
予め言っておくが今回はごくごく当たり前のことしか言わない上に、わりと暗い話をする回である。
少し前になるがある飲食店経営者が書いた「全店舗閉店して会社を清算することに決めました」というnoteがバズったことを覚えている方もいると思う。
青森を中心に東北地方で飲食店を経営していた彼の名は福井寿和(ふくいとしかず)といい、今ではその経験を生かして廃業支援や中小企業向けのコンサルティングや加工食品の販売をしている。
私は福井さんと昨年9月にアベマプライムで共演をしたのだが、その後しばらくして「全店舗閉店して会社を清算することにしました。」という中身がタイトルのまんまの本を出したようで、10月半ばごろに送られてきた。
番組共演時の福井さんの印象が良かったこともあり、その後その本はなんとなく気になりつつもながらく放置していたのだが、再度緊急事態宣言が発令され、飲食店経営のあり方が社会的に議論となる中、実経験をベースにした考える材料として同書は適切なのではないかと思いあたり今月になって読んでみることにした。今回はその書評をベースにしたオピニオンである。
5年で4店舗に事業拡大するもコロナ禍で一転

まずは福井さんの飲食店創業から倒産に至る経緯を簡単にまとめてみたい。福井さんは2014年10月に27歳で青森市議会議員選挙に立候補するも落選し、その後この先どう生きていくか悩んだ末「起業」という道を歩むことにする。福井さんは高校時代からホリエモンこと堀江貴文さんや藤田晋さんに憧れていたらしく、実際社会人になってからもIT系の企業で働いていた。
当初はIT業界の時流に乗ってコワーキングスペースの運営を考えていたようで、株式会社イロモアを立ち上げて2014年12月24日に青森市内に「コワーキングスペース202」をオープンするも、青森ではニーズが乏しかったようで経営が軌道に乗らず、そのスペースを転用する形で別の事業を始めることにした。そして低コストでスペースを改装して2015年4月4日「カフェ202 青森店」をオープンしたのが福井さんの飲食店事業の始まりである。
当初は客が来ずに閑古鳥が鳴いていたようで、仕方なく暇な時間を商品開発にあて「極厚パンケーキ」を試作したところ、徐々に口コミが広がり、5月には地元のテレビで取り上げられた。これがきっかけで一気に客が増え経営も徐々に軌道に乗り半年後には月商100万円を超えて商売として持続可能なラインに到達する。その後は銀行から積極的に融資を受け順次拡張路線をとり、
- ・2017年2月に2店舗目となる洋風居酒屋を青森市にオープン
- ・2017年9月に3店舗目となるカフェの2号店を弘前市にオープン
- ・2018年4月に弘前市にハンバーグ店をオープン
- ・2019年4月についに青森県を出て仙台市にカフェをオープン
と、4年の間に経営を5店舗にまで拡張する。飲食店経営には有利子負債はつきものである。この頃になると月商は1500万円を超え、2000万円に迫るまでにきていたが、コロナ禍が始まると状況は一転する。
2020年の2月後半から全国での休校措置やダイヤモンド・プリンセス号が青森にも来航したという事情から青森でも市民の警戒感が高まり、イロモアの業績は急速に落ち込み始める。3月には売上が昨年比30%前後にまで落ち込み、なんとかテイクアウトで打開を図ろうとしたものの、いわゆる「焼け石に水」で売上の落ち込みをカバーするのは困難で2020年3月の月商は970万円にまで落ち込む。概ね売上が40%弱減少したことになり、この段階でキャッシュフローは150万円のマイナスとなる。さらに4月に入り全国に緊急事態宣言が拡大すると売上はさらに落ち込み当座の全店舗休業を決意する。
財務状況を分析して導いた3つの選択肢

