【「本当に五輪やんのかい?」】
「あと3回くらい来ないと駄目。屋根の半分以上が駄目になっちゃったから。わが家はもう、廃屋。廃屋だよ…」JR常磐線・新地町駅前の災害廃棄物仮置き場は、朝から軽トラックやマイカーの長い列が出来ていた。広場の入り口で新地町民であることを確認し、再び車を走らせる。ガレキや屋根瓦、家電製品や家具など、分別ルールに従って「災害ごみ」を捨てていく。未曽有の被害をもたらした東日本大震災から丸10年。最大瞬間風速18メートルを超える強風の中、町民たちは祝日返上で自宅の片付けに追われていた。
工務店を経営する70代男性は「俺らが生きている間は、もうあんな大きな揺れは来ないと思ってた」と苦笑した。発災以来、屋根の修理などの依頼が殺到し、自宅や事務所の片付けが出来ていなかったという。
「今日、初めて自分の家のごみを捨てに来たんだ。事務所も自宅も全部壊れた。パソコンも全部駄目。60代だった10年前はまだやる気があったけど、70代になると駄目だな。気持ちがね。1カ月後に聖火リレー?ここの住民は皆『本当にオリンピックやんのかい?』って思ってるよ。何でこんな時にオリンピックなんて言ってるんだよって」
50代女性は、10年前の震災で自宅が半壊した。
「今回また壊れてしまいました。直して住める状態では無いので解体の方向で考えています。まさか自分が生きている間はもう無いかなと思ってたんですけど…。いやあ、オリンピックどころじゃないですよ。感染症もあるし、出来ないんじゃないかな」
娘の運転する車に同乗していた高齢の女性は、「本当にオリンピックどころじゃないよね」と言うと泣き出しそうな表情になってしまった。
「震災から10年でこんな事になって、神様が何か言ってるのかねえ」
JR常磐線・新地駅前に設けられた災害ごみの仮置き場には、朝から軽トラックなどの長い列。屋根瓦や電化製品などが次々と運び込まれる。自宅の片づけは緒についたばかり。町民の誰もが「五輪・聖火リレーどころじゃない」と口にした
【「聖火リレー楽しみだけど…」】
福島第一原発から約50キロメートル。宮城県に隣接する新地町では、3月26日午前に聖火リレーが予定されている。新地駅裏手の「観海堂公園」を午前10時11分に出発し、津波被害のあった区域につくられた「釣師防災緑地公園」まで約1・4キロメートルを走る。福島県が22日に交通規制計画などを公表した事もあり、町役場職員は「実施する方向で準備している」と話すが、「釣師防災緑地公園」の管理を委託されている会社の担当者は「まだ町からは具体的な話は何も来ていません」と語った。「昨年も聖火リレー直前に延期が決まりましたから、今年もギリギリまで調整が続くのではないでしょうか」
公園内の建物などに大きな損傷は生じなかったが、聖火ランナーが走る予定の道路が揺れで波打ってしまい、通行止めになっている。ロープ越しに見えるアスファルトの歪みが、揺れの大きさを思い出させる。町内を少し歩くだけでも「五輪・聖火リレーどころじゃない」状況が良く分かる。
「聖火リレーやって欲しいわよ。楽しみにしてるんだもの。でもね、皆それどころじゃないものね」
売店の女性も、自宅が大きな被害を受けた。「屋根は応急処置はしたけど、業者がいつ来てくれるか分かりません。家の中はもうグチャグチャ。食器棚が倒れてガラスが飛び散りました。すぐ停電して、懐中電灯を探したけどそんな状態だからどこにしまったか分からない。結局、夜が明けるまでじっとしてました。10年経ったねえ、と話してた矢先にまた大地震が来るとはねえ」
別の男性は、10年前の大津波はギリギリのところで被害を免れたという。
「正直なところ、聖火リレーどころじゃないですよ。原発の水位も下がっていると言うじゃないですか。東電はきちんと発表しないから心配です。しかし、このタイミングで大地震が起こるなんて、なんだか神様が『お前ら(10年前を)忘れんなよ』って言ってるみたいだね」