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迷走続ける菅政権 首相を苦しめる「成り上がり」のジレンマ

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低迷・迷走を続ける菅政権

ここのところ菅首相の「株価下落」が止まらない。官房長官時代あるいは政権発足当初の支持がすっかり鳴りを潜め、「空回りしている感」「やることなすこと裏目に出ている感」「当て勘が鈍っている感」が漂っているように見える。なぜなのだろうか?

実際、NHKによる最新世論調査では、菅内閣の支持率は38%に下落し、不支持44%に上昇している。2021年1月以降、2か月連続で不支持が支持を上回っている。主としてコロナ対策・経済支援への厳しい評価が災いしているとみられている。

このような厳しい状況下において、肝心の菅首相は不支持を挽回するのではなく、さらに国民感情を逆なでするような言動が目立つようになってしまっている。

菅義偉首相は27日午前の参院予算委員会で、定額給付金の給付について「予定はない」と改めて述べた。政府のセーフティーネットとして「最終的に生活保護がある」とも語った。石橋通宏委員(立憲民主・社民)に対する答弁。

石橋委員は「収入を失い路頭に迷う人々、命を失った多数の人々に政府の政策は届いているのか」と質問。菅首相は「雇用を守り、暮らしをしっかり支えていく。できる限り対応したい」と答えつつ、政府の政策が届いているか、との質問には「いろいろな見方がある。政府には最終的に生活保護があり、セーフティーネットを作っていくのが大事」と指摘した。

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Reuters『定額給付金の予定ない、最終的には生活保護ある=菅首相』(2021年1月27日)より引用
https://jp.reuters.com/article/idJPL4N2K20K7

企業の業績悪化にともなう収入低下や失業によって、国民生活に深刻な打撃が出ているなか「最終的には生活保護がある」と答弁してしまうことについては、さすがに政治的な「風読み」の能力の衰えを感じずにはいられない。皮肉や挑発のつもりで、あるいは石橋委員の言動に立腹したから言ったのではなく、じっくりと考えに考えて出した答弁であったことだろう。物事の潮目が変わると、こういうやることなすこと裏目に出るような「勘の鈍り」は政治家にはしばしば起こりうる。

「最終的には生活保護がある」というのはもちろん事実の指摘としては間違いない。だが同時に、この国における生活保護受給の難度の高さはすでに多くの人が周知のところとなっているだろう。いわゆる「水際作戦」によってそもそも保護の申請すらさせない対応が役所で横行していたり、親族に扶養可能かどうかを役所が確認する「扶養照会」のスティグマ性などによって、申請そのものをためらう人も数多いことは、もはやここで書くまでもない。

そして先日、インターネットでは嫌われ者としてのポジションがすっかり定着してしまっている人材派遣会社「パソナ」が、生活保護受給者の受給を廃止するごとに数万円の「成果報酬」を受け取る事業を請け負っていたことが「赤旗」で報じられ、これまた大きな騒動となってしまった。生活保護を打ち切ることを「成果」というのはなかなか風刺が効いている。

ようするに「最終的には生活保護がある」という答弁は、ファクトとしてはたしかになにも間違ったことはいっていない。しかし現実に鑑みれば、残念ながら「パンがなければお菓子を食べればよい」というニュアンスを多分に含んでしまっている。これでは国民からの歓迎ムードもあっという間に冷え、厳しい視線を向けられても致し方ないようにも見える。

「叩き上げ宰相」であるがゆえの苦境

ちかごろの菅首相の「空回りしている感」「やることなすこと裏目に出ている感」「当て勘が鈍っている感」は、あまりにも残念な気分になる。なぜなら、菅義偉という人物の近頃の停滞や迷走は、彼の政治的手腕や器量の問題というより、「成り上がり」政治家であるがゆえに起きているように思えるからだ。

安倍内閣における官房長官時代には、こうした「歯に衣着せぬ物言い」のキャラクター性が、求められていた役割とよい具合に調和していたことは間違いないだろう。メディア関係者や官僚、あるいは知識人・文化人などの知的エリート層に対しても毅然とした対応を取る姿は、国民感情ともきわめて整合的であり支持が厚かった。また「叩き上げ」「苦労人」であるというエピソードも伝えられたこと(それ自体は事実だろう)も、多くの国民からの共感を集めた。

「エリートに与せず、国民の側になって考えてくれている」という「安倍晋三の女房役」としてのイメージが菅政権発足時にも引き継がれていたことは「ガースー」「パンケーキおじさん」などという、親しみやすい愛称からもうかがい知れる。

しかし、実際の菅義偉という人物は、国民の期待していたペルソナとは異なっていた。

たしかにエリートに対しては――自身が「叩き上げ」ゆえに仲間意識をまったく持っておらず――厳しい視線を向けるが、だからといって国民の目線を想像しながら慈悲深い政治的決定を下したり政治的パフォーマンスを行ったりするタイプの人物ではなかったことが明らかになっていった。菅義偉という人物の本当の姿がわかりはじめるにつれ、国民からの親しみや支持は、大きく期待されていた分だけ、急速に失われていった。

