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「水素爆発はしないって言ったじゃないですか」東電が官邸に出していた原発事故“隠蔽”の要請とは 『フクシマ戦記 上 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」』より #2 - 船橋 洋一

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「呼吸にも気を遣わなければ…」福島第一原発の“決死隊”に命じられた想像を絶する作業の実態 から続く

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 所員の決死の作業によってベントに成功し、格納容器の破損を免れた福島第一原発1号機。しかし、それからおよそ1時間後には水素爆発が起こり、建屋の上部が吹き飛んでしまう事態に見舞われる。当然のことながら、現場にいた作業員の間では爆発の直後、大きな動揺が走ったという。ここにいてどうなるのか、ここにいたら全員が死ぬ……。極限状況下に追いやられる所員、そして、東電と官邸は、その瞬間、どのような対応に走ったのか。

 ここでは、船橋洋一氏を中心とした調査委員会による綿密な取材をまとめた書籍『フクシマ戦記 上 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」』を引用。当時の様子を子細に紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

◇◇◇

「頼む。頼むからここに残ってくれ」

 12日午後3時36分。福島第一原発の1号機の建屋の上部が轟音とともに吹き飛んだ。

 中央制御室(1/2号機)は、ドシャーンと上下に揺れた。天井のルーパーや蛍光灯が外れ、宙ぶらりんとなった。白いダストが部屋を覆った。その直後、蛍光灯に点っていたほのかな明かりも消え、真っ暗になった。

〈あっ、格納容器が爆発した〉

〈死ぬのか、ここで〉

 運転員たちの脳裏をそうした恐怖がよぎった。

 その時、伊沢は、当直長の椅子に座っていた。直撃爆弾を受けたような感じがした。


©iStock.com

〈中操(中央操作室=中央制御室のこと)そのものが壊れたのか〉

 そんな思いが脳裏を横切ったが、口は叫んでいた。

「マスク! マスクをかけろ」

 その声で全員、マスクをきっちりと着用しているかどうかを確認した。

 誰かがとっさに線量計をかざし指示値を確認した。

「あれっ。上がっていない」

「大丈夫かな」

「中操の天井はそんなに頑丈にできていないよな」

「早く非常扉を閉めて、外気が入らないように」

 免震重要棟とのホットラインは生きている。

若い運転員たちの間に広がる動揺

 真っ暗闇の1、2号機中操では、若い運転員たちの間に動揺が広がった。

 そのうちの一人に運転員の井戸川隆太がいた。27歳である。井戸川は入社後8年。双葉町の出身である。前年の7月、補機操作員から主機操作員に昇格したばかりだった。先に述べたように、伊沢と同じD班に所属、11日朝、発電所にかけつけた。

 地震が起きたとき、井戸川は双葉町の実家にいた。父も母も職場に行っていた。地鳴りが聞こえてきた。危険を感じ、部屋から出てカーナビでテレビを見た。津波警報が出ていた。

〈中操はてんやわんやしているだろうな。行けば何か役立つだろう〉

 中越沖地震のとき、柏崎刈羽原発の現場がいかに大変だったかという事後報告を読んだ。何はともあれ駆けつけよう。ただ、その前に両親の安否確認だけはしなければならない。両親の働いている会社に行って、互いの無事を確認した後、また実家に戻った。

〈ジョンに何かあったらいけない〉

 オスのビーグル犬である。首輪を外し、放した。

 それから福島第一原発の独身寮まで車を走らせた。自分の部屋に寄って外に出ようとすると、後輩たちがたむろしていた。

「オレはいまから会社行くけど、お前ら行くか」

「行きます」と声を上げた一人を乗せて、海沿いの道を通って発電所に向かった。到着すると 津波が来たことを知らされた。

「津波が来たんだ。海の下まで全部、水が引いた底が見えたよ」

 それを聞いて、ジョンのことが心配になった。

〈あいつ、どっちへ逃げたのか。無事だろうか〉

 井戸川はこの日の夕方から2号機の運転員として勤務した。ただ、同期の主機操作員がこの日は本番の運転員席に着いた。井戸川は主に圧力や水位を測る仕事に就いた。

「このままここにいたら、全員死にますよ」

 翌12日午後、ボーンという音と運転員たちのけたたましい叫び声でガバッと身を起した。何かが爆発したようだ。隣を見ると、先輩運転員はまだぐっすり寝ていた。

〈この人ちょっと格が違うな〉

 同時に、井戸川は恐怖心に囚われた。このままでは死んでしまう。逃げたい。ベントをやったからには後、ここにいて何が出来るのか。もう、炉は溶けているにきまっている。すべて手遅れだったし、ことごとくダメだった。なるようにしかならなかった。井戸川はきわめて冷静だった。