福井さんがこの休業中にしたことは、この後の経営方針を考える基礎となる財務状況の分析だった。その結果は厳しいもので仮に5月から売上が徐々に回復して7月以降にコロナ禍以前の70%程度まで回復すると考えても単月でのキャッシュフローはマイナス180万円程度になると算定された。この時点で会社には2000万円強の現預金があったが、こうした状況が続けば2020年内に倒産する可能性が濃厚と判断できた。
この時福井さんには3つの選択肢があった。
1つ目は銀行から追加で資金を借りてコロナ禍が収まるまで耐えること
2つ目は飲食店経営に加えて通販等への業態転換に活路を見いだすこと
3つ目は会社に余力があるうちに従業員や取引先や金融機関などステークホルダーに極力迷惑をかけない形で倒産すること
である。結局福井さんは、
一つ目に関しては「自分がコントロールできない範囲の事象に過度に期待すること」に抵抗感を覚え、 二つ目に関しては「こうした形態をとったところで飲食店事業は通販事業の重荷になる可能性が高く、そもそも飲食店を経営している意味が乏しくなること」という理由から却下し、従業員の理解を得た上で3つ目の「倒産」という道を選ぶ、という判断をする。
コロナ禍での飲食店経営では、頻繁な消毒作業、クレームの増加、といった形で業務負荷が増す一方で、席の間引きで回転率が落ちるという事情もあった。そして福井さんは、賃貸の中途解除による違約金、原状復帰費用、を支払い、また店舗拡張にあたって借りた金融機関からの融資を債務整理して2020年5月に株式会社イロモアを清算した。
困難を極める「withコロナ」の飲食店経営

こうした福井さんのたどった足跡を見ると新型コロナウィルスがある程度拡散している状況、いわゆる「withコロナ」の状況での飲食店経営の難しさが見えてくる。基本的に飲食店経営というのは不動産ありきの商売なので固定費と有利子負債が嵩むことになる。そのため稼働率がある一定水準を上回らなければキャッシュフローが赤字になってしまうが、コロナ対策で三密を避けるとなると席を間引かざるを得ない。また消毒やクレーム対応といった余計な業務も増える。テイクアウトや通販に力を入れるにしても、肝心の飲食店経営は赤字で足を引っ張る形にならざるを得ない。
つまりwithコロナ下での飲食店経営というものは、仕事量が増え、仕事の難易度も高まるにもかかわらず、利益はそれほど見込めないというかなり苦しいものにならざるを得ない。もちろん今この瞬間を見れば自治体からの時短要請に対する協力金によって潤っている小規模な店舗も多いが、あくまでこれは一時的なもので、通年単位で見れば「本業の落ち込みをテイクアウトや通販で耐え忍ぶ」という構図に変わりはない。国にできることは、信用保証による融資の促進と補助金等で固定費の負担を若干軽くすることくらいである。
では「いつまで飲食店は耐え忍べばいいのか」ということになるが、これに明確な答えはなく、新型コロナウィルスの感染状況が低レベルの水準になり、また、ワクチン等で社会に免疫保持者が増えることで感染力が弱まり、ソーシャルディスタンシングの必要性そのものが軽減されるのを待つしかないわけである。それが具体的にいつになるのか、ということは全くわからない。
「廃業支援」と「加工食品販売」 理にかなっている次の道
結果として飲食店業界の不況は長引かざるを得ず、業界として縮小せざるを得ないという結論になる。市場のパイが縮小するのだから、プレイヤー数も減らざるを得ない。
そういう意味では福井さんは非常に状況がよく見えており、彼が選んだ廃業支援と加工食品販売という選択肢は理にかなっている。社会として、国として、すべきことは、耐え忍ぶ道を選んだ飲食店に一定の支援をする一方で、福井さんのような経験を生かして違う業態を目指す取り組みや廃業のサポートを積極的に支援するということになる。これは経営側だけでなく従業員の側に関しても同じで、他業種への雇用シフトを積極的に奨励していかなければならず、そのための研修、教育費などについては積極的に国が支援すべきであろう。
幸いなことに日本はもともと人手不足が恒常化しつつあったので、こういう状況でも求人倍率は1を超えている。雇用のミスマッチを解消すれば劇的に失業率が上昇するような事態は避けられるはずである。
福井さんが言うようにこういう状況では「倒産は『悪』ではない。会社を失っても、人生は続く」ということなのであろう。