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「身にまとった雰囲気を自在に操るための方法」について

身にまとった雰囲気を自在に操る人 - 24時間残念営業

「身にまとった雰囲気を自在に操る」――これが出来たらいいなぁと思う人も多い一方で、意識しながら実践している人はあまりいないのではないかと思う*1。もしも、誰もが実行可能なことを技術と呼び、誰もが実行可能とは言えないノウハウを魔術と呼ぶなら、「身にまとった雰囲気を自在に操る」は魔術と呼ばざるを得ないのかもしれない。

けれども「身にまとった雰囲気の操作」を身につける術が全く無いわけでもない。face to face なコミュニケーションの実践機会に恵まれ、自分自身の感情の流れと矛盾しない範囲でベターを選択できるような人の場合、少なくとも部分的には「身にまとった雰囲気の操作」は可能だと思う。そのあたりについて、私見をだらしなく書いてみる。

身にまとった雰囲気を操るには、自分の感情を操らなければならない

「身にまとった雰囲気」を操る際の大前提として、まず、自分自身の感情を制御しなければならない。自分が身につけたい雰囲気と矛盾した感情状態の人は、その雰囲気をまといにくくなる。

例えばもし、あなたがチンピラめいた雰囲気を身につけたいなら、まず感情気分としてチンピラでなければならないし、お洒落な文化人を気取りたいなら、まず感情気分としてお洒落な文化人でなければならない。服装だけチンピラや文化人を気取っても、魂が入っていなければ雰囲気は形成されない。萎縮していたり卑屈な感情になっていたりしている人は、どれだけ外観を繕ってもこけおどしにすらならないだろう。

ここでひとつ問題になるのは、当人の感情が「虚勢」か「ホンモノか」である。ホモ・サピエンスは、自分が冷静でない時にも自分は冷静だと自己欺瞞できるので、自分にとって自信満々の態度が他人には虚勢の塊にしか見えない、なんてことが珍しくない。このため、ときとして悲劇が起こることがある――自分としては自信に満ちた雰囲気をつくり出そうと頑張っているつもりなのに、周囲の全員が「あいつは虚勢を張っている」と見抜いてしまうような場合である。

しかし、そうした自己欺瞞を回避できる限りは、雰囲気をまとう際に自分の感情を相応に調整しておくことは有効であり、おそらく必須でもある。強気弱気自信怒り不機嫌といった感情を、雰囲気にあわせ事前にセットしておくことで、雰囲気に矛盾が生じにくくなる。

逆風に曝されそうなときは、事前に感情をセットしておく

とはいうものの、いつでもどこでも自分の感情を自由自在に操れるわけではない。例えば、いったん萎縮してしまった気分感情を、萎縮させられるような状況文脈のなかで挽回するのはかなり難しい。どうしても流れに呑まれてしまいやすい。

しかし、肝心の場面に「自信」「強気」「勇気」をあらかじめセットしておくだけなら、逆風に直面してからそれらをセットするより遥かに容易い。過去の成功体験を思い出したり、自分のバトルソングを頭のなかで再生するなり、とにかくなんらかの方法で、気分を予め相応しいモードに切り替えておくことは、雰囲気の人工制御にあたってかなり役立つ。

人間の感情気分は、論理的なものではなく身体的なものなので、瞬間的に切り替えられない。しかし、事前に感情気分をセットしておくぶんには、その感情気分を設定しやすいし、少々の逆風でも維持しやすくなる。自分の気分感情を敵に回すのではなく、メリットとして生かす際には、この「感情気分は論理的なものではなく身体的なものである」点に留意する必要がある。

ファッションと感情と雰囲気の相乗効果

外見を取り繕うだけがファッションではない。

ファッションは内面を制御するアイテムとしても重宝する。

日常的な感情気分のときには日常的な服装をし、職場では職業に相応しい服装をし、ハレの日にはハレの格好をする――そういうメリハリをつけておくと、やがてハレの格好をすると気分までもがハレの日向けに修正されるようになり、浮ついた気分の時も悲しい気分の時も仕事着に着替えれば仕事然とした気分に修正されるようになる。ここまでくれば、服装選びがそれそのままに感情気分にまで反映されるようになり、ひいては当人の雰囲気を(外見だけでなく内面まで込みで)強調するアイテムになってくれる。

この観点から、冒頭リンク先のおっかない人を振り返ってみよう。

ところでその人だが、非常に愛想がよい。服装なんかも「ああ、ユニクロで充分なんですよ」といわんばかりふつうの普段着であり、忙しい時間帯にタバコ一個なんか買った日には「忙しいとこすいませんね」と言うし、小銭や千円札がなくて1万円札での支払いのときは、ちょっと困ったような笑顔で「すいません、細かいのがなくて」などと言う。

http://lkhjkljkljdkljl.hatenablog.com/entry/2012/12/03/180429

おっかない人の日常の服装は、ユニクロらしい。そういえば、ユニクロには“無味無臭の服装”というか、雰囲気のメリハリをつけるにはあまり向いていない“無難な”服がたくさん売られているので、職業的に何らかの雰囲気を醸し出してしまいやすい人が、その雰囲気をニュートラライズさせるためにユニクロを選ぶというのは理に適っている。そして、そのニュートラルなユニクロの服に袖を通せば、自分自身の感情気分をニュートラライズさせるにも向いているだろう。

ところでこのあいだ、その常連さんの様子がいつもと違った。ふだんはゆるふわな感じの髪の毛はがっちりと固められてつやつやと光っていた。服装もなんだか「ああ、夜の町にこういう感じの人いるよね」みたいな雰囲気になっていた。おまけに口調と声まで違う。押し殺したようなダミ声で「おい」といきなり呼ばれた。

