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いまの日本で「科学的にものを考えて生きていく」とはどういうことか

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科学者の仕事はいったい何の役に立つのか。物理学者の早野龍五さんは「科学と社会の関わり方を『研究がすぐに役に立つか、立たないか』という視点だけで語るのは、本当にもったいない。科学的思考は、ビジネスにおいても、教育においても、基本となるものだ」という――。

※本稿は、早野龍五『「科学的」は武器になる 世界を生き抜くための思考法』(新潮社)の一部を再編集したものです。


※写真はイメージです - 写真=iStock.com/voyata

「科学者は“答え”を知っている人」なのか

「アマチュアの心で、プロの仕事をする」

僕がまだ物理学の世界に足を踏み入れたばかりの大学院生の頃、指導教授の背中を見て学んだことです。科学者の仕事を一言で表すならば、こういうことになると僕は思っています。

今、科学者は「専門分野の“答え”を知っている人」として社会から見られますし、その期待に応えようとしている人もいます。僕が大学院生だった頃と比べて、「それって社会にとって何の役に立つんですか?」「税金使ってやることなんですか?」と聞かれることもはるかに増えました。

確かに、僕がずっと研究をしてきた物理学の世界、実験の世界というのは、浮世離れしています。明日すぐに役に立つものでもないし、多くの人にとってプロジェクトがあってもなくても、直接的な関係はないと言えるものです。

一例をあげましょう。僕が研究プロジェクトを率いていたスイス・ジュネーヴにあるCERN研究所(セルン:欧州原子核研究機構)には、秘密基地のような広大な実験施設の中に、大型ハドロン衝突型加速器、通称LHCと呼ばれるものがあります。何やら難しそうな名前ですが、これはびっくりするほど大きな装置で、山手線くらいの大きさの円型のトンネルが、地下約100メートルもの深さに設置されています。

この巨大な装置が一体何のために作られたのかというと、2012年に発見され、翌年のノーベル物理学賞受賞につながった「ヒッグス粒子」をはじめとする、未知の素粒子を検出するために作られたものなのです。1964年に理論的に存在が予言され、長年探されていた「ヒッグス粒子」がLHCを使った実験によってついに見つかったという世紀の大発表をしたとき、研究所は興奮と歓喜に包まれました。

「知りたい」好奇心から、技術が生まれてきた

たくさんのメディアで報じられた「ヒッグス粒子」の発見ですが、これだって今日、明日に役に立つものではありません。大きく言えば、“宇宙の始まりを知る”ために研究されてきたものです。その原動力になっているのは、科学者の「知りたい」という好奇心です。知りたいという気持ちから科学は発展していき、科学者たちの残した成果から、僕たちの身の回りにあるパソコンやスマートフォン、医療、乗り物などに使われる技術が生まれてきました。

つまり、科学にとって大事なのは、“すぐに役に立つことはないけれど、誰かが社会にとって役に立つ何かを生み出す基礎になるかもしれない”ということだと思います。そのために必要なのが、「アマチュアの心で、プロの仕事をする」ということです。

どんな分野でも、最初は誰もが素人であり、少し練習をするとアマチュアになります。何かを始めるときに、素人であることやアマチュアであることは決して恥ではありません。恥ずかしいのは、プロの仕事として仕上げられないことです。科学の世界で言えば、きちんと仮説を立て、適切な理論のもと実験をして、データを取り、そのデータが正しいと言えるかどうかを検証して、矛盾がないように説明する――こうしたことが、プロの仕事です。

原発についてのツイートで、社会に引っ張り出された

僕は2011年3月11日の東日本大震災、そして福島第一原発事故が起きた後、ツイッターで原発事故についてつぶやいているうちにフォロワー数が一気に増えて、科学者コミュニティの中から社会に発見された、というより社会に引っ張り出された科学者です。

当時、福島についてよく知らない、原発についても専門ではないという中で、ひとりの科学者として、次々に発表される大量のデータをチェックし、物理学者の習性からデータをグラフに直してツイートしていました。僕自身が、何が起きているかを知りたいと思い、熱心に取り組んでいたのです。

原発についてはアマチュアではあるけれど、「科学者としてプロの仕事」をして発信していたと、今なら言えます。その中で学んだのは、科学者という仕事の意味です。専門分野の研究は今日、明日に役に立つようなものではなくても、「科学者としてプロの仕事」をすることは、もっと広い意味で社会のいろんなところで、誰かの役に立つものだと考えるようになりました。

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wachiwit

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