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【東日本大震災】10年を超えて 石垣のりこ議員インタビュー


東日本大震災・原発事故 10年を超えて それぞれの「あの日」から
石垣のりこ 参議院議員(宮城県)

勤めていたラジオ局の仕事で4月からの番組の打ち合わせの最中に仙台駅前のビルで被災したという石垣のり子議員。地震直後は、ニュースソースの地元新聞社などからの情報が入らない中、唯一回線が通じた気象庁からの震度や津波の情報、防災事項を繰り返し伝えたと語る。

大きな災害では情報源が断絶され、情報が入ってこない

――震災時の様子について ラジオ局でパーソナリティと番組制作の仕事に就いていた時でした。仙台駅前の築40年程の古いビルの中で、生放送中ではなかったのですが、4月から始まる番組の準備の最中に地震が発生しました。書店のバックヤードで打ち合わせをしていたのですが、3分くらい大きな揺れがあり、それが収まるまで動けない状態でした。店内にはお客さんがいて、悲鳴と共にいろいろなものが倒れてくる音だけが聞こえて、古いビルでしたから非常に恐怖を感じました。

3回目の大きな揺れが来たときには、もう駄目かなと思いました。幸い建物は潰れずに、揺れが収まったのを見計らって、とりあえず外に出て、10分急いで歩いて、社に戻りました。

 本当に大きな災害の時には情報が入ってこないことを身をもって体験しました。ありとあらゆる情報源を断絶され、情報が入ってこない。伝えるべきものがないという状態でした。会社に戻ると今、外で見てきたことをラジオで語るように言われ、ガラスが割れていたり、信号が全部ストップして大渋滞が起きていたり、皆さんが建物から出てきて道が混雑していたり。それを私からの第一報としてお伝えしました。

 そのほか、基本的な防災事項である「逃げてください」、「身の回りのものに気をつけてください」、ガスの注意などを繰り返して、情報のない中で何を伝えるか、考えながら発信しました。唯一、気象庁の回線だけが繋がっていたので、震度であるとか、津波の警報であるとか、予想される津波の高さの情報が入ってきたので、それらを中心に繰り返し放送していきました。


――避難所のあり方について 例えば、てんかんを持つ患者さんやご家族は、病気を人に知られたくないために避難所に行けなくて、車中泊をしたり、家に留まるということもありました。いわゆる「自宅避難者」ですが、避難所にいないと、支援物資を受け取れない。その後、苦情を反映し、避難所に取りに行けば、配られるようになったところもありました。そうした行政上の決まりに関して、杓子定規に行われた部分、現場が的確に判断した部分があったと思います。

 そのほか、支援物資については、女性用衛生用品が足りない、小さいお子さんがいるご家庭ならオムツが足りない、ミルクが足りないという被災者の声を携帯ラジオで聞いて、物資をお寄せくださった方もいました。またラジオで必要な物資を募って、どなたか届けてくださる方がいたら繋ぐということも行っていました。

震災を経験したが故、今後の日本の姿を模索していく


――国政に参画したきっかけ、力を入れてきたこと 東日本大震災とは何であったのか。その経験をした私たちが、亡くなった方たちの思いを受けとめて何を残していけるのか。どのように防災教育をしていくのか。失われてしまった文化をどう継承するのか。日本が抱えている深刻な過疎の問題をどうするのか。そういう課題が震災で可視化されたとよく言われます。震災を経たが故に発信できる、今後の日本の姿というものを政治の視点から模索していきたいと思うようになりました。

 それから、日本の民主主義が相当破壊されているという思いを以前から持っていました。曲がりなりにもマスコミの端くれにいる者として、「これではいけない」という危機感が強くありました。母方の父が沖縄で戦死し、そのため母は結構苦労して育ちましたので、小さい頃から「戦争はよくない」と聞かされてきました。学生時代、平和教育に熱心に取り組む教師から学べたおかげもあり、いまだ世界では戦争が続いている地域があり、平和は意識的に守っていくものであり、何もしないで得られるものではないとずっと考えてきました。

 東日本大震災の時、食料がすぐに手に入らずに大変な思いをした地域が多くありました。食は安全保障に直結しますし、自分たちの生活の足元を見直すという点でも重要な問題だと考えています。国会では農林水産委員会に入り、農政のあるべき姿を追求してきました。

国民への情報公開の充実は不可欠

――今後、国政で取り組みたいこと 防災は非日常を想定した日常であるわけです。常日頃やっていることがイコール防災に繋がっているというのが一番自然で、かつ有効な防災のあり方だと考えます。例えば、キャンプという遊びを通じて、サバイバル術を楽しく学ぶとか。また、「もし今ここで大きな地震があったら、自分はどうするだろう、何ができるだろう。私は何がまずできるか」とか。いろいろ状況を想定して、考えておくというトレーニングも必要だと思います。

 防災対策で言うと、避難所の備えが不十分過ぎます。2019年の台風19号の時の避難所の様子を見ても、段ボールベッドを備えていない地域が結構ありました。またコロナ禍で、二重災害となった場合どうするのか。自宅避難が増えた時に、その方たちにどう情報提供していくのか。そういう細かい課題が諸々あります。避難所の課題として必ずあげられるのはトイレの問題ですので、設備投資という観点でいうと、例えば、バリアフリートイレを全国各地に充実させることは早急な対応が必要です。

 また、防災教育の面では、宮城県だと、ひとつは石巻の大川小学校の教訓があります。基本、学校では先生の言うことを聞くものと教えられています。先生方がしっかりと防災の意識を持って取り組んでもらうことが大切です。加えて、管理監督する教育委員会や地方自治体等が先生方への防災教育をしっかりと研修に組み込み、日頃から防災対策を中途半端なままに、いい加減なままにしておかないことだと思います。


 他に取り組みたいこととして、政府統計の検証と情報公開を充実することです。皆さんに現状を知ってもらうことが何よりも重要です。例えば、食品の安全、本当に大丈夫なのでしょうか。大丈夫なら大丈夫で、きちんと数字で示せば良いと思います。原子力災害のみならず、防潮堤がなぜここに必要なのかなど、きちんとした科学的根拠をもとにデータを示していく。これは絶対に必要なことだと思います。

 東日本大震災から10年。私たちにとって文明の発達、環境の進化というのが人の幸せにどのように関わってくるのか、もう1回しっかりと考え直さなければいけないと思います。未曽有の震災を経験し、より具体的に行動しなければいけないという気持ちが非常に強くなりました。後世に自分たちが処理できない核のゴミをこれ以上残していいのだろうか。私たちが生活を維持し、あるいは見直しながら、どのように解決していけるのか。

今まで安全だ、クリーンだと言われてきたものが実は違っていたということを、大きすぎる犠牲を払って私たちは目のあたりにしました。本当に自分たちのこととして今後どうしていくのかという問題が現実にあるわけですから、そこはしっかりと取り組んでいかなければなりません。



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