なるほど、と俺は思った。お仕事らしい。

http://lkhjkljkljdkljl.hatenablog.com/entry/2012/12/03/180429

対して、戦闘服を身にまとっている時には、声音からして違っている。きっとこの人は、夜の街にふさわしい服に袖を通せば、ただそれだけでアドレナリンが噴出し、いつでも戦える気分になるのだろう。そして、その気分と服装との相乗効果によって、より一層、おっかない雰囲気を醸し出すことに成功しているのだろう、と思う。

この観点から見ると、いわゆる晴れ着や喪服の効果というのは、なかなかに侮れないものがあると思うし、ファッションと感情と雰囲気の相乗効果を意識して操っている人と、そうでない人では、コミュニケーションの場面でのボーナス/ペナルティの累積はかなり違うのではないかと思う*2

そして、服装と感情と雰囲気との相乗効果を得たい人は、等身大の自分自身と服装との間で、なんらかの辻褄あわせをしなければならない。もちろん「まず形から入る」はアリだし、形から入ったうえで、服装の雰囲気に自分自身を接近させていけばそれでいいのだろう。しかし、等身大の自分自身と服装とが乖離したままの、「ファッションオタクのコスプレショー」のような、高価な服だけが一人歩きしているような体裁はなるべく早く脱しなければならない。雰囲気という観点からみて、コミュニケーション上のペナルティは不可避となる。

このことから考えると、実は、勝負服勝負下着のたぐいは勝負の時のために秘蔵しておいてはいけない、ということになる。勝負服が圧倒的雰囲気を帯びて機能するためには、勝負服と自分自身との整合性に習熟しなければならない。言い換えると、勝負服的な、特定の状況下で威力を発揮するような服装は、日頃から「運用」しなければならないということになる。「運用」実績の無い勝負服は、身にまとった雰囲気の制御に失敗して違和感を与えてしまう危険がある。定期的に袖を通し、自分自身にとって違和感の少ないスタイルのひとつとして定着させる作業が必須と思われる。

無理のあるスタイルは諦める

自分自身の気質やライフスタイルから遠すぎる雰囲気を身にまとうのは、かなり難しい。気弱な人が強気の雰囲気を身にまとうのは難しいし、書籍だけを相手にしている職業の人がガテン系の雰囲気をまとうのも無理がある。そこらへんを弁え、手の届く範囲で雰囲気の切り替えを心がけるのが無難と思われる。

どうしても手の届かない雰囲気に手を届けたいと思うなら、できるだけ若いうちに、その雰囲気に手の届きそうな性格ライフスタイル人生行路の路線変更を行うべきなのだろう。しかし、このあたりは運や天命が絡む領域と思われる。

女性にはメイク(化粧)という要素がある

これらについて、女性は無視できない(文化的)アドバンテージを保有している、と思う。それはメイク(化粧)だ。現代の日本文化圏においては、女性はメイクをしても構わないという社会的コンセンサスができあがっている*3。そのぶん、女性は外観を解して自分の気分や感情を制御し、雰囲気を操作するにあたっての関数を一つ多く保有している、と言うことが出来る。

こうした要素は、男性でも「スキンヘッドにする」「眉毛の剃り方を制御する」といった形で、毛髪に関連した分野では利かせる余地が無いわけではない。とはいえ、男性においてはメイクを雰囲気の制御に用いる余地は相対的に小さい。

「自分の気分や感情を制御し、雰囲気を操作するにあたっての関数」を一つ多く保有しているという意味では、女性は確かに男性よりは(この方面の)魔術の素養に恵まれていると言えるし、奥様は魔女、なのだろう。そのうえ、服飾に関しても平均的な男性よりは平均的な女性のほうがノウハウ蓄積が進んでいることが多いので、感情制御と雰囲気の操作の領域での男女間格差は大きいといわざるを得ない。

尤も、女性が雰囲気のコントロールに長けているからといって、必ずしも女性が他人の雰囲気に流される耐性に優れている、というわけではなさそうにはみえる。他人の雰囲気に対する被影響性が過剰な人物というのは、男女を問わずに見受けられるし、(冒頭リンク先にもあったように)雰囲気の制御を身につけた男性にコロリと転がされる女性は珍しくない。

「雰囲気や気分の統御を情報戦に動員する」ということ

このように、雰囲気とは、情報戦である。もちろん情報戦だと気付かない男女はたくさんいるし、情報戦のエキスパートでありながら全てを無意識のうちにこなす強者もいる。しかし情報戦というのは疲れるものなので、やればコミュニケーションに有利になるとはいえ、意図的能動的にやるのはほどほどにしなければ、多くの過剰適応にありがちな、メンタルヘルス上の衰弱を招くおそれがある。

このため、単に雰囲気や気分の統御をタイトに実行しようとするのではなく、最低限の消耗で最大の効果をあげるような方向性を目指したほうが、長期的には望ましい。もちろんそのためには、功を焦らず、可能な範囲で試行錯誤を積み重ねていく必要があるのだろうけれども。

……飽きてきたのでこのへんでやめますが、「身にまとったことを自在に操る」ということについては、こんなような事を私は考えています。

*1:ただし、天然というか無意識にそれを身につけている人は男女を問わず珍しくない

*2:服飾と感情と雰囲気の相乗効果が毎回のコミュニケーションに与えるボーナスやペナルティは、たかだか5%か10%程度のものかもしれない。しかし、オンラインゲームやロールプレイングゲームにおいて、毎回戦闘時に5%10%のボーナスが得られるということは、決して無視できないことだろうし、ゲームではないリアルにおいては3%程度でもコミュニケーションにプラスの効果が得られるなら、それで御の字というものだろうと思う

*3:そのかわり、ときに「メイクをしなければならない」という足枷にもなっているが

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