Getty Images

ようするに、菅首相は、自身が官房長官だった時代には「成り上がり」タイプ特有の「エリート階層に対するルサンチマン」を原動力にしたふるまいが、官房長官という求められる役割にうまくフィットしていたが、しかし一国のリーダーの立場になってからは、「成り上がり」タイプのもうひとつの表情――すなわち、自分の出自に近い「下々の者たち」に対する同情心の欠如――がより鮮明に出てしまい、結果として支持を失ってしまっているのだ。

「下々の者たち」を知らないからこそ

エリート階層出身の政治的リーダーたちの「下々の者たちに優しく施してやる」というふるまいは、たしかに哀れみ――悪くいえば見下しや軽蔑――を含んだ選民意識によるものであるかもしれない。たしかに感情的には「見下されている側」からすれば快くはないかもしれないが、施しは施しだ。施しを与えてくれる王のもとでは、民はどうにか食つなぐことができる。

良くも悪くも「世間知らず」なお坊ちゃん政治家たちは「下々の者たち」の実態をよく知らないがゆえに――勝手に下々の者たちの可哀想なひもじい姿を想像しているからこそ――ときに慈悲深く寛容になれる。

しかし「成り上がり」は、生まれも育ちもエリート階層のお坊ちゃんとは異なり、「下々の者たち」のリアルな姿を十分すぎるほどに知ってしまっている。勝手な想像の姿で同情心がくすぐられる余地がそこにはほとんど存在しないのだ。

政治家にかぎらず、実業界など他の分野でも「成り上がり」を成し遂げた者たちがかつて見た「下々の者たち」の姿は、語弊を恐れずに言えば、往々にして怠惰で、不誠実で、賢明でない人びとだ。そんな環境で自らが燻るのが嫌だからこそ「成り上がり」は努力を重ねたのだ。「成り上がり」は、エリートたちの想像とはまったく異なる彼らの本当の姿を知っているからこそ、哀れみや慈悲心を持つことがどうしてもできない。むしろ非共感的で冷酷な態度を取ってしまいたくなる。

自分がかつて属していた階層の人びとに対してやさしくするのではなく「自分は努力でここまでのし上がった。高みにたどり着いた。どうしてお前たちは、同じように努力しない?」という感情がまさってしまう。結果的に、生まれも育ちもあきらかに恵まれたスーパーエリートより、血のにじむ努力で成功を収めた「成り上がり」の方が、再分配や社会保障に対して否定的な感情を持つようになってしまうことはめずらしくない。

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「最終的には生活保護がある」というのは、傍から見れば端的には失言・不適切発現の類に見える(実際、その答弁を受けた石橋委員は、批判するでも憤慨するでもなく、あまりの発言に困惑してしまっていた)。しかしながら、菅義偉というひとりの「成り上がり」にとっては、一国の首相としての立場を最大限考慮したうえで「努力もせずに甘えたことを言うな」というセリフを政治的にただしく言い換えたものだ。

「最終的には生活保護がある」は、たしかにひとりの政治家の政治的パフォーマンスとしての才能の欠如を感じさせる。だがひとりの「成り上がり」として見れば、その言葉は、限界ギリギリまで慈悲心を絞り出した「やさしい思いやりのこもった言葉」なのだ。

菅義偉が総理大臣になれるからこそ、この国は弱者に冷たい

内閣総理大臣・菅義偉が誕生したころ「彼は苦労して勉学し、社会人経験もある。貧しい人の気持ちがわかるのではないか」と世間から期待された。

たしかに菅義偉には、他のお坊ちゃん政治家に比べれば「貧しい人の気持ち」がずっとわかる。そのことは間違いない。――だが「わかる」からといって、「やさしくする」とはかぎらない。

むしろ「わかる」あるいは「わかりすぎる」からこそ、「やさしくすることがどうしてもできない」ということもある。残念だが、菅義偉はそうだった。

この国はイギリスのような圧倒的な《階級社会》ではない。たとえ貧しい家の出身でも、出自が華麗でなくても、勉強して難関大学に入りさえすれば、まだ社会的・経済的「成り上がり」の可能性が与えられる。いうなれば《階級社会》よりも幾分は分断が穏やかな《階層社会》である。

階層社会は多くの人にとってチャンスが残されている社会であることは事実だが、しかし同時に「下々の者たち」に対して「その実態をよく知らないからこそ、下々の者たちのひもじい姿を勝手に想像して同情心を高めてくれるエリート」があまり登場しない社会であることと表裏一体でもある。

皮肉なことに、この国で「自己責任論」がいまも根強いのは、たとえ「苦労人」「庶民」でも、場合によっては国のトップオブトップにのし上がれるほど「成り上がり」のチャンスがあるからだ。多くの人に「成り上がり」の余地が――少なくとも、強固に階級社会化している他の先進諸国に比べれば――それなりに残されているがゆえに「成り上がれない者」に与えられるやさしさは乏しい。

各メディアが(あるいは永田町内でさえ)すでに「ポスト菅」についての見通しを語り始めている。彼らの評するとおり、菅義偉はたしかに「首相の器」ではなかったかもしれない。少なくともこの「有事」に緊急登板し、官僚や与野党と激しく駆け引きし、長期政権を担えるような逸材ではなかっただろう。

しかしそれは、近頃のマスメディアや有識者が酷評するような「政治家として無知・無能であったから」ではない。そうではなくて、彼自身が「下々の者たちの姿を深く知りすぎてしまっていた」からこそ、彼は人びとが敬愛する優れたリーダーになれなかったのだ。

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