 しかし実際は、いかにしてここから逃げるか、さまざまな考えが頭の中をぐるぐると回った。

〈年齢の若い順に避難させるべきだ。研修生の子たちをまず避難させる。もしかしたら、その次には自分たちも避難できるかもしれない〉

 後に井戸川は「出られなかったから、あそこにいたというのが真実だ」と告白したものである。

 爆発の衝撃がまだおさまらない中、井戸川の声が響いた。

「ここにいてどうにかなるんですか」

「このままここにいたら、全員死にますよ」

 そこには副主任の米桝充もいた。井戸川より10歳ほど年上である。柏崎刈羽原発でも運転員をした経験を持つ。自分が言いたくても言えないことを井戸川が言ってくれている。

〈井戸川さん、勇気がある〉

 米枡はそう思った。

 そうした若い運転員の気持ちを察知していたのがベテラン運転員の高橋静夫だった。柏崎刈羽原発の6/7号機の運転員からこの一月、1/2号機の運転員に代わったばかりである。

 高橋は、12日の昼前、免震棟に入った。その後、他の6人の副長とともに中操にやってきた。

〈若い連中というのはほったらかしにすると何もしなくなっちゃう〉

 高橋は個々の任務分担を明確にし、どうしてもいなければならない者以外の若い従業員は免震棟に避難させるべきだと考えていた。

「オレたちがここにいる意味があるんでしょうか」

 高橋が発言した。

「ある程度の人間は一時的にもここから逃すべきです。全員死んだらこのあと何もできなくて、本当に手がつけられなくなる」

 伊沢は黙ったままである。しばし、沈黙が流れた。その時、助っ人に来ていた運転管理部作業管理グループの金山将訓(かねやままさのり)副主任(43)が立って、伊沢の名前を呼んで、直接問いただした。

「伊沢さん、オレたちがここにいる意味があるんでしょうか」

「操作もできず、手も足もでないのに、我々全員がここにいる必要はないじゃないですか」

「こんなことならもっと人数、少なくてもいいんじゃないですか」

 大友喜久夫が声を上げた。

「いま、ここから出ても、安全に免震棟にいける保証はない。爆発はあったが、ここはいま大丈夫なんだから、ここにいたほうがいい」

「ベントもしてるのだから、線量が高い。いま外に出て大丈夫なわけないだろう」

 金山は言い返した。

「いや、線量を測りながら低いところを走りながらいけば、そこはいいんじゃないですか」

 金山は補機指導職という肩書を持ち、入社して間もない若い運転員を指導する立場にあった。爆発後、彼らがパネルの前の床に座ったまままったくモノを言わなくなってしまったことに気づいた。家族のだれよりも長い時間を一緒に過ごしている運転員仲間だ。常日頃、冗談口が絶えない。その彼らがみんな震えている。

〈ここは自分が直接、伊沢に言った方がいいだろう〉

 と金山はあえて発言したのだった。

 井戸川は「金山さん、よく言ってくれた」と心の中で感謝した。他の運転員たちが座ったまま小さくうなずいている。

「世界中がここを見ているんだ」

 しばし沈黙が続いた。

 伊沢は当直長席から立って、みんなの方に歩み寄った。

「われわれが……」

 伊沢は言葉を探したが、出てこない。

 ひと呼吸して、伊沢は言った。

「われわれが……ここから退避するということは、もうこの発電所の地域、まわりのみんなを見放すことになる」

「世界中がここを見ているんだ。だから、俺はここを出るわけにはいかない。君たちを危険なところに行かせはしない。そういう状況になったら、俺の判断で君たちを避難させる」

「頼む。それまでは頼むからここに残ってくれ」

 伊沢は、そういうと頭を下げた。

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