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二都構想で令和維新の実現を

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トップ写真)皇居
出典)Carl Court/Getty Images

松沢成文(参議院議員)

【まとめ】

・バブル崩壊、デフレ、リーマンショック、3.11、コロナ禍と相次ぐ国難で日本は停滞。

・東京一極集中は、社会の健全な発展を妨害し、安全保障上も問題。

・天皇と皇居の関西奠都、政治の首都=東京と文化の首都=関西による二都構想が日本再生への途。

天皇陛下の皇居を関西に移し、文化の首都をつくり、東京と二つの首都で新しい国のかたちを創造する。これこそが、東京一極集中を打破し、地方創生に繋げる日本再生の途だ。

【一極集中で自滅する日本】

明治維新以来、大恐慌や戦争を乗り越え自由主義経済と民主政治を推進し、近代国家を創り上げてきた日本。政・官・業が強固に連携して中央集権体制を築き、国力を増強し、国民の経済と福祉を向上させてきた。これは、近現代史の奇跡として世界から驚嘆の的であった。

 しかしながら、戦後の高度経済成長の後、バブル崩壊、平成のデフレ不況、リーマンショック、東日本大震災、そして今回のコロナ禍という相次ぐ国難に上手く対応できずに、停滞を続けている。

この低迷の原因はいくつも考えられよう。しかし、大きな要因は、この国の統治機構そのものに問題があると言わざるを得ない。つまり、過度の中央集権体制による東京(首都圏)一極集中の国家構造が、この国の健全な発展を阻害し、国民の豊かな生活を破壊しているのだ。

政治、行政、経済、教育、文化、情報(メディア)などの中枢機能が全て東京に一極集中しているために、人口も企業・団体も東京に吸引され、地方は衰退の一途をたどる。そして過疎過密問題は極大化し、国民生活は疲弊し、国民経済は非効率化し、格差が拡大する。企業活動も高コスト化して競争力を失っていく。

東京・首都圏は、人口増による通勤地獄、交通渋滞、地価や物価の高騰、都市災害の危機に悩まされ、逆に地方は限界集落、雇用喪失、農村崩壊、森林荒廃の危機にある。

写真)渋谷スクランブル交差点
出典)Frédéric Soltan/Corbis via Getty Images

このように、東京一極集中は、現代社会の要請である分権化、多様化、持続可能性に逆行し、社会の健全な発展を妨害する諸悪の根源と言っても過言ではない。それどころか、東京が首都直下型の大地震や北朝鮮からミサイル攻撃を受ければ、国家機能が麻痺してしまうという安全保障上の危機管理の面からも問題を抱えている。

この惨状を予期してか、これまで政府も対策を講じてきた。均衡ある国土の発展を目指して、数次にわたる全国総合開発計画を実行したり、首都機能移転も検討した。また、地方分権が重要だとして三位一体改革を実行したり、道州制も検討した。しかしながら、こうした政策のどれもが、抵抗勢力の反対もあり、全くと言っていいほど効果を上げることが出来ず、東京一極集中は是正されないまま今日に至っている。

【日本の歴史と二都構想】

この岩盤のように固まってしまった中央集権体制=東京一極集中構造を打開できる方策はないのだろうか。

それこそが「この国のかたちをつくり直す二都構想」である。

天皇陛下と皇居をそのルーツである関西にする。奠都(てんと)とは、都を移す遷都ではなく、都を新たに定めることをいう。日本文化の中心にある天皇を頂く文化の首都を関西に置き、政治の首都である東京と二つの首都をもって、この国の発展を東西でバランス良く牽引する。

東京の中央集権体制を、道州制のように一挙に地方へ分権しようとしても、霞が関の中央政府や都道府県・市町村などの既得権者の抵抗もあり無理がある。まずは、何でも東京中心の仕組みを、政治機能と文化機能の分権化を図ることによって、それを契機として他の機能の分権・分散に繋げていくのである。

そもそも、我が日本国は、二千六百年に及ぶ悠久の歴史の中で、天皇家はそのほとんどの時代において関西に存在していた。初代の神武天皇から五十代の桓武天皇までは、御所すなわち皇居は関西各地を移動しながら基本的には奈良にあった。西暦七一〇年には平城京が開かれている。その後、西暦七九四年に平安京に遷都され御所すなわち皇居は京都に移った。以来、京都に帝(みかど)が存在するという意味において、京都が都(みやこ)=首都として我が国の中心となって時代を築いてきたのである。

写真)京都御所 承明門(じょうめいもん)から即位礼など公式の大礼が行われた紫宸殿(ししんでん)を望む。
出典)Frédéric Soltan/Corbis via Getty Images

この体制の中で、政治権力が京都の外に出たこともある。源頼朝が開いた鎌倉幕府と徳川家康に始まる江戸幕府の時代である。つまり、文化の首都と政治の首都の二都体制は、日本史上初めてのことではなく、日本がかつて経験したことのある国のかたちでもある。

また、平安京遷都以後、天皇が京都の外に出たのは、南北朝時代の後醍醐天皇が吉野に南朝を開いた時と、明治維新によって天皇を中心とした政治体制をつくるために東京に移ってからの百五十年のみである。つまり、日本国の歴史において、天皇はその起源の地である関西にあるのが常態であり、東京に皇居があることこそが、日本史の流れの中で例外的なのである。

明治憲法では「天皇は統治権を総覧する元首」であり、政治権力と一体化していたので同じ首都に存在する必要があった。しかし大戦後の日本国憲法では、「天皇は国の象徴」であり、政治権力と同じ場所にある必要はないのである。鎌倉時代や江戸時代にあった天皇と政治権力の分権による二都体制の方が、国のかたちとして相応しいともいえる。

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