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- 2012年12月08日 21:46
大学の学部・学科に「キラキラネーム」が出てきた理由
『J-castニュース』が配信していた「大学の学部、学科に「キラキラネーム」 「日本語日本文化(^^)コース」どう発音する?」という記事が興味深かったので、今日はこれについて少し。
例として挙げられているのは以下の通りです
甲南大学「マネジメント創造学部」、「フロンティアサイエンス学部」
国士舘大学「21世紀アジア学部」
和光大学「現代人間科学部身体環境共生学科」
帝京平成大学「現代ライフ学部」
宇都宮共和大学「シティライフ学部」、「子ども生活学部」
玉川大学「芸術学部パフォーミング・アーツ学科」
桜美林大学「リベラルアーツ学群」
駒澤大学「グローバル・メディア・スタディーズ学部」
立命館アジア太平洋大学「アジア太平洋学部」
記事の中で特に注目されているのが、鈴峯女子短期大学の言語文化情報学科「日本語日本文化(^^)コース」と顔文字の入っているコースです。
記事によると、「たくさんの言葉を並べて説明するよりも、(^^)という文字が私たちのコースの新しさと楽しさを伝えてくれる、そう信じて思いを文字に託しました」と説明しているそうです。
例えば情報化、国際化が叫ばれた80年代~90年代にかけてはとりあえず、「情報」と「国際」をつけて置けばよいといった風潮がありました。
このことを見てもわかるとおり、学部にこうした名前をつけるのは基本的に人気とりのためと思ってまちがいありません。使い古された「法学部」、「経済学部」、「文学部」などの名称をつかったのは、差別化ができませんし、既存の歴史も実績もある大学と対抗できるはずもありません。
そのため、今までとは違ったことが学べるということをうたい文句に学生を集めるわけですが、そうなるとどうしても今まで使用されてこなかった名前を使わざるを得ません。結果、こうした聞いたことのない名前が増えることとなります。
例えば、田中眞紀子文科相がこれまでの慣例を無視して、大学設置・学校法人審議会の答申を覆して、秋田公立美術大、札幌保健医療大、岡崎女子大の3つ大学の新設を不認可としたのも(田中文科相による大学の不認可と大学教員の雇用について)、大学の数が多すぎてこのままで良いのかという問題提起が事の発端でした。
数が増えすぎた結果、既に「大学卒=エリート」でもなく、就職先がどこまで保証されるかわからないとなれば、大学に学生は何を期待すれば良いのかという話になります。
私が思うに企業は通常大学が教えることにあまり期待しておりません(特に文系)。私自身法学部の出身なので、その体験に基づけば法律を学んだといっても、大学の授業は各教授がばらばらに教えているので、とても体系だったものではなく、使い物になりません。
簿記とかを学んだのならば話は別ですが、「経済」を学んで会社で何の役に立つのかという話ですし、文学部も外国語学部を除いてどれだけ、直接会社の役に立つのかとなるとかなり疑問です。その外国語も悲しい話、実践力という意味では、4年間国内で学ぶより1年間留学した方が上と考えます。
こうしたものを有しているかどうかを見ているだけのような気がします。そうなれば、当然一流企業が必要としているのは、有名大学の出身者だけで、いわゆる三流大学の学生が大学名でなく学生個人を見てくれといったところで、無理なのが現実かと考えます。
それに、通常の学生が他人に何か誇ることができるものを持っている可能性はかなり低いわけですし、仮に持っていたとしても、独立(起業)して使う分にはともかく、会社内で他人に使われる身分の者が発揮することを期待されている才能とはかなり違ったものかと思います。
こうした現実がある中で、あまり有名でない大学が生徒を集めるとなると、おそらくこうした目新しい学部などで、未だに世間の仕組みを良く知らない生徒を騙すか、就職に特化して専門技術を身につけさせ、それを目玉にするか、どちらか位しかないのではないかと思った次第です。
1 記事の紹介
元記事を読んでもらえれば良いのですが、簡単にまとめると「キラキラネーム」としか言いようのない、大学の学部や学科の名称が増えているという記事です。例として挙げられているのは以下の通りです
甲南大学「マネジメント創造学部」、「フロンティアサイエンス学部」
国士舘大学「21世紀アジア学部」
和光大学「現代人間科学部身体環境共生学科」
