3)の結果は矛盾していると感じる読者もいるもしれないが、人間の考え方は多様なので、このような一見して矛盾に見える結果は、アンケート調査でよくあることである。解釈はいろいろ考えられて、たとえば、”私個人としては辞任するまでのことはないと思うが、ことがここまで大きくなった以上、辞任は当然だ”と考えているのかもしれない。その他にも解釈が可能であろう。

図1

3.性別と年齢の効果

ここで注目すべきは、男女差があまりないことである。むろん、全くないわけではなく、(1)で森発言は女性差別かの問いにそう思うと答えた回答を見ると、男性は女性よりやや少なめで、男性の方が森氏に“寛大”である。

しかし、その差は小さい。男性でもそう思うとややそう思うをあわせると62.9%に達し、そう思わない・あまり思わないの14.7%を圧倒する。森発言が差別的であったと考える人が圧倒的多数である点は、男性も女性も同じである。男女平等の思想は(深層意識はともかく)意見のレベルでは、いまや広く社会に浸透したと解釈できる。

ちなみに(3)でも差が無い。(3)は「発言は問題だが辞任するまでのことは無い」とする点で男性側に甘い見解になるが、これに賛同するのは男性30.5%はよいとして、女性も27.4%おり、あまり差が無い。男性と女性の意見が対立しているわけではないのである。

(4)~(10)については、数が多く分布を示すのは煩雑なので、まとめて平均値を示すことにする。そう思うを5点、思わないを1点として点数化し、回答者の平均点をとる(わからないは除く)。それを一覧にしたのが図2である。

真ん中が3点なので、3点より大きければ「そう思う」が優勢で、小さければ「思わない」が優勢である。たとえば、(1)の「森氏の発言は女性差別だった」は男性3.8点、女性4.0点で3点を大きく上回り、賛成する者が優勢である。

ここで、(4)以下を見ると、ほとんどが3点近くに集中しており、賛成・反対が拮抗していることがわかる。(5)のみ賛成が多いが、これは設問の文言が一般論にとられてしまう設問ミスのせいと思われる。それ以外では拮抗が明らかである。

謝罪しても許すべきではないと考える人もいれば、謝罪しても許されないのはおかしいと思う人もいる。森たたきはリンチのようで良くないと感じる人もいれば、森氏の追放は社会としての進歩の表れだと思う人もいる。黙っていた人も差別に加担したと考える人もいれば、そうは考えない人もいる。

どちらもはっきりした多数派を形成しているわけではなく、同数程度の人が拮抗していることになる。森氏を辞任に追い込んだ過程をよしとする推進派と、疑問ありとする懐疑派はともに一定程度存在する。

図2

ここで、再度、男女間に差が無い点に注意されたい。男女が関わる問題では男性と女性の意見がずれることがよくあるが、ここではほとんど差が見られない。したがって、懐疑派になるか推進派になるかは、性別とは別の要因で決まっていると考えられる

別の要因とは何か。候補としてすぐ思いつくのは年齢である。今回の森発言では、古い日本の男尊女卑の思想が現れたとされ、価値観のアプデートが必要という声もあった。もし古い価値観か新しい価値観かの違いであれば、世代によって意見の差があってよさそうなものである。

そこで年齢別に見て見よう。図3は図2と同じ平均値を回答者の世代別に計算したものである。図の4本のバーは上から順に20代、30代、40代、50代である。4本のバーが一貫して低下あるいは上昇していれば、懐疑派と推進派の差は世代の違いのためと見なせる。

図3

図3を見ると一貫して低下、あるいは上昇している項目がほとんどない。

(4)~(10)についてはバーはでこぼこで一貫した傾向は皆無であり、世代による影響は見られない。例外的に世代の効果がみられたのは(2)と(3)であるが、これは方向が通常の予想と逆になっている。(3)でいえば、「発言は問題だが辞任するまでのことはなかった」と考えている人が多いのは50代の中高年層ではなく、20代の若年層である。

若い人の方が森発言に寛大となっており、価値観のアプデートという話とはあわなくなる。年齢で一貫した説明をすることは困難であり、懐疑派と推進派を決めているのが年齢だとは言い難い。

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