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母の一言きっかけに大学院進学を決意 常見陽平さんに聞く「学び直し」の意義

2018年に政府が社会人の学び直しや生涯学習の機会の拡充を目指すことを示して以降、ここ日本でもリカレント教育といった「学び直し」が注目されている。社会や経済の変化とともに、働き方も変わりつつある中で、社会人になっても学び続けることの重要性が高まっているためだ。

学び直しの選択肢には、大学院進学や大学の科目別履修など様々な方法がある。昨年から続くコロナ禍によって、日本でも教育のオンライン化が進んだこともあり、機会や選択肢も広がってきた。昨年8月、京都大学がオンライン公開講座「立ち止まって、考える」を開講し、話題になったことも記憶に新しい。

しかし、社会人が大学院進学を検討するとなると、まだまだイメージがつきにくいという場合も多いのではないだろうか。背景には日本の大学院進学率が11%程度と全体から見て少数派なこともあるが、その後のキャリアパスが不透明、身近なロールモデルを見つけづらいなどといった問題もある。

そこで今回は、社会人入学で一橋大学大学院に進学し、現在は千葉商科大学国際教養学部准教授で働き方評論家の常見陽平さんに実際の経験を伺った。

千葉商科大学国際教養学部准教授の常見陽平さん

「勉強し直したら」母の一言が大学院進学の契機に

「お前は才能がある。だけど勉強が足りない。何か勉強し直したらどうなんだ」

2010年のことだった。2007年に著者デビューし、講演活動も行うなど既に活躍中だった常見さんに歴史学者の母が投げかけた一言だ。

「当時、母が翻訳した学術書が出版されたんです。その際『お前の本は数年で消えるけど、私の本はずっと残るから』と言われて、そうか、と。幼い頃から今まで、自分にとって一番高いハードルは母ですね」

これを機に、常見さんは企業に所属しながら母校・一橋大学大学院の社会人入試を受け、38歳で社会学研究科の大学院生になった。大学院には社会人経験者も多く在籍していたが、定年退職後に学問を深めたい人や企業派遣で大学院に通う人など様々だったという。

入って感じた、研究と社会人生活の両立の難しさ

多様なバックグラウンドを持つ大学院生と並んで学ぶことは刺激的だったというが、一方で社会人と大学院での研究とには両立に苦労することもあった。常見さんは当時を悔しそうに振り返る。

「働きながらの大学院生活は厳しいものでした。当時は複数の本を執筆しながら大学院の講義に参加していました。大学院では、目指す目的によって求められるレベルは異なります。単位を取ることは仕事をしていても十分可能でしたが、よりよい修士論文を書くなど、研究に没頭することはとても難しいことでした。研究のためにすべての時間を費やせなかったことについては後悔もあります」

仕事と研究の両立は、学び直しにおいて見過ごされがちなポイントだ。若年層の雇用について専門家として長くオピニオンを発信し続けている常見さんでさえ、そこには悩みを抱えている。

「学び直しや実務家教員の採用という動きは、世の中が変化している様に見えます。でも、正直、私自身、大変な中途半端感があり、たまに悩みます。だから10代20代から、研究者を目指している人は覚悟が違うなと思います」

写真AC

「院生って面白い」元人事が見た院卒のキャリア

大学院、とくに文系領域を目指す大学生が抱くのは、就活への不安だろう。事実、大学院を出たあとのキャリアは明るいとは言えない。2019年の文部科学省の調査『令和元年度学校基本調査』(※1)では、修士卒の院生の正規職員としての就職率は理学が75.7%、工学が89.9%と高いのに対し、人文系は42.1%と大きく差がついている。

こうした文系大学院生の就活について、常見さんはこう分析する。

「新卒は、最近では専門分野を重視したり、職務を限定して採用する動きもありますが、まだまだポテンシャル重視です。当然、企業側がアプローチをかけるのは母数の多い新卒大学生になりがちではありますが、一方で、新卒の文系で修士の大学院生に対して、『研究経験のある人』という目線では良くも悪くも、必ずしもそうは見ていません。」

一方で、彼は「院生って面白い。文理問わず、院生に『使えない』とか『堅物だ』と考えるのは勿体ない」と熱を込めて語る。

「大学院での研究とは、『自分で問いを立てて、方法を考え、答えを出す』ということ。大学生の出す卒論とは、問いの立て方の深さが違うし、理論を使って説明しなくてはならない。社会に出ても大学院のスキルは役に立つし、その点は決して馬鹿にできない」

まずは知的好奇心 大学院進学の意義とは

常見さんは、ストレートの進学であれ、社会人進学であれ、大学院進学の意義は学んだことの活かし方にあると考えている。

「大学院での学びがどれに当たるかは人それぞれですが、ライスワークとライフワーク、ライクワークのバランスをいかに取るかということは大事です。世の中にはビジネススクールで学んだ理論に基づいて営業を行う営業担当者だっている。だからこそ、仕事に関係のあることも、関係のないことも学び続けたほうがいい。なにより、何かを学ぶということは楽しいから、たくさんの人に続けてほしいですよね」

仕事に直結するか、直結しないかという軸ではなく、まずは知的好奇心を持ち、学んでいく。そこから学びの活かし方も見えてくる。大学院を出たあと、大学教員として多くの学生を見てきた常見さんだからこその意見だろう。

最後に、社会人として大学院に進学してよかった点は?と聞くと、「ちょっと引いた視点からものを見るようになったこと」という答えが返ってきた。どういうことだろうか。

「結局、理論と持論は違うということですよね。大学院での学びでは理論やフレームワークを使って、客観的に物事を証明していく必要があります。持論で語り倒すということを私もやっていたかもしれないけど、それだけでは研究にならないですから。学部までの勉強と違って自主性も覚悟も求められますが、具体的な目標や目的が持てるなら、大学院に行ってみるという選択肢もありですよ」

※1:『令和元年度学校基本調査(確定値)』(文部科学省)
https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/kihon/kekka/k_detail/1419591_00001.htm

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