帝京平成大学「現代ライフ学部」
宇都宮共和大学「シティライフ学部」、「子ども生活学部」
玉川大学「芸術学部パフォーミング・アーツ学科」
桜美林大学「リベラルアーツ学群」
駒澤大学「グローバル・メディア・スタディーズ学部」
立命館アジア太平洋大学「アジア太平洋学部」
記事の中で特に注目されているのが、鈴峯女子短期大学の言語文化情報学科「日本語日本文化(^^)コース」と顔文字の入っているコースです。
記事によると、「たくさんの言葉を並べて説明するよりも、(^^)という文字が私たちのコースの新しさと楽しさを伝えてくれる、そう信じて思いを文字に託しました」と説明しているそうです。
2 新しい学部名ができる背景
確かにここまで何をするのかよくわからない学部学科は以前はなかったかもしれませんが、以前から何をするか良くわからない学部というのは存在しました。例えば情報化、国際化が叫ばれた80年代~90年代にかけてはとりあえず、「情報」と「国際」をつけて置けばよいといった風潮がありました。
このことを見てもわかるとおり、学部にこうした名前をつけるのは基本的に人気とりのためと思ってまちがいありません。使い古された「法学部」、「経済学部」、「文学部」などの名称をつかったのは、差別化ができませんし、既存の歴史も実績もある大学と対抗できるはずもありません。
そのため、今までとは違ったことが学べるということをうたい文句に学生を集めるわけですが、そうなるとどうしても今まで使用されてこなかった名前を使わざるを得ません。結果、こうした聞いたことのない名前が増えることとなります。
3 大学で学んだこと
最近では、大学の経営難、定員割れといった記事が良く報道されているので、こうした状況はかなり広く知れ渡っているかと思いますが、大学を取り巻く状況はかなり厳しいものがあるかと思っております。例えば、田中眞紀子文科相がこれまでの慣例を無視して、大学設置・学校法人審議会の答申を覆して、秋田公立美術大、札幌保健医療大、岡崎女子大の3つ大学の新設を不認可としたのも(田中文科相による大学の不認可と大学教員の雇用について)、大学の数が多すぎてこのままで良いのかという問題提起が事の発端でした。
数が増えすぎた結果、既に「大学卒=エリート」でもなく、就職先がどこまで保証されるかわからないとなれば、大学に学生は何を期待すれば良いのかという話になります。
私が思うに企業は通常大学が教えることにあまり期待しておりません(特に文系)。私自身法学部の出身なので、その体験に基づけば法律を学んだといっても、大学の授業は各教授がばらばらに教えているので、とても体系だったものではなく、使い物になりません。
簿記とかを学んだのならば話は別ですが、「経済」を学んで会社で何の役に立つのかという話ですし、文学部も外国語学部を除いてどれだけ、直接会社の役に立つのかとなるとかなり疑問です。その外国語も悲しい話、実践力という意味では、4年間国内で学ぶより1年間留学した方が上と考えます。
4 企業がほしがる人材
そうなると、大学で学ぶ事になんか意味があるのかという話にもなりかねません。多分採用する側も同じ発想でしょう。そうなれば、要求されるのは、「受験戦争」を勝ち抜ける要領の良さか、長時間何の疑問もなく勉強(努力)できる従順さ、勉強しなくても高得点のとれる才能のどれかでしょう。こうしたものを有しているかどうかを見ているだけのような気がします。そうなれば、当然一流企業が必要としているのは、有名大学の出身者だけで、いわゆる三流大学の学生が大学名でなく学生個人を見てくれといったところで、無理なのが現実かと考えます。
それに、通常の学生が他人に何か誇ることができるものを持っている可能性はかなり低いわけですし、仮に持っていたとしても、独立(起業)して使う分にはともかく、会社内で他人に使われる身分の者が発揮することを期待されている才能とはかなり違ったものかと思います。
5 最後に
悲しいかな、良くあるパターンですが、自分で経験してみないと分からない話というのはよくあります。私自身大学にはかなり長くいたので、いろいろ嫌な部分も見てきましたし、就職活動を通じて、企業が何を求めているかも分かったように思います。こうした現実がある中で、あまり有名でない大学が生徒を集めるとなると、おそらくこうした目新しい学部などで、未だに世間の仕組みを良く知らない生徒を騙すか、就職に特化して専門技術を身につけさせ、それを目玉にするか、どちらか位しかないのではないかと思った次第です。



